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米国の経済安全保障における原産地規則の役割

序章

今回の連載では、「米国の経済安全保障における原産地規則の役割」と題した小論を連載します。はじめに経済安全保障の全体像を掴みつつ、貿易に従事する事業者にとってこれまで以上に負担となる立証作業などに焦点を当て、原産地規則との関わりについて考察します。昨年、ウクライナ情勢が悪化する中で日本においても経済安全保障推進法が施行され、事業者の意識が着実に安全保障に向けられるようになっていることを感じます。内閣府のHPに掲載された経済安全保障に関する「基本方針[1]」では、政府の認識を以下のように示しています。

近年、厳しい安全保障環境や地政学的な緊張の高まりといった国際情勢の複雑化に加え、グローバリゼーションの進展やテクノロジーの発展、産業基盤のデジタル化・高度化といった社会経済構造の変化等に伴い、サプライチェーン上の脆弱性の顕在化、基幹インフラ事業に対するサイバー攻撃等の脅威の増大、先端技術を巡る覇権争いの激化といった課題が顕在化している。こうした状況を放置すれば、その態様及び程度によっては、国としての基本的な秩序の平穏を害する事態、とりわけ我が国の独立と平和、国民の生命等が害される事態にまで発展しかねないことから、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大している。

経済安全保障に関連する貿易制限措置

 こうした認識は、国境が陸続きで他国の脅威にさらされてきた国にとっては、より一層深刻に感じていることと思います。軍事事案に直接関連する安全保障施策としては、武器、軍事転用可能な民生用の製品、技術などが、大量破壊兵器の開発を行っている国家やテロリストが入手することのないように輸出規制[2]を行うことが国際的に合意され、実施されています (図表1参照)。こうした安全保障に直結した貿易制限措置に加え、昨今の西側諸国と中国・ロシアとの関係悪化は、相互に軍事物資の枠を超えた広範囲な経済制裁を伴う陣営対立に発展しつつあるように思えます。特定の政治的問題意識から派生する物品貿易上の経済制裁は、制裁対象国との輸出入の完全な禁止、対象国との特定製品に限定した輸出入制限、輸入を許容するものの特定製品に対して追加関税を賦課することなどが一般的ですが、陣営対立が激化すると、既存の制裁措置を特定国向けに強化した措置として出現することがあります。その典型的な例が、後述する中国を対象とした米国のウイグル強制労働防止法です。

(出典:(一財) 安全保障貿易情報センター https://www.cistec.or.jp/export/yukan_kiso/anpo_gaiyou/pdf/regiem.pdf)

  ウイグル強制労働防止法が成立した2021年12月以前は、基本法として人身取引被害者保護再承認法 (Trafficking Victims Protection Reauthorization Act: TVPRA、複数回改正) が存在し、人権関係分野で注目されつつも、米国労働省国際労働局に対して「国際基準に違反して強制労働・児童労働によって生産されたと信じる理由がある国からの物品のリスト (TVPRA リスト) を作成し、一般に公開する」ことを求めました。このTVPRAリストは、2014年12月1日以降、2年毎に米国議会に提出することが義務付けられ、最新版 (2022年) では78か国を対象とした467品目を掲載しています[3]。2018年のフレデリック・ダグラス人身売買被害者防止・保護再承認法では国際労働局のマンデートを拡大し、TVPRAリストに「可能な限り、強制労働・児童労働で生産された投入物で生産された商品」を含めることとしました (合衆国法典第22編7112 (b)(2)(C))。こうして、サプライチェーンの上流から下流にいたるまでの制裁対象を具体的に示しましたが、違反の立証義務は当局側にあります。

 貿易に係る経済制裁は、「......外国においてその全部又は一部が囚人労働・強制労働・刑事制裁の威嚇の下での年季奉公労働によって採掘、生産又は製造された商品、製品、物品」の米国への輸入禁止として実施されます (1930年改正関税法第307条 (19 U.S.C. §1307)、条文仮訳参照)。

1930年改正関税法第307条 (合衆国法典第1307条)(筆者仮訳)
外国において、その全部または一部を、囚人労働又は/及び強制労働又は/及び刑事制裁に威嚇された年季奉公労働によって採掘、生産又は製造された全ての商品、製品、物品は、合衆国のいずれの港湾にも入港する権利を持たず、その輸入は禁止され、財務長官は、この規定の施行に必要な規則を制定する権限を有し、実施するものとする。
本項において「強制労働」とは、不履行及び労働者が自発的に申し出ないことに対する罰則の脅威にさらされながら他人から強要されるすべての作業又はサービスの提供を意味する。本条において、「強制労働又は/及び年季奉公」は、強制労働又は年季奉公の児童労働を含む。

第1章 ウイグル強制労働防止法(2021年12月成立)

 米国税関編 「ウイグル強制労働防止法:輸入者のための実施ガイダンス(以下「実施ガイダンス」)」[4] によると、ウイグル強制労働防止法は人身取引被害者保護再承認法の経済制裁措置の実施を容易にし、

  1. 中国の新疆ウイグル自治区で採掘、生産、製造された全ての商品、製品、物品、又は

  2. 同法の制裁対象企業リスト (Entity List) [5]で米国政府によって特定された事業者による物品

全部又は一部を強制労働で作られたともの推定し、米国への輸入を禁止することを米国税関・国境警備局 (Customs and Border Protection: CBP) の長官に求めます。この推定は、新疆ウイグル自治区で製造された素材を含む限り、中国及びその他の国で製造された又は中国及びその他の国を経由して出荷された物品にも適用されます。ただし、この推定は反証可能 (rebuttable presumption) であり、この推定を覆すためには、輸入者は米国税関が審査する当該物品に関するすべての情報提供要求に応じ、産品、製品又は商品がその全部又は一部について強制労働によって採掘、生産、製造されていないことを明白かつ説得力のある証拠によって証明しなければなりません。ただし、米国税関は、明確かつ説得力のある証拠があるかどうかを判断する際に、輸入者が提供した証拠以外のものを考慮することができます。

 また、ウイグル強制労働防止法は、輸入者が、特に新疆ウイグル自治区から、強制労働によって全体的又は部分的に作られた商品を輸入しないことを確実にするために、デュー・ディリジェンス[6]、効果的なサプライチェーン・トレーシング、サプライチェーン管理措置を示すことなどを求めています。この要件は、サプライチェーン全体に及び、中国国内の他の場所から船積みされ、第三国でさらに加工される製品も含まれます。同法の実施及び反証可能な推定 (rebuttable presumption) の適用は、2022 年 6 月 21 日以降に輸入される物品に適用されるため、米国税関は、関税法に基づく権限を行使し、同法の適用対象となる貨物を留置、除外又は差押、没収することになります。

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