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第3話 de minimis 規定の『哲学』

(2017年10月2日、第12話として公開。2021年12月9日、note に再掲。)

 ラテン語で「de minimis(デミニミス)」とは些細な事という意味ですが、我が国のEPA原産地規則では「僅少の非原産材料」と翻訳され、規定の内容が分かるように配慮されています(日スイス協定のみ「Tolerance(許容限度)」)。TPPを含む我が国で実施、批准されているすべてのEPAに含まれる規定で、使用された非原産材料のうち、ごく一部分が関税分類変更基準を満たさない場合に「救済」できる規定です。具体的には、関税分類変更基準を満たさない非原産材料が、一定の金額(FOB価額の10%又は7%)或いは繊維分野では一定の重量(最終製品の総重量の10%又は7%)の範囲内であれば、当該非原産材料の使用にかかわらず最終製品の原産性が認められます(注)。

(注) ただし、日スイスはex-works価額を使用。デミニミス規定の農産品に対する適用は極めて限定的で、可能な場合であっても、協定によって適用範囲が異なります。

 例外的に、インド、豪、モンゴルとのEPAにおいては、加工工程基準を満たさない場合についても本規定を適用できます。例えば、日インド協定では、衣類(第61類及び第62類)の品目別規則が「織物類又は編物類からの製造(①織り又は編み工程及び②製品化の工程を経る場合に限る。)」となっています(欧州型)。したがって、使用された布の一部が糸からの織り又は編み工程を経ていなくても、当該材料がデミニミス規定の範囲内であれば原産品資格を失いません。

 一方、我が国の大半のEPA品目別規則(NAFTA型)においては、加工工程基準を(可能な限り)文章記述によらず関税分類変更基準で表現する方法を採っています。例えば、日豪協定では衣類の品目別規則は「類変更(第50.07項、・・・の各項又は第60類の項(各類に分類される布の分類番号を列挙したもの)の非原産材料が使用された場合・・・完全に織られた又は編まれたものであること。)」となりますので、デミニミス規定は関税分類変更基準に対して適用されることになります。それでは、デミニミス規定が繊維以外の加工工程基準に適用されるのは、どのような場合でしょうか。例えば、化学品の「精製」ルールの下で、非原産の化学品の純度を99%超にまで高め、これにストックしてあった非原産の純度99%超の同じ化学品を混ぜて製品化したとすれば、関税分類も変更せず、精製要件も満たさないのでデミニミス規定を適用するということは可能かもしれません。しかしながら、化学品の分野においては「号変更ルール」と「精製」等の加工工程基準が(co-equal ruleとして)併設されているので、多くのEPA協定で加工工程基準が適用対象とならなくても関税分類変更基準へのデミニミス規定適用で救済可能となります。言うまでもないと思いますが、付加価値基準へのデミニミス規定の適用はありません。

 さて、本題の「哲学」論争に入ります。デミニミス規定の適用はどのタイミングで行うべきなのでしょうか。2002年、筆者がWCO事務局に勤務していた時のことですが、EC加盟の準備のために職員研修に力を入れていたスロバキア税関からの招きに応じて、首都のブラチスラヴァで税関職員を対象に原産地規則の話をする機会を得ました。当時のことなので、原産地規則といっても、近い将来に合意・発効するであろう(と信じていた)WTO調和非特恵原産地規則案についての研修です。総則規定を順番に説明し、デミニミス規定に話が及んだ時のことですが、それまで静かに聴講していたスロバキア税関研修所の原産地規則担当教官が発言を求めました。

教官) あなたの説明を聴いたところ、非原産材料を一からチェックし、満たすものと満たさないものに区分けした上で、すべての非原産材料のチェックが終了した段階で基準を満たさない材料に対してデミニミス規定を適用して救済の有無を判断すべきと言っていると理解した。しかしながら、その考えは間違っている。デミニミス規定は、「正当に認められた許容範囲であって、例外扱いされるべきものではない」。したがって、非原産材料のうち、デミニミス規定を満たさない材料だけを探していき、それらの材料が許容範囲を超えた段階で当該物品は非原産となるのである。

筆者) 貴官は、原産性判断の審査方法上の便宜的取扱いを言っている。デミニミス規定は、関税分類変更基準を満たさない場合の「救済措置」であって、考え方としては、使用されたすべての非原産材料が基準を満たすかどうかをチェックし、最終的に満たさない材料がデミニミスの許容範囲内にあれば「例外的」にこれを原産品と認めるものである。

 このような趣旨の議論の応酬が続き、場の雰囲気は極めて沈んだものになってしまいました。この教官は、日頃の講義で受講生に持論を強調していたのでしょう。その根本的な考え方に異論を挟まれたので、引くに引けなかったのだと思います。筆者もWTO調和非特恵原産地規則(案)の研修教材を作成し、その内容を「WCO事務総局の解釈」として世界各地で説明していたところであるので、一歩も引けず、若さもあって、虚しい議論を繰り返してしまいました。

 筆者も60歳の大台に乗った昨今、かの教官の主張していた方法のメリットを十分に理解できるようになりました。すなわち、関税分類変更基準を満たさない材料を追い求めることにより、その材料の価額又は重量がデミニミス基準値を超えた段階で作業を中断し、非原産である旨の判定をすることが可能です。ところが、筆者の説明した方法を厳格に実行したならば、そもそも(デミニミスで救えない)非原産となることが明らかな物品の原産性審査を非原産材料のすべてについて実行しなければならず、時間の無駄であるということでしょう。当時、EC加盟を控えて、もっぱらEC15ヶ国が実施していた特恵原産地規則を教えていた教官として、一本筋の入った教え方と言えます。

 一言弁明しておくと、特恵税率の適用が「Yes」か「No」かの判断を行う特恵原産地規則の場合であれば教官の議論に理を認めるのですが、関税分類変更基準を満たさない場合にレジデュアル・ルールを適用して、「最終的に原産国はどこか」を決定する必要があるWTO調和非特恵原産地規則(案)の適用においては、使用された非原産材料のすべてを把握する必要があるので、筆者の説明に理があったことになります。

 このような「落ち」にしてしまうようでは、「枯れた」チョイ悪オタクへの道はまだまだ遠いようですね。


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