なぜ死んでからのことが現在ハッキリするのか 1 imamurakoichi 2022年7月19日 22:55 今日のお話は、「なぜ死んでからのことが現在ハッキリするのか」https://youtu.be/ML1-PDQkHlwです。親鸞聖人の教えはどのような教えか、親鸞聖人の曽孫の覚如上人が改邪鈔という本に「浄土真宗においては、もっぱら 自力をすてて、他力に帰するをもって 宗の極致とする」と教えておられます。極致とは、一番大事なこと、目的、ということです。世間では「自力」というと・自分だけの力・努力しなさい・頑張りなさいと思っています。となりますと、「自力をすてて」とは「自分の力をすてよ」「努力するな」「頑張るな」という意味になってしまいます。これでは、生きていけません。「死ね」ということか、と思われる人もあるでしょう。しかし、「自力」は仏教の言葉です。正しい意味を理解しなければなりません。自分の力を捨てては、生きていけません。努力しなくてよい、頑張らなくてよい、となると社会生活が成り立たたなくなってしまいます。親鸞聖人が言われる「自力」とは・死んだらどうなるか分からぬ心ということです。私たちは生まれたら死なねばなりません。いやなこと、考えたくないことですが、考えても考えなくても、死なねばなりません。死んだら無になる、という人、死んだら天国にいくという人、極楽に行くというという人、地獄と思う人、墓の下にいくと思っている人、墓の下にはいない、千の風になるという人、いろいろな意見があります。ハッキリしません。死んだらどうなるか、分かりません。「自力」とは「死んだらどうなるか分からぬ心」です。「自力の心」ともいいます。「自力」を仏教の言葉でいうと、「無明の闇」ということです。「無明」とは「明かりがない」「闇」も「明かりがない」「暗い」ということです。「後生暗い心」のことです。真宗宗歌には「永久の闇」といわれています。親鸞聖人が言われる「自力」とは・死んだらどうなるか分からぬ心・無明の闇・後生暗い心・永久の闇ということです。私たちの苦しみ悩みの根元が「自力」です。では、「他力」とはどんな意味でしょうか。世間では、「他人の力」「自然の力」と思っている人が多いです。仏教では、親鸞聖人の教えでは、「他力」の「他」とは、「阿弥陀仏のこと」です。「他力」とは、「阿弥陀仏のお力」だけのことです。「阿弥陀仏の本願力のみ」を「他力」といいます。親鸞聖人は「他力というは如来の本願力なり」と仰言っています。また、親鸞聖人は「無明の闇を破するゆえ 智恵光仏と名付けたり」と仰言り、無明の闇をぶち破って下さる仏は、本師本仏の阿弥陀仏だけであると仰言っておられます。阿弥陀仏の本願力によって、往生一定と、往生が定まります。現在、生きているときに、極楽往生がハッキリします。自力、他力の水際はハッキリしています。阿弥陀仏の本願力によって、自力をすてて他力に帰したとき往生一定とハッキリします。蓮如上人の聖人一流の章には「不可思議の願力として、仏の方より 往生は治定せしめたもう」と仰言っています。https://youtu.be/ML1-PDQkHlw「歎異抄」に「摂取不捨の利益」絶対の幸福があると教えられています。ガチっとおさめとられて捨てられない幸せどんなことがあっても変わらない幸せがあります。どんなに苦しくてもあきらめないで。あなたはやがて大きな幸せに恵まれるのですよ。それが歎異抄のメッセージです。あ!歎異抄(たんにしょう)すっごくいい!YouTubeチャンネル登録まだの方、どうか宜しくお願い致します(^_^)/~https://youtu.be/ML1-PDQkHlw【自己紹介】今村光一@やさしい歎異抄講座https://www.youtube.com/channel/UCIODJsS3qZU4eV8wwAIRthg昭和44年 兵庫県芦屋市出身。平成 4年 大阪大学工学部機械工学科卒業。平成 6年 仏教講師養成課程卒業。以後各地にて講演活動。はじめての人もよくわかる、「なぜ生きる」とは、「歎異抄」の言葉とは、どんなことか発信してゆきたいです。(YouTube) https://www.youtube.com/channel/UCIOD...(note) https://note.com/imamurakoichi(ツイッター) https://twitter.com/kixmmr(フェイスブック)https://www.facebook.com/koichi.imamu...(インスタグラム)https://www.instagram.com/imamurakoichi/(ブログ) https://ameblo.jp/kixmmr-20210628/(TikTok) https://vt.tiktok.com/ZSeeU69Cd/【歎異抄の紹介】親鸞聖人約800年前、京都にお生まれになられ、90才でお亡くなりになられた。親鸞聖人は浄土真宗を開かれた方日本人のほとんどは仏教徒仏教徒の中で一番多いのが浄土真宗歎異抄親鸞聖人の高弟・唯円によってかかれたといわれる親鸞聖人がお亡くなりになった後、親鸞聖人が教えられたことと異なることを言いふらすものが表れ、その誤りを嘆き正そうとしたもの。日本の三大古文「方丈記」(鴨長明)「歎異抄」「徒然草」(吉田兼好)ほぼ60年間隔で成立岩波文庫で「歎異抄」120万部以上歎異抄に感銘を受けた人も多い。西田幾多郎「一切の書物を焼失しても『歎異抄』が残れば我慢できる」三木清「万巻の書の中から、たった一冊を選ぶとしたら『歎異抄』をとる」司馬遼太郎「無人島に一冊の本を持っていくとしたら『歎異抄』だ」歎異抄について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。歎異抄.jphttps://xn--6quo9qmwi.jp/【おすすめ】仏教に学ぶ幸福論 by 菊谷隆太(動画)https://www.youtube.com/channel/UC2L2...釈迦がただ一つ説かれたことhttps://www.youtube.com/watch?v=vzD7v...釈迦と弥陀の違いhttps://www.youtube.com/watch?v=jK7JA...【ハイデッガーの老後の日記】マルティン・ハイデッガー(1889-1976)20世紀最高の哲学者の一人。〔ハイデッガーの老後の日記〕 今日、英訳を通じてはじめて東洋の聖者親鸞の「歎異抄」を読んだ。「弥陀の五劫思惟の願を案ずるにひとえに親鸞一人がためなりけり」(歎異抄後序)とは、何と透徹した態度だろう。 もし10年前にこんな素晴らしい聖者が東洋にあったこと知ったら、自分はギリシャ・ラテン語の勉強もしなかった。日本語を学び、聖者の話を聞いて、世界中にひろめることを生きがいにしたであろう。遅かった。 自分の側には日本の哲学者、思想家だという人が30名近くも留学して弟子になった。 ほかのことではない。思想・哲学の問題を随分話し合ってきたが、それらの接触を通じて、日本にこんな素晴らしい思想があろうなどという匂いすらなかった。 日本の人達は何をしているのだろう。 日本は戦いに敗けて、今後は文化国家として、世界文化に貢献するといっているが、私をしていわしむれば、立派な建物も美術品もいらない。なんにもいらないから聖人のみ教えの匂いのある人間になってほしい。 商売、観光、政治家であっても日本人に触れたら何かそこに深い教えがあるという匂いのある人間になってほしい。 そしたら世界中の人々が、この教えの存在を知り、フランス人はフランス語を、デンマーク人はデンマーク語を通じて、それぞれ、この聖者のみ教えをわがものとするであろう。 そのとき世界の平和の問題に対する見通しがはじめてつく。21世紀文明の基礎が置かれる。 (中外日報:昭和38年8月6日) #歎異抄 #なぜ生きる#なぜ生きるのか#今村光一#いまむらこういち#いまむら#生きる意味#人生の目的#人生の目標#仏教#釈迦#法然#親鸞#覚如#蓮如#人生#四苦#八苦#生死#生老病死#ブッダ#教行信証#正信偈#御文章#御一代記聞書 いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #歎異抄 #自力 #他力 #なぜ生きる #平生業成 #真宗の極致 1