“ピタゴラが演じる”リンウイ感想
先日完結したアイドリッシュセブンの劇中劇、『LINK RING WIND』。通称『リンウイ』。
物語自体の感想というよりは、「アイドルたちが演じる劇中劇」として見た時のメタ的な感想を書いていこうと思う。
最初の印象
まず最初に抱いた印象は、大和と役の距離が近いな、ということだった。メインストーリーで語られる通り、大和は天才役者だ。どんなに難しい役もこなしてしまう彼には、必然と言うべきか猟奇殺人鬼などの本人の人物像とはかけ離れた役が回ってくることが多い。
しかし今回はどうだろう。大和の役は、優秀ながら自分に自信がなく、周囲に不信感を抱きながら、何事にも打ち込めずにいる青年、ウィスト。
そう、二階堂大和という人間にとても似ている。正確には1部頃の、IDOLiSH7と出会って間もない二階堂大和に。
次に役と本人との相似点がわかりやすいのがクラブだ。楽観的に見えながら、実は誰より冷静な性格はナギととても近しい。吟遊詩人という役柄も、ナギに深い関わりのある桜春樹を連想させる。
そうなると、マナにも和泉三月の姿が被ってくる。
自分である必要がない、と自分の仕事に不満を持つマナ。その思考はマイナス思考にも見えるが、その実上昇志向に溢れた人柄だ。
アイドルになる夢を諦めず、果敢にオーディションを受け続けた三月と、かなり似た精神を持っていると考えられる。
そう、メインキャラクターであった3人は、いずれも役と本人の境遇や性格が酷似しているのだ。
メインストーリーに重ねた再解釈
ウィスト、クラブ、マナの3人をそれぞれピタゴラに重ね、改めてリンウイの結末を追ってみる。
◇ウィスト
精霊病の薬を使ってもらうには至らなかったが、自分で薬を作ると決めたウィスト。何もかもに消極的で、己の優秀さを何にも活かしていなかった時から比べれば大きな進歩だろう。「必ず薬を作ってみせる」、と意気込む姿は、最初とは比べ物にならないほど力強い。
けれど、これでウィストが抱える問題が全て解決した、と言えるのだろうか。
ウィストは相変わらず、自分より兄が生きていた方が価値がある、と思ったままだ。だからこそ精霊病の薬の開発に熱心であるのだろうし、それが必ずしも悪いこととは言えないのかもしれない。しかし、ウィストが自分を本当に好きになる機会は、もう永遠に失われてしまったのでは、という絶望感すらある。
◇クラブ
次にクラブ。クラブはもっとわかりやすく、破滅の方向へと歩んでいった。世界を救うため、自らの身を精霊に差し出したのだ。
この結末を見て、4部を思い出した人は多いと思う。
人の手が届かないほどの遠くの地で、元いた世界のことを諦めたクラブ。そして同様に、それを引き止めるはずの人々もクラブを諦めてしまった。
4部が迎える可能性があった結果、と言っても的外れというほどではないように思う。
IDOLiSH7とナギのつながりがあれほどに強くなっていなかったら、きっと4部もこうなっていた。
◇マナ
マナについても、私は純粋にその変化を喜べない。一見、マナは自分の世界での身の振り方を覚え、幸福になる道を見つけたように描かれている。「自分にしかできない仕事」ではなく、今の仕事をより良くすることを選んで。
しかしこれを三月と重ねた時、それは「一織の忠告を受け入れ、かわいい路線としてアイドルになった」と何が違うのだろう?
もちろん、マナが幸せそうにしているように、三月もそうやって幸せになれたのかもしれない。ファンの前に出てしまえば、たとえそれが「自分らしさ」でなくてもアイドルとして幸福になれたのかも。けれどそれは、今の三月を見ていると希望的観測にしか過ぎないと思えてくる。
自分のありのままを信じ、無謀にも思える挑戦を続けた三月。そのエネルギッシュさや不屈の精神こそ、和泉三月というアイドルを魅力的に見せるものだと私は思う。
それを失った三月を、身の程を覚えてしまったマナを、私は最善の姿とはとても言えない。
◇総括
もちろん、この結末でもウィストやクラブ、マナは幸せなのだろう。けれど、ここにあったのは全て『諦め』だ。
現実でもリンウイ作中でも、大人っぽい視点を持った彼らは、自分の境遇に対して簡単に諦めてしまう。
そんな境遇にあっても、現実では、彼らを諦めないでくれるお互いの存在があったからこそ、ピタゴラの3人は何一つ取りこぼさず本編で生きていられた。
リンウイ作中では、どうだろう。マナとウィストは数奇な運命で出会ったとはいえほとんど初対面。ウィストとクラブは友人とはいえ、それほど親交があった様子ではない。マナとクラブに至ってはベランダでの会話がほとんど全てだ。
誰かが何かを諦めた時、その首根っこを引っ掴んで叱ってくれる人はいない。どんなに遠くまででも追いかけてきてくれる人もいない。ひとりぼっちで悩む時、優しい言葉で寄り添ってくれる人もいない。
そんな彼らが迎えた結末を、果たして諸手を挙げて歓迎できるだろうか。
だから私はこの物語を、ピタゴラ組としてのベターエンドだと考える。
バッドではない、ハッピーかもしれない。けれど間違いなく、ベストではない。
これをベストと呼んではいけないと、私はメインストーリーを見たからこそ考えている。
余談
この上なく自分たちに似た役回り、ピタゴラの3人がダメージを受けてないか心配。終わったらたくさん美味しいものを食べててほしい。