米国の対中国追加関税措置と原産地規則
「経済安全保障における原産地規則の役割」と題して日米欧の経済安全保障法制の概要と実務について述べてきましたが、本稿では原産地規則の観点から、米国の対中国追加関税措置に代表される1974年通商法第301条 (以下「第301条」) に基づく措置ついて考察します。トランプ政権によって採られた本措置 (通常関税に加えて25%の関税上乗せ)は、過去の政権の対中協調による共存政策から米国の覇権をかけた敵対的な政策への転換の象徴となるものでした。「経済安全保障」 の定義にもよりますが、自国の都合・主張で他国との約束事を一方的に変更・制裁できるとする内国法制の制定は、超大国としての米国ならではの経済安全保障政策の体現と考えられます。
本措置は日本企業の事業戦略にも影響を及ぼし、生産拠点を日本国内、中国、北米及びアジア地域などに多角的に分散させている日本企業であれば中国以外の生産拠点から米国への輸出又は米国内での生産を増やせばよいのですが、制裁対象品目の主要生産拠点を中国に置く企業にとっては、米国輸出を継続させるためには代替拠点への生産移転を半ば強要されます。こうした転換には、サプライチェーンの組み換えが必要であり、時間もコストも要します。加えて、第301条に適用される原産地規則が難題です。
米国の中国製品に対する追加関税措置においては、日本又は第三国で製造された製品であっても当該製品の製造に中国原産の部材が使用された場合、米国税関で当該製品が「予想に反して」中国原産と認定され、追加関税が課されることがあります。これは、「rebuttable presumption (反証可能な推定)」が適用されて生産工程の遡及によって粗原料までの徹底検証を求めるウイグル強制労働防止法[i]を想起させますが、単に使用しただけで輸入禁止となる同法とは異なり、第301条の原産国決定は、制定法としての繊維規則が適用される繊維製品・衣類を除き、中国原産の原材料を使用したとしても製品に判例法に基づく 「実質的変更」 が認められれば当該生産国を原産国とすることができます。しかしながら、「実質的変更」 判断には関税分類変更や付加価値といった透明性、予見可能性の高い客観的基準が存在しないため解釈権限を持つ米国税関の事前教示を唯一の拠り所とせざるを得ません。
第301条の法的枠組みと対中国追加関税措置の背景
米国の 「実質的変更」 については後述することとし、まずは第301条の法的な枠組みと対中国追加関税措置の背景について、米国議会調査局報告書[ii]から引用する形で説明します (以下、本稿における翻訳は筆者による仮訳です)。
対中国追加関税措置の概要
米国の対中国追加関税措置及びその後の諸施策を概観すると、次のようになります。図表1(米国の対中国追加関税措置の概要) で示されているとおり、2018年7月の第1弾から同年9月の第3弾まで輸入規模にして約2,500億ドルの追加関税 (25%) を実施し、2019年9月には第4弾A措置として累積輸入規模約3,700億ドルの追加関税 (15%) を実施。累積輸入規模約5,300億ドルの第4弾B措置 (実施されると米国の平均関税率が24.4%となり中国の20.7%を大きく上回る) の実施を同年12月に控えるなかで、米中 「第一段階の合意」 が成立し、第1弾から第3弾までの25%追加関税の維持、第4弾A措置の追加関税を15%から7.5%に引き下げ、第4弾B措置の発動を見送っています。これらの措置はバイデン政権においても継続され、現在にいたります。
ここから先は
実務者向け原産地規則講座
我が国との二国間貿易のみならず、第三国間のFTAの活用を視野に入れた日・米・欧・アジア太平洋地域の原産地規則について、EPA、FTA、GS…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?