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大切に思えること。 後編 高野地 みかん農家 西田 佳奈美・昌平さんご家族

今回、みかん農家を営むご家族のお話をお伺いに、愛媛県八幡浜市高野地へ出向きました。西田佳奈美・昌平さん夫妻は昨年、2020年9月にこの地で、みかん農家の3代目として生きていくことを決め、広島県から移住。

そんなご家族に今回、高野地を案内していただきました。現地に着いて、まず、佳奈美さんのお父さま坂本幸一さんから、みかん栽培についてお話を伺いました。その様子は前編で。


地域の人々が集う場所、
長谷小学校。

畑を後にし、すぐ近くのマーマレード工房へ。この工房は2013年に閉校した長谷小学校の校舎をそのまま利用。収穫した柑橘類の加工施設として、そして地域の人たちが交流ができる場となっている。

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高野地といえば「長谷小学校」と県内では有名な小学校。愛媛県出身の著名な建築家、松村正恒が設計をした校舎はとても可愛らしく、ノスタルジック。

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この長谷小学校の校舎内で、西田 佳奈美・昌平さんご夫妻にお話をお伺いした。
──長谷小学校、とても可愛らしい建物ですね。

昌平さん:僕もここに来て初めて校舎を見た時、その可愛らしさに驚きました。地域の人に話を聞くと、ここは学校というだけではなく、みんなが集える場所という役割が大きかったと分かりました。閉校して数年は毎年、校庭を使って地域の人が参加するユニークな運動会があったそうです。ビール早飲み競争、タバコの火付け競争などの競技があったとか…。すごく面白いなって思いました。コロナが落ち着いたら、復活させたいと思っています。

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お父さんの代で終わってしまうのが、
単純に嫌だった。

──ママレード工房として「地域の人が集える場所」としての役割が残されていますね。高野地出身の佳奈美さんは、いつかは地元へ戻ってくるつもりでいたんですか。

佳奈美さん:漠然と「いつか、自分の作ったものを残したい」という気持ちがありましたね。やはり、身近に父親という存在がいたことが大きかったです。こだわりを持って、ものを作っている姿を見てきたので…。

広島にいた時は実家から送られてくるみかんを、職場の人にお裾分けしていました。そうすると「こんなの食べたことない、すごい!」とみんなが言ってくれるんです。そういう声を聞く度に「うちのお父さんは、人を感動させるものを作っているんだ!」と感じていました。父は収穫した農産物を一括で農協に納めているので直接、消費者の声を聞くことがほぼないのですが、私はその声に触れてきた。その強みをみかん農家を継いだ時に、生かせないかなと思い始めていました。気づくと、もう継ぐ気持ちになっていたんですよね。

──いつか、みかん農家を継ぎたいという気持ちは昌平さんにも話していたのですか。

昌平さん:結婚した当初から、継ぎたいという気持ちがあることは本人から聞いていました。僕自身、広島にいた時は飲食店で働いていたので「食」に関わる仕事を続けていきたいと思っていたのです。佳奈美の実家のみかんを初めて食べた時、本当に美味しくて、しっかりとしたものを作っていることがすぐに分かりました。このまま誰も継がずに、お父さんの代で終わってしまうのは何か悲しいし、単純に嫌だなと思ったんです。僕たちが3代目として継ぐことができれば「食」に携わり続けることができ、このみかんを次の代に残すことができると思いました。

そのように、2人の共通認識として「いつかは継ぐ」と思いながらも、その一歩が踏み出せずに数年間が経っていました。そんな中、昨年、さまざまなタイミングが重なったことをきっかけに、移住することを決めました。

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高野地すぐ近くの「道の駅 八幡浜 みなっと」では、さまざまな生産者のみかんジュースが多く販売されている。

外からの視点を活かして、
高野地を盛り上げていきたい。

──昌平さんは今まで暮らしていた広島から移住することに、躊躇はなかったのですか。

昌平さん:あまりなかったです。会社勤めをしていく中で最初から最後まで、自分で責任を持って何かをやってみたいと考えるようになっていました。不安や心配よりも、自分で何かをゼロからやってみたいという気持ちの方が強かったのです。

高野地の自然ってすごいんですよ。夜は綺麗な星がたくさん見えます。バーベキューして、道路に寝転がって、星を眺めながらお酒を飲むことも当たり前にできてしまう。都心じゃ、そんなことできないじゃないですか。今後、高野地という地域を盛り上げていく上で「ここでしかできないこと」を生かしていけるのではないかと思っています。

佳奈美さん
:昌平さんはもともと高野地に住んでいなかったので、客観的な視点でこの土地を見ることができるんです。私もこの土地を離れて暮らしていた時期があるからこそ、見えることがあります。そういった外からの視点をうまく地域に生かしていきたいなと思うんです。

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──これからの高野地を、どのような形で盛り上げていきたいと考えていますか。

昌平さん
:今、若い人たちで青年団をつくり、管理する人がいなくなってしまった農地、放任園を回って、手入れをしています。近隣の農地に被害を出してしまうからです。

また、今後は害獣問題にも取り組みたいと思っています。イノシシが人里に降りてきてしまい、作物を食べてしまう被害が出ています。現状は捕獲して行政に持って行くと、いくらかの補助金がもらえる仕組み。そのまま殺傷処分してしまうのではなく、高野地の特産品として食用にできないかと考えています。

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佳奈美さん:新たな取り組みに関しては、若い人たちだけで突っ走るのではなく、地域の人たちの理解も得ながら、様々な人を巻き込んでいきたいと思っています。

先ほどの放任園の話にもつながるのですが、農家は高齢化が進んでいます。若い農家が少ないことは大きな問題です。実は、そういった問題に対して、国は力を入れていて、全く農業やったことがない方たちに対して、地方移住支援がすごく手厚くなっているんです。昔よりも、農業にチャレンジしやすくなっている。高野地にとっても、若い移住者を増やすチャンスだと思っています。

都会に住んでいると、隣に誰が住んでいるかなんて意識することはないのですが、ここでは近所付き合いの証が、物々交換(笑)。みかんや柑橘類を配る代わりに様々な野菜がもらえます。野菜は、ほとんど買ったことないんじゃないかなっていうくらいです。都会で暮らしてきた方は、面白く感じるんじゃないかなと思います。若い人が「高野地に移住したい!」と思える地域づくりをしていくために、みんなで力を合わせていきたいです。

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ご夫妻とお父さま、若手農家の西本 史和さん(通称:ふみくん)。さまざまな年代の人たちが一団となって、高野地を盛り上げていきたいと語っている姿が印象的でした。

人の一生は、思ったより短いのかもしれない。

私はそのことを、分かっていたようで、本当には分かっていなかったのかもしれません。知らぬ間に、1日が始まり、いつの間にかその日が終わっていく。私たちは文字どおり、日々に追われています。朝日を拝むこともなければ、夕陽をボーッと見ながら、今日という一日を振り返ることもなく、1日があっという間に終わっていく。

ここ高野地に住んでいる方たちは、自然と共に暮らしている。
当たり前のように、自然と共存しています。農業は、自分だけでコントロールできないことが当たり前。何も考えずとも、彼ら彼女たちには、自然に「生かされている」という意識があります。

毎日が、あっという間に終わってしまう日々の積み重ねだけでいいのか。残りの人生の時間を、何を作り出していくために使うのか。そして、どんな人たちに囲まれていたいのか。

自分が一番大切にしているものが何であるかを考えさせられる。そんな旅となりました。

高野地のみなさま、温かく迎えてくださり、ありがとうございました。この土地の、心地のよい空気がさまざまな人へと伝わってほしいと思います。応援しています。

取材・文・写真:大島 有貴

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みかんECのコピー

今回、発売される西田さんたちが作ったみかんで作った、みかんジュース。
雲に近く、心地の良い高野地の空気が伝わるデザインです。
デザイン:原田 夕樹 撮影:唐 瑞鸿(MSPG studio)

こちらのジュースが購入できる BASEサイトはこちら。

高野地フルーツクラブ Instagram

西田 昌平さん Instagram


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