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ブドウ作りに適さない場所ではワインは造れない?

他の国に比べ雨の多い国・日本

私たちは日本で造られるお酒の普及に力を入れており、日本酒、焼酎、ワイン、最近ではジンなどのスピリッツも増えジャンルは多岐に渡ります。
その中でワインは日本で生まれたものではないこともあり、今でも「日本で美味しいワインが造れるの?」という言葉を聞きます。

確かに、ワインを造るのに適した産地の一般的な条件は、雨が少ない、水はけの良い土壌がある、日照量が豊富、寒暖差が大きいというもの。
ワイン産地を有する他の国に比べ、雨が圧倒的に多いのが日本。この部分だけでもワイン用のブドウ栽培の難易度は上がります。

日本の果物は、雨が多い分土の水分も豊富なため瑞々しく、ブドウだけでなくそのまま食べて美味しいものは沢山あるのですが、水分が多いということは、お酒などに加工した時に悪く言うと水っぽくなってしまいます。

日本国内でも雨の多い九州や日本海側の地域でワインを造るとなると、更に苦労する上にあまり美味しいものはできないのでは?と想像してしまいますが、今回は、そんな場所でワインを造っているワイナリーのことをお伝えしようと思います。

魚問屋が造ったワイナリー

富山県氷見市にあるセイズファームの母体は魚問屋。ワイナリーも海の近くにあります。氷見は雨が多く日照量が多い訳でもないので、決してワイン用のブドウ栽培に適している場所とは言えません。

そんな、ワイン造りにおいて明らかに不利な場所にワイナリーを作ることになったのは、現社長の釣吉範さんの弟である釣誠二さんの、「ワイナリーを作りたい」という一言。
この一言によって、今までワインに何の縁もなかったスタッフたちとのワイナリー作りが始まりました。
耕作放棄地を開墾してブドウの樹を植えたのが2008年。ですが、その3年後、ワイナリー事業のリーダーだった誠二さんはワインができる前に病気で亡くなってしまいます。
それ以降、誠二さんの意志を継ぐため、最初は反対していた兄の吉範さんが社長となり、スタッフ一丸となってワイナリーを盛り立てています。

私がセイズファームのことを知ったのは2011年。ご縁がありよく富山に行っていたのですが、仲良くしていたお酒好きな富山在住のガラス作家の友人に、「最近氷見にワイナリーができたらしい」と言われ、連れて行ってもらったのがきっかけ。

醸造長の田向俊さんは元々は魚問屋のスタッフでしたが、ワイン事業が決まった時に突然醸造長に任命され、長野のワイナリーで研修を受け、ワイナリーが完成した2011年に氷見に戻りました。
この年は、ちょうど初めて自分たちのワイナリーで醸造するというタイミングでワインがなかったのですが、私は初めての富山のワイナリーということだけでお取引をお願いしてしまいました。(今となっては、よくこの理由だけで取引をお願いしたなと反省してます…。)

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醸造長の田向さん

氷見ならではの味?

まだブドウの樹齢も若く、醸造する田向さんだけでなく、ほとんどのスタッフが経験がないという中で造られた初めてのワインを飲んだ時、今だから言えますが、実はあまり美味しいとは思えませんでした…。特に赤は、あまりブドウのポテンシャルが感じられず、この場所で造るのは相当難しそうだなと感じました。

でも、富山には相変わらずよく行っていたし、友人の作家の展覧会をセイズファームでやるなど何かとお邪魔する機会があったので、田向さんと話す機会は多くありました。

あまり美味しいと思えなかったことは伝えられなかったのですが、田向さんもこのままではいけないと思ったのか、毎年色々なことを試したり、テーマを決めて海外のワインを飲んで勉強したりしていたので、これから変わっていくかも、と思いお取引を続けさせてもらいました。

セイズファームは設立当初から、ワインのラベルや施設のデザインなど、ワイン以外の部分にも相当なこだわりがあり、最初からブランドイメージがしっかりしていました。そのこともあり、比較的早い段階で人気ワイナリーとなり、ワイナリーができて数年後にはリリースすればすぐ完売するほどに。

ワインの味も徐々に美味しくなり、毎年飲んでいてこんなに分かりやすく味が美味しくなっていくワイナリーも珍しいなと思っていました。とは言っても、価格と味のバランスを考えた時に、セイズファームのことを知らないお客様に自信を持ってお勧めをできるかというと、まだ自信がなく、しばらくは自分からは積極的にお勧めせず、既にファンのお客様に自動的に売れていくような状況でした。(それも直接田向さんに言えなかったことを、今ここで懺悔します…。)

田向さんがよく言っていたのは「氷見ならではの味のワインを造る」ということ。その気持ちはとても伝わってくるのですが、ワインからはなかなかそれが掴めず、私自身も「氷見らしいワインってどんな味なんだろう?」と疑問に思っていました。

この場所で生まれた原料だけでワインを造る

ワインの原料は、大きくはブドウだけなのですが、ワインに限らずお酒を造るときに重要なのが「酵母」。酵母が糖分を食べてアルコールを排出するのですが、この酵母は環境によっては働けない場合もあるので、その環境に適した培養した酵母を使うことも多くあります。

セイズファームでも培養酵母をずっと使用していたのですが、近年ではブドウに付いている野生の酵母をうまく活かしてワインを造るようになりました。

野生酵母はうまく働くと味に複雑さと厚みが出て美味しくなるのですが、それがきちんと働いてくれるという保証はなく、失敗することも多々あり、培養酵母を使用した方が味は安定します。しかし、上に書いたように、「氷見ならではのワインを造る」ことを目指した時に、田向さんはセイズファームの畑で栽培されたブドウに付いている野生酵母でワインを造る方がいいのではないかと思い、野生酵母でワインを造ることを選択しました。

つい先日、ワイナリーにお邪魔して野生酵母で造ったワインを飲ませてもらいましたが、以前と同じ人が造ったとは思えないほどの変化が!
私は仕事柄たくさんの種類のワインを飲みますが、こんなに驚いたのは片手で数えるくらいしかないというくらい驚きました。

今までのセイズファームのワインはどちらかというと綺麗で素直な味という印象でしたが、今のワインは複雑さと深みが増し、一気に大人になったような味わい。でもこれは決して一気に変わった訳ではなくて、いつももっといいブドウやワインを造ろうと努力していたことや、変化を恐れずに毎年何かチャレンジをしていた中での自然な流れなんだろうなと思います。

ちょうどワイナリー設立から10年が経ち、私達とのお取引も同じ時間が経ちましたが、この節目にこんなに素晴らしいワインを飲ませてもらい、月並な言い方ですがとても感動しました。
様々な造り手の方とのやり取りがありますが、なかなか最初から見させてもらえることはありません。セイズファームに関しては最初からお付き合いさせてもらえたことは本当に運が良かったなと思います。
私が今回飲ませてもらったワインはこれから随時リリースされますので、お楽しみに!

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