第4話 USMCA協定(原産地規則)
(2018年12月11日、第25話として公開。2021年12月15、note に再掲。)
米国の通商政策が大きく変わってきていることを実感します。米国は、自らの強いイニシアティブで開始したTPPからの離脱を始め、自由貿易協定の(良くも悪しくも)一つの見本であったNAFTA協定を破棄し、USMCA協定として「自由」の文言を取り去った名称で発効させようとしています。今回は、11月30日に署名された新NAFTAとも呼ばれるUSMCA協定の原産地規則の条文を紐解いてみたいと思います。
実は、本稿をウェブサイトに掲載する直前の11月30日に署名が行われたため、念のため署名以前にUSTRのウェブサイトに公開されていた協定条文の暫定版と署名後の最終版とを比較したところ、異なっている箇所が多々あり、あわてて本稿を書き直した次第です。我が国であれば、これ程の変更がありうる未定稿を公開することは躊躇するのでしょうが、米国はドライですね。
さて、紙面の都合上、今回を原産地規則編、次回を原産地手続編として、2回に分けて書き下ろしてみます。第6章の繊維章は内容の大半が原産地手続きに関するものなので、次回の原産地手続編で触れることにします。
USMCA協定は、第4章に原産地規則、第5章に原産地手続、第6章に繊維章を置いています。これら3章の構成はTPP11と類似しており、ほとんど同じ文言を使用した条文も多く見受けられますので、原産地規則に関する限り、交渉の土台として据えたのはTPP11の条文ではなかったかと推測します。TPP11との主な相違点は、USMCAが自動車ルールを別掲して、異常なほど詳細かつ政治的な背景を有する原産資格要件を自動車だけに適用することで、自動車関連産品に対して非常に厳格な原産性基準を課しているということです。具体的に申し上げれば、USMCAでは第87.01項から第87.08項までの自動車の品目別規則を付録(Appendix)において別建で規定していることに加え、当該付録は「自動車用産品の品目別原産地規則に関連する規定」として、第4‐B.1条から第4‐B.10条までの規定と第A‐1表から第G表を含んでいます。一方、独立章が与えられている繊維章には(TPP11と異なり)繊維・繊維製品に係る品目別規則が置かれておらず、原産地規則章の附属書4‐Bにおいて他の品目分野と一緒に規定されています。米国のセンシティブ品目の代表であった繊維分野がかすんでしまった感じがします。
それでは、規定の配置を見てみましょう。第4章は次のように構成されています。
第4章:原産地規則
本体規定:
第4.1条: 定義
第4.2条: 原産品
第4.3条: 完全生産品
第4.4条: 再製造品の生産に使用される回収された材料の取扱い
第4.5条: 地域原産割合
第4.6条: 生産に使用される材料の価額
第4.7条: 材料の価額に対する更なる調整
第4.8条: 中間材料
第4.9条: 間接材料
第4.10条: 自動車産品
第4.11条: 累積
第4.12条: デミニミス(僅少の非原産材料)
第4.13条: 代替性のある産品及び材料
第4.14条: 附属品、予備部品、工具及び解説資料その他の資料
第4.15条: 小売用の包装材料及び包装容器
第4.16条: 輸送用のこん包材料及びこん包容器
第4.17条: 産品のセット、キット又は複合機械
第4.18条: 通過及び積替え
第4.19条: 原産資格を与えることとならない作業
附属書4‐A:
第4.12条 (デミニミス規定)に対する例外
附属書4‐B:
品目別原産地規則(第1類~第97類)(第87.01項~第87.08項を除く。)
付録:自動車用産品の品目別原産地規則に関連する規定
第4-B. 1条: 定義
第4-B. 2条: 自動車の品目別規則(第87.01項~第87.08項)
第4-B. 3条: 乗用車、ライト・トラック、これらの部分品の域内原産割合
第4-B. 4条: ヘビー・トラック及び同部分品の域内原産割合
第4-B. 5条: アベレージング
第4-B. 6条: 鉄鋼及びアルミニウム
第4-B. 7条: 賃金割合
第4-B. 8条: 経過規定
第4-B. 9条: レビュー及び経過措置
第4-B.10条: その他の車両の地域原産割合
第A.1表: 乗用車及びライト・トラックの重要(Core)部分品
第A.2表: 乗用車及びライト・トラックの部分品及びコンポーネンツ
第B表: 乗用車及びライト・トラックの主要(Principal)部分品
第C表: 乗用車及びライト・トラックの補完(Complementary)部分品
第D表: ヘビー・トラックの主要部分品
第E表: ヘビー・トラックの補助部分品
第F表: その他の車両の関税規定(Tariff provisions)リスト
第G表: その他の車両のコンポーネンツ及び材料のリスト
この構造から見て取れるのは、USMCAがターゲットにしているのは、自動車ということが分かります。読者の皆様が関心を寄せておられるのは、まず、「新NAFTA」として報道記事で頻繁に取り上げられている付加価値基準の閾値がこれまでの62.5%から75%に引き上げられるということと、NAFTA自動車ルールの代名詞でもあった「トレーシング方式」の付加価値計算方法がどのようになったかということでしょうか。更には、これが原産地規則かと思わせるような、極めて政治的色彩の強い「賃金割合条項」、「鉄鋼・アルミニウム条項」の存在も見逃せません。それでは、付加価値基準の閾値を中心として原産性基準を見てみましょう。
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