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第2話 時計の原産国はムーブメントが生産された国か?

(2017年1月6日、第3話として公開。2021年12月9日、note に再掲。)

 原産地の問題は、時に製品の売上を左右する重大な問題になるようです。さて、今回はWTO非特恵原産地規則調和作業において展開された、時計をめぐるスイス・日本の老舗連合と香港・米国の新興勢力との大バトルに焦点を合わせてみましょう。技術的観点から見ていくと、金属、ガラス、プラスチック等の部分品を粗原料から一貫してすべて一ヵ国で生産し、最終組立てまで行うことは、物理的には可能であっても、コストを意識したビジネスの世界では皆無でしょう。したがって、時計の原産国を決定するためには、材料を外国から調達して最終製品を生産する場合に適用される「実質的変更ルール」が適用されることになります。

 当時(1990年代後半)の時計業界は、最高級品を扱うスイス、中級品・汎用品を得意とし、高級品をも視野に入れてシェアを伸ばしていた日本が手を組み、実質的変更は時計の最終組立てが行われた時に生じるとしたのに対し、香港・米国は、時計の機能は「時を告げること」にあるので、時計としての重要な特性を与えているコンポーネントであるムーブメントが生産された国が原産国となるべきと主張しました。米国は、ムーブメントの生産国を原産国とするとの「重要な特性(essential character)理論」に基づく国内規則を調和作業においても提案していましたが、大手メーカーが生産拠点を米国外に移してからは、本件にはあまり関心を払わなくなってしまいました。したがって、最終的には、スイス・日本対香港の対立構図となりました。ここで指摘しておかねばならないことは、当時のムーブメントの世界シェアは日本企業が圧倒しており、香港で生産される時計の多くは日本製のムーブメントを使用していたということです。すなわち、ムーブメント規則が採用されれば、香港は「made in Japan」の時計を合法的に生産し、世界販売できることになります。一方、当時の日本の時計メーカーの観点からは、仕上げの粗い、あまり長持ちしないかもしれない時計を「made in Japan」の表示を付して売られてはたまらないという企業戦略もあったようです。

 さて、原産地オタクが集まったWCOプロジェクト・チームでは、香港の「時を告げる機能こそが時計を時計たらしめている」との立論に同情的な者が多かったようです。一方、日本の交渉チームも時計業界、通産省(当時)から膨大な反論資料を入手し、大蔵省関税局の国際派の精鋭達が論陣を張りました。「ムーブメントだけでは時計として使用はできない。製品としての時計は、ケーシング、最終的な仕上げ、製品検査等を行う組立工程を経てこそ、時計を時計たらしめ、正確で長期間の使用に耐える製品となる」との主張でありました。天下のスイス、日本を相手に絶対的少数でありながら果敢に立ち向かっていた香港の代表団の姿には、時に感動すら覚えたものです。結果は、香港が妥協しないまま、技術的観点からのコンセンサス・ルールは策定できず、WTOの判断を仰ぐこととなりました。一応、WTOでの議論の結論をお伝えすると、コンセンサス決定ではありませんが、議長パッケージ提案では、時計の原産国は最終組立国(項変更ルール)となっております。

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