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第8話 植物の原産地の謎
(2018年8月3日、第22話として公開。2021年12月9日、note に再掲。)
最近、スーパー・オタクな話題が続きましたので、今回は、少し柔らかいテーマにします。本コラム第6話(note 版第6話)において『原産地決定 ‐ 鶏が先か、卵が先か?』として、我が国に適用される非特恵及び特恵原産地規則から動物の原産地の考え方を書きましたので、今回は、その植物編をお届けしたいと思います。筆者の個人的意見に過ぎませんが、FTA原産地規則の完全生産品定義において、WTO調和非特恵原産地規則案が及ぼした影響は大きいと考えておりますので、調和規則案の考え方と我が国の現行非特恵・EPA原産地規則の考え方とを対比する形で書き進めていきます。
植物は、通常、一ヶ所に根を張るために、原産地規則上の原産国決定は比較的に容易であると考えられています。例えば、青森県で収穫されたりんご、北海道で採取された昆布等から原産地が明らかなように、植物性生産品である果実が収穫され又は食用の植物(野菜、根菜、海藻等)が採取された場所(国)に依拠して原産国が決定されるからです。
完全生産品は、WCOの旧京都規約附属書D1においてベースとなる定義が定められた後、改正京都規約においてもそのまま踏襲されています。WTO原産地規則協定においては、協定本体の第9条2(c ) (i) で完全生産品を「一の国で完全に生産されたと認められる物品」と規定し、調和規則案では定義1で定義を定め、拘束力あるノートで定義の解釈を明示しています。我が国の現行非特恵原産地規則、EPA原産地規則の植物・植物性生産品に係る完全生産品定義を含め、これらを表にまとめてみましょう。
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この表からお分かりのとおり、WCO京都規約で定められた定義がWTO調和非特恵原産地規則案で精緻化され、その調和規則案テキストがEPA完全生産品定義に導入されてきたことが見て取れます。この傾向は、FTA/EPA締結に向けた世界的な流れに出遅れたアジア諸国において特に顕著です。植物・植物性生産品に係る完全生産品定義のもう一つの特徴として、牛に対する生乳のように「生きている動物」と「生きている動物から得られた物品」とを別定義で定めることをせず、ぶどうの木と(果実としての)ぶどうは、「植物」及び「植物性生産品」として(或いは、両者をまとめて「植物性生産品)として)一つの定義によって原産性を付与します。
それでは、鶏と卵の例に倣って、「母体」となる木又はその果実がそれぞれ国境を越えて移動する場合を想定してみましょう。植物性生産品である果実、切り花等の輸出入は、取引の量も金額も大きく、通関現場でも頻繁に見かける事例ですね。これらの事例は、輸出国で収穫した完全生産品として取り扱われることが一般的で、最も原産性判断の容易な事例となります。
一方、植物の場合、種子、苗木、接ぎ木、成木の形態で国外への移送が可能になります。以下に仮説事例を見ていきましょう。
【種を輸入して発芽・成育した植物】
例えば、第1209.91号の野菜(大根)の種を輸入し、畑に種蒔きし、第0706.90号の大根を収穫し、その後に他国に輸出するとしますと、動物の場合の、牛の精液を輸入して人工授精で子牛を繁殖させることと同様な理屈が考えられます。我が国の現行非特恵・EPA原産地規則においては、完全生産品定義と実質的変更基準の適用順位に定めがありませんので、この場合、類変更基準を満たす(第12類から第7類)として原産性基準を認定することも、完全生産品定義によって「収穫された大根」として原産性を付与することも可能です。しかしながら、調和非特恵原産地規則案においては、完全生産品定義で原産性決定できる物品は、先ず、完全生産品定義を適用しなければならない「sequential application(規定の設定順に適用していく)」の原則があるため、完全生産品定義を適用した上で、完全生産品として取り扱われます。
【苗木を輸入して成育した植物】
苗木を第三国から輸入して我が国で成育させ、その上で他国に輸出するとします。まず、現実的な話として、我が国のEPA原産地規則の第6類に適用される品目別規則を見てみましょう。号変更(CTSH)ルールを採用する日タイ協定、完全生産品縛りをかけている日EU協定を例外として、他の協定はすべて類変更(CC)ルールとなっています。これは何を意味するのでしょうか。例えば、第06.01項では、
第0601.10号: りん茎、塊茎、塊根、球茎、冠根及び根茎(休眠しているものに限る。)
第0601.20号: りん茎、塊茎、塊根、球茎、冠根及び根茎(生長し又は花が付いているものに限る。)並びにチコリー及びその根
という構成になっているので、第0601.20号に号変更ルールが設けられているということは、輸入した球根から咲かせた花を他国に輸出する場合には、その花が原産品となることを意味します。
しかしながら、ここで類変更ルールが張ってあれば、輸入した球根から咲かせた花は非原産となる訳です。もう一つ、接ぎ木と接ぎ穂の事例を挙げてみましょう。第06.02項(その他の生きている植物(根を含む。)、挿穂、接ぎ穂及びきのこ菌糸)の構成は、以下のとおりです。
第0602.10号: 根を有しない挿穂及び接ぎ穂
第0602.20号: 樹木及び灌(かん)木(食用の果実又はナットのものに限るものとし、接ぎ木してあるかないかを問わない。)
第0602.30号: しゃくなげ、つつじその他のつつじ属の植物(接ぎ木してあるかないかを問わない。)
第0602.40号: ばら(接ぎ木してあるかないかを問わない。)
第0602.90号: その他のもの
したがって、類変更ルールの場合には、接ぎ穂を輸入して接ぎ木としての樹木を成育させ、他国に輸出したとしても、原産性は得られません。もっとも、EPA規則はEPA特恵税率の適用の可否を問うものであるので、我が国の関税が、第 6 類では第06.04項(植物の葉、草、苔等)を除いて他のすべての項において基本税率無税であるので、そもそも我が国への第 6 類の植物の輸入にEPA品目別規則を適用するのは、実際には稀有な話となります。
次に、仮定の話としてですが、前述のぶどうの木と(その果実としての)ぶどうの事例を、調和非特恵原産地規則の適用を前提として深堀りしてみましょう。ただし、話を単純なものにするために、植物検疫その他の輸出入関連諸規定は考慮に入れないことにします。
ワイン醸造家がフランスからぶどうの苗木を輸入し、我が国で植樹したとします。ぶどうの木が根付き、その木からぶどうが収穫された場合、ぶどうは(果実として)我が国の完全生産品になることに誰も異論はないと思います。これはEPA規則においてもそうなります。オランダから乳牛を輸入し、我が国で生乳を得た場合と同じですね。それでは、我が国に根付いたぶどうの木を更に豪州に輸出した場合、このぶどうの木はフランス原産になるのか、それとも日本国原産なのでしょうか。ここで、植物を動物に置き換えて頭の体操を進めてみましょう。
結論から申し上げれば、ぶどうの木を豪州へ輸出する段階において、ぶどうの木が我が国の土壌に根付いて生きていることが確認できれば、ぶどうの木の原産国はフランスから日本国へ移り、日本国原産のぶどうの木として輸出されることになります。
それでは、なぜそのように解釈されるのか、次に理由を述べてみます。我が国の既存の特恵、非特恵原産地規則には存在しませんが、調和非特恵規則案には、(コンセンサス合意のない議長最終提案としてですが)第1類の動物の実質的変更基準として肥育を採用し、他国から移送された動物が十分に肥育された後に別の国に輸出される場合には、肥育した国を原産国とすることになっています(以前、第6話「原産地決定 - 鶏が先か、卵が先か?」ではこの部分は端折っていました。)。しかしながら、調和規則案においてさえ、植物に適用される品目別規則案には重量、期間を単位とした成育という概念は存在しません。すなわち、植物の成育は実質的変更とは考えないということなのでしょう。
本事例では、フランス、日本国の二ヶ国が生産(ぶどうの木の育成と輸出)に関与しているので、一見したところ実質的変更によって原産地決定が行われるように考えられますが、調和規則の適用においては我が国での輸出に際して原産国判断をするに際しては、「sequential application(規定の設定順に適用していく)」の原則に従って、完全生産品定義によって決定されることになります。したがって、完全生産品定義に本件に関連する規定が何も置かれていなければ、上述の解釈は誤りということになります。さて、完全生産品定義に何らかの規定は存在するのでしょうか。
実は、この問題に正面から取り組んだ議論が、1995年後半の原産地規則技術委員会(TCRO)による調和作業の技術的検討においてなされています。TCRO文書第39.870号、Annex F/1、パラ10には、「定義1(d) の植物及び植物性生産品」と「定義1(i) の完全生産品のみから得られ又は生産された物品」の差異を明確化するためとして、定義1(d) に対応する法的拘束力を有するノートに
一の国で成育し、生きている植物が、鉢に入れられて他の国に輸出され、輸入国において引き続き成育する場合、この植物が輸出時点で当該一の国の完全生産品としての生きている植物であることを明確化するために、「本定義は、・・・ 当該国において成育する植物を含む」
との文言を追加することをTCROが合意した旨が記載されています。その後、ジュネーブの原産地規則委員会(CRO)においても、この解説文を記載したノートを拘束力あるものとして承認しています。したがって、前述の答えが可能になる訳です。
調和非特恵原産地規則案での仮設事例の回答は以上となりますが、現時点で実施されている協定の完全生産品定義で、同じように解釈できるものがあるのでしょうか。筆者の個人的意見ではありますが、調和規則案の考え方に近い定義として、日アセアン、日ベトナム、TPP及び日EUにおいて、「栽培され」という概念が入っていることに留意すべきと思います。
成木の場合でも同じ理屈になりますが、我が国の場合、植物防疫法で「土又は土の付着する植物」が輸入禁止品に該当するので、成木の根に付着した土を完全に取り除く等の移送上の物理的困難に直面し、あまり現実的な話ではなくなりますね。
【輸入された接ぎ穂が接ぎ木として生育した木】
調和規則案に従えば、苗木の事例と同様、輸出国の完全生産品としての接ぎ穂が輸入国において台木と一体となって成育すれば、接ぎ木の原産国は当該輸入国ということになりますが、既に上で解説したとおり、既存のEPA品目別規則では、非原産の接ぎ穂が接ぎ木と一体になって成育しても(日タイ協定を除き)類変更ルールを採用しているので実質的変更とは認められません。では、EPA原産地規則の完全生産品定義でこれを容認する余地はあるのでしょうか。基本税率が無税の品目について頭の体操といっても虚しくなるだけですが、多くのアセアン諸国とのバイ協定が調和規則案の完全生産品定義をそのまま移入していることに鑑みれば、完全生産品と認める余地が全くないとは言えないのかもしれません。「栽培」の概念を採用している日アセアン、日ベトナム、TPP及び日EUにおいては、その余地はより大きくなるように思います。
【特定品目に限定的に適用される品目別規則(「縦糸」)と品目横断的に適用される完全生産品定義(「横糸」)】
ここまで読んでいただいて、読者の中には完全生産品定義と品目別規則との間に不整合があるのではないかとの疑念をお持ちになる方がおられるかもしれません。根本的な違いは、完全生産品定義は『概念規定』として、品目横断的に適用されるのに対して、品目別規則は当該HS項又は号に分類される物品・産品のみに限定的に適用されます(「縦糸と横糸」の関係)。さらには、完全生産品定義は物品・産品の生産に一ヶ国のみが関与し、品目別規則は二ヶ国以上が関与していることを前提とします。
したがって、輸入した種が発芽して植物の成体に成育した場合には、実際には二ヶ国が生産に関与しながらも「収穫」という概念を捉えれば一ヶ国で生産が完結していると考えられる訳です。また第 6 類の植物に類変更規定を設定している場合、A国においてB国、C国、D国の原産品である切り花を収拾して花束を作ったとしても、これを原産品にはしないということを主要な目的としている訳です。上記事例のような、「生きている」植物又は「栽培された」植物は、たとえその起源が他国にあったとしても「生きている」、「栽培された」という品目横断的な概念が原産性を認めることになります。