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第6話 ある途上国の原産地証明書発給事務所で見たこと《途上国における第三者証明の制度破綻を実感》

(2017年11月2日、第13話として公開。2021年12月9日、note に再掲。)

 今回は、特恵原産地証明書の発給に関連した、筆者の個人的な体験を書き下ろしてみます。今から遡ること10年も経っていない、某開発途上国の大きな地方都市でのこと。首都における発給状況は種々の機会を得て概ね承知しておりましたが、実際の輸出元となっている地方都市での特恵原産地証明書の発給の様子を把握したかったので、別件での出張の折りに知人の伝手で発給事務所を見学させていただきました。

 その都市は繊維製品で名高く、我が国を含む先進国への輸出に力を入れていました。原産地証明書に署名し、発給する証明官は、毎月数百件にも及ぶ発給実績と証明印の管理の厳格さを滔々と説明してくれました。制服をきちんと着こなした彼の部下職員達は、筆者が上司から業務内容の説明を受けているのを横目に見ながら、黙々と書類にチェックを入れていました。申請手続きの手順に則った書類の動きに合わせて担当部門の執務状況を拝見し、最後に証明官の執務室で、署名の際に注意していること等を伺いました。

 当時、筆者が仕えていた部署の乱雑な事務室・机に比べて、非常によく整理・整頓された執務室の様子に驚かされ、筆者は思わず感想を述べる形で質問していました。

筆者) すごく整理・整頓されていますね。繊維関係の規則は複雑ですが、資料は手元に置かないのですか。
先方) その必要はありません。繊維に限らず、原産地規則は一律に40%付加価値ですから。
筆者) GSP、FTAでは、相手国によっていろいろ規則が異なっているので大変でしょう。
先方) 必要な時は、首都の本部に照会しますから。

 もはや説明する必要もないと思いますが、この証明官は、特恵原産地規則がすべて付加価値基準40%であると誤解していたようです。我が国の繊維に係る品目別規則は関税分類変更基準ですが、この地の発給当局は、付加価値基準に従って我が国向けの原産地証明書を発給していたことになります。

 この出来事は、原産地証明書を受け取る輸入国税関職員にとって衝撃的なものでした。輸入国税関では、特恵業務の基本動作として証明書が「本物であるか」、「記載要領に沿った正確な記載がされているか」について審査をし、誤記のない本物であれば特恵輸入を認めるとの実務実態があります。これは、輸出国の発給当局が原産地規則に照らして慎重に審査した結果として輸出産品を「原産品」であると認めるのであるから、これを信頼し、輸入時の審査は簡易化するというものです。したがって、輸入申告された貨物が証明書に記載されている貨物と「同一」であるか否かを確認するため、証明書の記載内容が申告書類と整合的か、証明書に押印された印影が本物か否かを見抜く能力が税関職員に求められた訳です。

 しかしながら、発給当局が「別の原産地規則に従って、正規の証明書を発給」していたとするならば、証明書が真正であろうが、他の申告書類と整合的であろうが、原産性の有無の確認の観点からは意味がないことは言うまでもありません。本件のような事例が他のすべての途上国で起こっている訳ではないでしょうが、FTA網が張り巡らされた昨今、開発途上国の発給当局にとって原産性審査の質を維持することが容易ではない状況になっていることは否めません。理由は明らかです。適用すべき原産地規則の数が急増したにもかかわらず、末端組織までの研修、周知徹底が行き届かないのです。我が国においては、EPAで適用される総則及び品目別原産地規則が、母国語で、無料で、即時に、規則横断的にネット検索(税関ホームページ「原産地規則ポータル」等)できますが、途上国ではこのような環境にはありません。

 輸入国税関もこうした変化に対応せざるを得ず、特に先進国においては、証明書の真正性よりも特恵輸入申告された産品が「そもそも原産品であるのか」についての審査に一層注力するようになっています。このような方針転換の結果、申告された貨物が輸入時の審査によって原産品であると確認できるならば、原産地証明書に多少の誤記があっても問題なく通関できるようになっています。しかしながら、第三者証明制度を採用している協定においては、たとえ客観的な状況及び関連書面で産品の原産性を確認できたとしても、「偽造」証明書又は「証明印のない」証明書を有効として特恵税率を適用することはできません。さらには、「事後確認」と呼ばれる検証作業によって、輸入国税関が、輸入者、必要な場合には輸出者・生産者に、当該輸入産品が原産品であるか否かを照会することが増えてきています。

 こうした流れを受けて、原産地証明制度も、世界的な潮流として、第三者証明から自己申告(証明)に徐々に切り替わりつつあります。TPPで輸入者等による自己申告(証明)のみの証明制度が採用されたのは記憶に新しいところであり、本年7月に大枠合意された日EU EPAでも輸入者等による自己申告(証明)の採用に舵を切っています 。自己申告(証明)の下での特恵貿易においては、輸出する際の原産地証明書発給の手間が省けることは大きなメリットとなるでしょうが、輸入した後に発生する「事後確認」に備えて、輸入者、輸出者又は生産者は、原産品である旨の疎明資料の準備、データベース化を入念に進めなければなりません。制度移行の過渡期においては、試行錯誤による若干の混乱が生じることは経験則から明らかですので、できれば専門家の意見も聞きつつ、上手に対応したいものですね。

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