第6話 日インド協定には「原産材料のみから生産される産品」の規定がないけど、使用された材料がすべて原産品だったらどうするの?
(2021年5月11日、第55話として公開。2021年12月14日、noteに再掲。)
今回は、当協会に寄せられた質問に対する回答をエッセイ風に編集してみました。
我が国のEPA原産地規則の原産性判断基準は、①完全生産品定義、②原産材料のみから生産される産品、及び③品目別規則を満たす産品、の3基準で構成されます。ところが、日インド協定に限っては、②の基準が存在しません。当然、「何故なんだろう」という疑問が生じます。また、②の基準がなくても原産性判断に困らないのかという疑問も同時に生じますね。本件は、簡単に分かりそうで実は奥が深い問題です。原産地規則に関する「素朴な疑問」の人気投票があれば、上位入賞かもしれません。
原産地規則策定の歴史を紐解くと
原産地規則策定の歴史において、協定本体条文及び附属書としての品目別規則をそろえたフルセットの規則は、ECのヤウンデ協定(対ACP諸国)及びGSP原産地規則に起源を有するといってもよいと思います。その当時は、原産品の決定方法として①完全生産品定義に該当すること、又は②実質的変更基準としての関税分類変更、付加価値、非原産材料の使用比率、加工工程のいずれか又はこれらを重複して満たすことによって決定されていました。すなわち、この2種類が原産性判断基準の原形となります。1960年~1970年代は、当然のことながらバリューチェーンが展開されるような生産工程は見られず、粗原料から製品までほぼ一貫して一ヵ国で生産されることが普通の時代であったため、非原産材料とは輸入材料そのものであったわけです。したがって、実質的変更とは輸入材料が製品へと実質的に変更したか否かを判断する基準であったため、通常、トレーシング手法で輸入材料は何であったかを突き止め、最終製品に適用される実質的変更基準を適用して原産性の有無を判断していました。その名残を残す我が国の一般特恵原産地規則は、上記2基準のみで判断します。
原産性判断に係る第三の基準ともいえる「原産材料のみから生産された産品」の条文化は、代表的な例として、1990年代にNAFTAの特恵原産性基準及び同マーキング・ルール用原産地規則に採用され、WTO調和非特恵原産地規則調和作業でも認知されたことから広く採用されるようになりました(我が国でも、日メキシコから一貫して採用)。これは、1980年代の生産活動の世界的な拡がり・多国籍企業による途上国への生産拠点の移転が原産地実務の後押しをする形で、材料段階での原産性判断が必要となったことを受けてのことです。すなわち、輸入された中間材料と同種の材料が国内で生産されるようになると、原産性判断を容易にするためにロールアップ原則が認められ、条文化されるようになってきます。中間材料の原産性判断を容認すると、すべての使用材料が原産材料となる事態に直面しますが、実質的変更基準は非原産材料に対してのみ適用されるという原則があるため、使用材料がすべて原産材料になってしまうと実質的変更基準では原産性の判断ができなくなるという法技術上のループホールが生じます。そのため、第三の基準である「原産材料のみから生産された産品」が登場してくるわけです。ただし、現在においてもこの第三の基準を条文化していない協定は数多く存在し、メジャーな協定では、アセアンのATIGA協定、EUの汎ユーロ地中海協定がその例となります。
使用された材料が全部原産材料だったら、どうやって原産品と判断するの?
このような原産地規則の規定振りであったとしても、実際の生産現場においては使用された材料が完全生産品ではないけれども、すべて原産材料だったということもあり得ます。このような場合、次の質問にどう答えたらよいでしょうか。
(質問1)日インド協定に整合的に判断を行うことはできるのでしょうか?
(質問2)原産地証明書の第5欄(適用される原産性基準)にはA(完全生産品)かB(非原産材料を用いて生産される産品)を記入しなければなりませんが、どちらにも該当しないのではないでしょうか?
本コラムが用意する答えは以下のとおりになります。
(回答1)できます。使用材料の全てが原産材料であれば、概念的には「原産材料のみから生産された産品」になるわけですが、使用材料のうち非原産材料を少なくとも一つ残しておいて、その材料に対して日インド協定第29条(非原産材料を使用して生産される産品)を適用すれば協定に整合的に原産性判断を行うことができます。それでは、すべての材料に対して完全トレーシングを実施して、どの材料が輸入されたのかを突き止めなければならないのでしょうか。その問への回答は、「否」です。
日インド協定原産地規則には、材料の原産性を認めて原産材料扱いできるとする「ロールアップ規定」が置かれていませんが、第26条(e)において「産品」の定義で「材料」を含ませているので、この定義を根拠として第29条を材料に対して適用し、当該材料の原産性判断が可能になります。したがって、立証可能な限りにおいて、使用材料の原産性判断を行うことで非原産材料として取り扱われる材料を少なくすることができます(事実上のロールアップ)。
しかしながら、協定解釈上の原産性決定は、繰り返しになりますが、非原産材料である(i) 累積規定の適用がない輸入材料又は (ii) 原産性の不明な材料を特定し、第29条〈非原産材料を使用して生産される産品〉を適用することになります。
(回答2)原産地証明書第5欄の記載は「B」になります。(日本国税関の「原産地規則ポータル」をご参照ください。)