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第1話:相談してくれればよかったのに。

2021年12月9日、note 版公開

 TPP11が発効して少し経った2019年5月頃のお話です。水産物の冷凍品、加工品を輸入している商社で税関相手の仕事を任されているAさんは、輸入法令をよく勉強し、輸出元への指示も的確で、上司からも部下からも信頼されている中堅社員です。Aさんは、若手にある程度任せ、質問を受ける都度丁寧に指導をして最終的なチェックを慎重に行うという理想的なリーダーです。そのため、部署に一体感が生まれ、皆がやりがいをもって仕事できると社内でも評判になるほどでした。しかし、Aさんにも他人に任せられない仕事が一つありました。それが、EPAと呼ばれる普通の関税よりも低い税率で輸入できる制度の運用で、相手の国から輸入されれば何でも低い関税が適用されるわけではなく、相手国で一定の基準を満たすような収穫、加工、製造が行われた物品である「原産品」に対してのみ低い税率が適用されます。輸入しようとする物品が原産品であるかを判断する基準を定めた規則を「原産地規則」と呼んでいます。EPAを活用するにはこの原産地規則に精通していなければなりません。ところが、この原産地規則というのは相当な難敵で、とても素人が簡単に理解できるようなものではありません。

 日本が結んでいるEPAは21協定もあり、実際に使用されているのは19協定に及びます(RCEP協定は2022年1月1日に発効予定で、20協定になります。TPP12は署名済みですが、米国の復帰は当面、考えられません。)。EPAの数が多いということは、それだけ関税が低く抑えられる相手国が増えることなので、我々庶民にとってはありがたいことです。しかし、そのすべてがそれぞれ微妙に違うので、貿易に従事する者にとっては頭痛の種となります。Aさんが部下に任せようにも、次から次への新しい協定ができ、とてもすべてを追いきれません。このような状況の中にあって、Aさんはとんでもない事態に巻き込まれてしまうのです。

 事の発端は、シンガポールで獲れたティラピア(HS第0302.71号)を冷蔵にし、ベトナムで天日干しで干物にしたもの(HS第0305.52号)を日本に輸入することになり、Aさんの部署で請負ったことから始まります。Aさんは、これまでベトナムからの水産物輸入を手掛けたことがあり、乾燥魚は魚自体がベトナムで獲れた場合には日ベトナム協定の「原産品」となることを知っていました。そこで、得意先の魚卸し専門V商店からティラピアの干物を買おうとしたのですが、今回は他に大口出荷があったばかりで在庫がありません。困ったAさんは、ベトナム産以外のティラピアを干物にしたものを輸入すべく商談に入りました。V商店は近隣諸国からティラピアを輸入していますが、たまたまシンガポールからシンガポールで獲れたティラピアを冷蔵で輸入したばかりだったので、天日干しを急いでもらい、幸運にも、希望していた数量がギリギリで納期までに輸入できることになりました。Aさんは一安心です。食品の輸入に関するすべての法令をチェックし、必要な書類は取り寄せ、EPAの利用で関税も節税です。 

 Aさんは、勉強家で原産地規則のセミナーも受講し、規則の基本知識は十分に持っていました。まず、商品のHS番号は2019年5月現在のHSでは第0305.52号です。そこで、税関ホームページの輸入統計品目表(実行関税率表)〔URL: https://www.customs.go.jp/tariff/index.htm〕の第3類で該当する号番号を追っていくと、適用される関税率は、「基本 15%」、「WTO 10.5%」、「アセアン 10.5%」、「ベトナム (EPA)無税」と掲載されていました。ベトナムはWTOに加盟しているので、通常の関税は10.5%です。期待しているのは日ベトナムEPA を使って関税無税で輸入することですが、果たしてシンガポールで獲れたティラピアをベトナムで天日干しした干物がベトナムの原産品となるのでしょうか。(原産品にならないことの説明が必要)日アセアン協定で無税輸入できればシンガポール原産のティラピアをベトナムで乾燥加工した干物は「累積」という制度を使えばシンガポール産ティラピアをベトナム産ティラピアとみなすことができ、干物もベトナム産として原産資格を得ます。しかし、日アセアン協定で輸入しても関税が10.5%では旨味はありません。今回の干物を何とかベトナム産とみなすことはできないものかと参考書を読みあさってみましたが、日アセアン協定を適用する限り無理ということが分かりました。Aさんは困ってしまいました。過去に、ベトナム産のティラピアを干物にしたものを輸入したこともあり、関税はかからないと周囲に説明していたため、ベトナムで干物にされているのに、まさか日ベトナムEPAの適用外になるとは想定していなかったのです。

 最後の手段として、ベトナムについて発効したばかりのTPP11で何とかならないかと役所のホームページなどを調べながらも、刻々と船積み時間が近づいていました。TPP11は期待を裏切らず、関税無税、原産地規則は「関税分類の項(HS4桁)の変更」で冷蔵ティラピア(第03.02項)から乾燥ティラピア(第03.05項)への変更は規則を満たし、原産資格を得られます。救われた思いのAさんでしたが、TPP11は初めて自己申告だけの原産地証明となって、これまで必須書類であった原産地証明書を不要とするなど、どう手続きしてよいか、わけがわからないというのが率直なところでした。TPP11の関連WEB記事を読んでいると、ベトナムについては「当局が発給する原産地証明書又は輸入者が作成する原産品申告書のいずれか」を税関に提出するとあります。しかし、これまでの経験からベトナムで原産地証明書を発給してもらうには十分な時間がありません。また、原産地証明書を提出する場合でも、自己申告の際に提出する原産品申告書の場合と同様に原産品であることを明らかにする書類(明細書等)が必要とも記載されています。それでは、輸入者が原産品申告書を作成するといっても、初めてのケースでどう作成してよいかもわかりません。結局、時間に追われたA さんは、自分の責任であるとして、WTO関税の10.5%を支払って通関を終え、納期には間に合ったものの深い挫折感を味わってしまいました。

【教訓】 

Aさんは、TPP11の原産性を判断するための規則を事前に勉強していたので、思いがけなく日ベトナム協定が使えない状況に直面してもTPP11の適用で窮地を脱することができるとホットとしたのも束の間、我が国で初めて導入された自己申告のみの手続きに準備不足で対応できず、10.5%の関税の節約がかないませんでした。自己申告制度とは、その名のとおり事業者が自ら産品の原産性の判断を行い、その結果を申告する制度です。まずは、制度の全般を自分で理解することから一歩を進めましょう。

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