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第5話 TPP11の『デミニミス規定』を再考する
(2020年2月18日、第39話として公開。 2021年12月14日、noteに再掲。)
最近、筆者の共著作である「メガEPA原産地規則 – 自己申告制度に備えて- 」のデミニミス規定部分について追加説明を求めたいとのコメントをいただきました。これは、同書112ページの以下の記述に係るものです。
TPP11 第3.11条第2項の規定は、理解が容易でないかもしれません。
「1 の規定は、他の産品の生産において非原産材料を使用している場合にのみ、適用する。」(Paragraph 1 applies only when using a non-originating material in the production of another good.)とは、産品の生産に、産品と同じHS項又は号に分類される材料(産品と全く同じもの)を使用する場合には、適用できないという意味です。このような取扱いにしないと、デミニミス規定が単なる混合を一定量許容することになってしまうからです。
先日の日米貿易協定の発効前説明会において、財務省が配布した説明資料に次のような説明図があります。この図は非常に分かりやすく、説明資料として秀逸の部類に入ると考えます(その理由は、後ほど述べることにします。)。すなわち、アスパラガスの缶詰は、アスパラガスと調製用の材料で調製し、密封容器詰めしたものなので、アスパラガスの缶詰を生産する材料として第0709.20号のアスパラガスを使用することは関税分類変更基準を満たさないものの、アスパラガス缶詰のFOB価額の10%以下であればアスパラガスの使用が認められることを明快に示しています。
![(例)アスパラガスの缶詰(第2005.60号) (2)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/65264624/picture_pc_c0b93a72ebb7dfe6f5405fe6f9825eba.jpg?width=1200)
それでは、米国の輸出者が同じ資本系列のメキシコ工場で生産されたアスパラガス缶詰を米国に輸入し、輸出契約の10カートン中の1カートンをメキシコ産缶詰で代替した場合にデミニミス規定が適用できるでしょうか。筆者の意見としては、これは最終産品のすり替えであって、デミニミス規定で救済される「産品の生産に使用される材料のうちPSRで使用が禁じられる材料」の範囲を超えるものであると理解し、上記書籍の記述となった訳です。
これは、第2005.60号のアスパラガス缶詰の「生産」に第2005.60号のアスパラガス缶詰を使用できるかという質問でもあります。TPP11第3.1条(定義)に「生産」が定義されており、以下の作業を例示しています。
産品の栽培、耕作、成育、採掘、収穫、漁ろう、わなかけ、狩猟、捕獲、収集、繁殖、抽出、養殖、採集、製造、加工又は組立てを含む作業をいう。
本定義で列挙された作業形態のうち、缶詰から缶詰を「生産」することが可能であるとすれば、当該生産に係る行為は「収集」が該当するかもしれません。「収集」として協定条文に規定があるのは、廃品又はくずとして収集される場合で、類似の用語としては、動物であれば「採集」、植物でも「採取」又は「採集」の用語が使用されています。したがって、関税分類変更基準で使用を禁じられている材料として最終産品そのものを認知するならば、収集による生産を行ったとの立論が可能になります。
しかしながら、協定条文の構成を精査してみると、「他の産品の生産において非原産材料を使用している場合(when using a non-originating material in the production of another good)」と規定されていることから、使用された非原産材料は他の産品として「生まれ変わって」いること、又は別の産品として認識されることが必要であるといえます。この場合、アスパラガスの缶詰を例にとれば、商業上全く同一の産品とみなされるものが「他の産品」であると強弁することは相当な無理があるように思います。同様な事例として、単体としてすでに商業上全く同一の産品とみなされるもの(例えば、電気製品)については、非原産材料としてデミニミス規定の適用はできないものと考えます。
この原則を生鮮・冷蔵のアスパラガス(第0709.20号)からアスパラガスの缶詰(第2005.60号)の生産に適用すると、どうでしょうか。上記のポンチ絵では第3.1条の定義で規定される「製造」の用語を使用した上で生産行為があったことを明確化し、しかも他の産品として認識されるべきことをHS号の変更をもって明確化しているといえます。したがって、この事例設定には誤解を招くような点が見当たりません。
実務上の判断が難しくなるのは、
(i)「生産」行為があることを協定上の定義で例示される用語で説明しきれない場合、
(ii)「他の産品」への変更があったことをHS項・号の変更によって示せない場合、
であると思います。
(i)の場合は、より汎用的な意味を持つ「製造」、「加工」に該当すると説明できるのでしょうが、(ii)の場合に困難に直面します。例えば、液体の混合で、加工工程基準による原産性付与行為として認められないものがこれに該当します。
冒頭で触れた筆者の著作に対するコメントは、「産品の生産に、産品と同じHS項又は号に分類される材料(産品と全く同じもの)を使用する場合」として、①HS項又は号が同じであることと、②産品と全く同じものとを同列に論じたために生じた不明確さであったと考えます。こうした事例に対しては生産工程の全体を把握した上で、あくまでも個別の判断を行うことになると思いますが、筆者の意見は、単体としての産品のすり替え(端的にいえば、小売包装された非原産の産品を原産品と置き換えること)を排除すべきことを原則として、材料の形状・特質と生産の結果として得られた製品の形状・特質が商業的に異なっていると認識できれば「他の産品」として認める余地を残してもよいのではないかと考えます。