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パリへ、家族の珍旅行 【息子への手紙】

4月26日

6時起床で10時40分、成田発の北極海の上を飛ぶ飛行機の窓から、果てしなく続く雪原に見惚れた。氷河やグリーンランドの岩山は厳しく人間を寄せ付けない眺めだったが、白い雪の色にもいろいろの色があり、ピンク色に見える部分もあることに気がついた。生涯の思い出になる眺めで、何時か油絵に画きたいと思う。

22時30分
亮爾(りょうじ)の借りてくれたアパートにやっと着いたが、鍵が合わずに苦労している(フランスは何時もそうだ)と、亮爾が彼女と来てくれてやっと部屋に入れた。
入室後、子供達はプレステ2の設定ばかりして、彼女と誰も会話をしないので気になって、皆をテーブルに座らせて、挨拶させて、乾杯もした。
彼女は鼻の高い賢い目をした娘である。英語の中にスッと日本語が入ってきて話し易い娘である。聴くところによると、「日本をどう思うかコンテスト」に一位となり、2ヶ月間日本に招待された経験がある、という。日本好きの賢い娘なのだ。
よくぞ亮爾を好きになってくれました。有り難う!

4月27日

亮爾の上司のロラーンにフランス料理を食べに連れていってもらった。
リヨン駅の古い駅舎の中で、壁や天井に絵画が描かれた美しい建物だった。

前菜のエスカルゴやスープはとても美味しかったが、メインディッシュの鳥や魚はそうでもなく、太爾(たいじ)の注文した腸詰料理は凄かった。太爾が一口食べて「うわー、これはウンコだ!」と、叫んだ。皆驚いて、「どうした」と聞くと、「ウンコの匂いがするからこれはウンコの味だ!」と言う。亮爾が「どれどれ」と、口に入れて動けなくなってしまった。ロラーンがいるので吐き出せないし、私と亮爾は笑いが止まらず、笑い過ぎて背中が痛くなってしまった。その横で由紀子は吐き気を催してトイレに駆込むし、帰りの車でも吐くし、風邪を引いていたせいもあってか、帰宅後寝てしまった。
掛け軸の贈り物をしたが、ロラーンには悪いことをした。連れていってもらって、喜ばないのは失礼なことだからだ。別れ際に手を振るロラーンに何と言ってよいか判らぬ内に手を振って別れたが、彼の笑い顔が気がかりだ。

4月28日

今日は由紀子の体調が悪いので、私も渡仏前から働き過ぎて体調が悪かったので、一日休養し、読書に専念することにした。
今度の旅行は、長男亮爾の結婚を見届けることと、次男太爾と「IT革命」の波に乗る為の話をすることが目的である・・・・・・と、私がそう思っているだけだが。
ともかく、家族が一緒に集中的に話をする機会はこんな時に作るしかない。


亮爾の顔が、「遊び人」から「仕事する大人の顔」に変わっていた。そのことは由紀子も気がついていた。彼女と出会い、フランスでの仕事の目途がついた大人の顔である。
彼女との結婚を完成させてあげよう。二人の人生計画を立てさせよう。そのことをご両親や周囲の人にもしっかりと伝える必要がある。
明日、インテリの家系である彼女の一族とブローニュの森で会食することになっている。楽しみである。
侍の仁義を尽くして心を伝えたい。


三男向爾(こうじ)は未だ16歳と若いので、自由に泳がせよう。
自分がどんな人間で、どんなことをしたいのか、を考え行動することである。
先ず、自分のやりたいことをやってみることである。自分のやりたいことが自分に合っているかどうかは、やってみないと判らない。自分に合う仕事が必ずしも自分のやりたいことから始まるわけではない。否、むしろ「偶然始めたことから、これが自分のやるべきことだ! と思うことが出てくることが多い」。
何故なら、人間は全てが見えてから行動するわけではなく、自分に見えている(実際にはほんの一部しか見えていない)部分を見て、考え、行動するしかない存在だからである。だから人間は、自分の考えたことをやってみるしかないのである。
若い向爾はこれからそれを体験して、学んで行くしかないのである。
フランスでオシャレに興味を持ったら、スタイリストや美容師になりたいと思うのもよし、絵を目指すのもよし、でも、それが自分に合っているかどうかはやってみないと判らない。でも、何かに向かって集中する、そのことが大切なのだ。アメリカかイギリスに高校から留学したいのなら行きなさい。外から日本を見るのはいいことだ。
ただ、何を目指してもいいが、大学までは出なさい。それまでは広く世間を知り、深く自分を追究して、本当に自分のやりたいことを見つけてから突っ走っても遅くはないからだ。15歳くらいになると、大体見えてくるので、それまでは我慢してエネルギーを蓄えるのがいい、と思う。


さて、次男太爾のこと。彼の集中力は凄い! 行動にけじめが無いことが欠点だが、そのことは仕事を始めれば世間様が教えてくれるので、序々に判ってくるだろう。
「現代の若者は甘やかされて育っているので、仕事を始めるまでは何歳になっても自分中心の子供だ」と思うしかない。
彼が私より頭が良いことも判っている。ただ、私ほどに「頑張る精神」が未だ不足している。それは苦労が足りないからだ。まあそれも、何かをやり始めれば、嫌と言うくらいに思うように行かず、それを何とかしよう、とする内に段段身についてくるだろう。
問題はIT(情報技術)を不動産業界に導入して、明和地所をIT革命の波に乗せること、その為に彼の力を発揮させたい。

ところで、携帯電話でインターネット通信ができるようになりそうだ。もしそうなったら(インターネットのシェアはパソコンで25パーセントが上限といわれているが)、不動産業界でも80パーセントくらいが何処に自分の探す物件がありそうか携帯電話で調べてから不動産を買いに行くことになるかもしれない。もしそうなら、それこそ革命である。そうなる前に、あと1年くらいの内に、そのシステムを完成させておきたい。
まず、明和地所内部でIT革命に成功してみせたい。その実績とノウハウを引っさげて全国に打って出ることもできよう。そのノウハウを売ることもできるし、チェーン展開することで、一挙に全国規模の企業になることだって可能になるかもしれない。
太爾はそのIT革命のノウハウの伝道師になって全国に広めたり、他の産業に応用したりすることもできるだろう。
IT技術そのものを売るより、企業が儲かる為にはITをどう活用したらいいかをノウハウ化して売る方が儲かることを知るべきだ。「IT革命」という言葉だけが今は氾濫しているが、「企業家が欲しいのは、どうしたらそのIT技術を応用して自分の会社が儲かるかのノウハウが欲しい」のである。今はそんな時代である。

私のチャンスも、彼のチャンスもここにある。彼が本気になってくれるまで私はやる。どうしても彼がやらないなら、他の若い人とやるしかないが、私は息子である太爾とやりたい。
恐らく私の最後の仕事になるだろうから。

( 2000年 6月23日 記 )


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