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土地と創作

 ミステリ作家はやみねかおるの著作に『あやかし修学旅行 鵺のなく夜』という小説がある。メインヒロインの中学生三姉妹の通う中学校に「修学旅行を中止せよ」という脅迫状が届いたことを発端とする児童向け推理長編である。

 この小説で舞台となるのは三姉妹の修学旅行先であるO県T市である。アルファベットを用いて具体的な地名は伏せられているが、この小説を読んでいた当時の私はまだ小学生であったが、Oから始まる県は大分と岡山と沖縄の3種のみであり、小説内の記述から海を渡ったことはないと判断して岡山県であると特定することは可能であった。 岡山県内の市でTを頭文字に持つ市は高梁市、 玉野市、 津山市の3種であるが、具体的にどのような論理を用いたのかは忘れてしまったがこれについても何とかして高梁市ではなかろうかと推定した記憶がある。そんなわけで、岡山県高梁市は幼少期の私にとって旅行先としては一つの憧れの地でもあった。

 大人になった私が高梁市のことを思い出したのはつい最近、今年の6月のことである。『恋は光』という映画を見た。メインヒロインの一人である北代の実家として旧片山家住宅が撮影に使われていた。その片山家住宅はまさにその高梁市の吹屋地区にある建物であった。

 高梁の南に位置する倉敷は美観地区として有名な土地だが、私がその存在を知ったのは2011年、当時アニメをやっていた『名探偵コナン』の「8枚のスケッチ記憶の旅」の放送を観てのことだった。アニメコナンの<ミステリーツアー>回について補足しておくと、2001年から現在までほぼ毎年JR西日本によって「名探偵コナン・ミステリーツアー」という西日本各地を巡るツアーイベントが開催されており、イベント終了後にツアーの謎とストーリーを元にアニメオリジナルストーリーとして放送されている。妹と一緒にテレビを見ていた私は幼心にもこの白壁の道を歩いてみたいと思い、強い印象を残した。

 高梁よりも南、倉敷よりもちょっとだけ北に清音という町がある。推理小説家の横溝正史が疎開していた場所で、金田一耕助の物語の中にも都度都度登場する場所でもある。私が横溝正史に触れたのは中学生になってからだが、

 フィクションを通してある土地のことを知るということは珍しいことではない。しかし岡山は、私にとって特にその気が強く、様々なメディアを通してその土地のことを初めて知り、強い興味を覚えた。岡山を訪れたのは今日が初めてだが、その存在にだけは『あやかし修学旅行 鵺のなく夜』を通して19年前に出会っていた。19年という時を経てようやく本物の岡山を訪ねることができたその感動は非常に大きかった。

 旅の愉しみはただその土地を訪れて眺めるだけでなく、創作物によって描かれた自身の中に形成されたイメージと重ね合わせ、相違点と共通点を見つけ、それらを塗り替えるという楽しみ方もある。個人的に、その楽しみが最も詰まった土地がここ岡山である。

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