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「心のおばあちゃん」に会える、宮脇綾子展 【展覧会レビュー】
割烹着を着たかわいいおばあちゃんが、背中をまるめて、床に広げた布を小さく切り、縫ったり貼ったり・・・そんな姿を思い描き、心をじんわりとあたためながら東京ステーションギャラリーを後にした私は、おもむろにスマホを取り出した。「宮脇綾子」と画像検索すると、私の想像は打ち砕かれた——。
先月から東京ステーションギャラリーで開催されている『生誕120年 宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った』。ダイナミックに紫キャベツの断面を描いた作品に見覚えがあり、「行きたい美術展リスト」にメモしておいた展覧会だった。たまたま近くで仕事があり、帰りに立ち寄った。
紫キャベツの断面は、本展覧会のメインビジュアルに採用されており、ギャラリーの入口横に大きく掲載されていた。断面の白い線を、細く切った布と幾重にも張り巡らせた糸で表現したそれは異様な迫力があり、東京駅の丸の内北口で圧倒的な存在感を放っていた。
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「こんなにすごいビジュアルが貼り出されているのに、見向きもしないおじさんたちすごいな。つか、どいてちょんまげ」と思いつつ、顔が写らないように写真を撮り、荷物をロッカーへ。
どんな作品たちが待っているのだろう。ワクワクしながらエレベーターに乗り、展示スペースへと向かった。
残念ながら撮影禁止だったため写真はないが、公式写真を交えながら感想を記していきたい。
「アップリケ」と侮るなかれ
宮脇綾子の作品は、布を切って貼ったり縫い留めたりしてモチーフを表現する「アプリケ」という手芸の手法で描かれている。「アプリケ」というと聞き慣れないが、「アップリケ」のことだ。昭和生まれなら、お母さんやおばあちゃんが、服やズボンにうさぎやクマを縫いつけてくれた記憶があるかもしれない。
しかし、そんなファンシーでかわいいアップリケを想像していると、度肝を抜かれる。
宮脇氏の作品は、徹底した観察によって、アプリケとは思えないほど精密な表現が施されていた。主婦であった彼女の観察対象は、野菜や魚などの食べ物たち。断面はどうなっているのか?表は?裏は?このパーツはどうやってついているの?一緒に展示されていた宮脇氏のスケッチやコメントに、彼女がいかに「見て、知る」ということを大切にしていたかがみて取れる。
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第二次対戦後、40歳から作品をつくりはじめたというが、相当なセンスの持ち主だ。これは、夫が画家であるということは関係ないと思う。時には家族の夕食をつくっている最中であることも忘れ、観察に没頭していたそうだ。作品の細かな創り込みを見ると、彼女が生来の凝り性であることがうかがえるし、色彩感覚も素晴らしい。
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特に布の組み合わせのセンスは感動的。模様の見立ての遊び心と、配置の大胆さが本当に素晴らしく、それをアプリケ作品として定着させる胆力もすごい。いちばん驚いたのは、龍の模様を白菜のしわに見立てた作品と、使い終わった布製のコーヒーフィルターに切り込みを入れて「するめ」を表現した作品。
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この両作品は、「Tokyo Art Beat」で詳細に紹介されていたので、ぜひ見てみてほしい。
他にも、「そろそろ終盤だな」というあたりで、思わず息を呑んでしまうほど圧巻な密度の作品群が登場するなど、展示の構成もおもしろく、最後まで気を抜けない展覧会だった。作品ポストカードもほぼ売り切れていて、人気の高さがうかがえる。
じんわり広がる“懐かしさ”
鑑賞し終わってひといきつきながら、私は作品を見ているときにずっと感じていた「何か」を思い出そうとしていた。
作品はアプリケで、布の切り貼りでできている。どんなに緻密に表現されていても、そこにはあたたかみが感じられる。モチーフも日常的で微笑ましいものばかりだ。素材として使われている布も、華やかな着物生地ではなく渋めの染めが施されている日常着だった。
——ああ、おばあちゃんだ。
私の祖母はアプリケをしていない。ミシンもできたが、おまんじゅうなどのおやつづくりが好きな人だった。家にも手芸作品は飾られていなかった。にも関わらず、私は鑑賞中ずっと「おばあちゃんちにいるみたいな懐かしさ」を感じていたのだ。
これは「心のおばあちゃん」だ。
着物に割烹着をまとい、白髪をお団子に結った、にこにこやさしい背中の丸いおばあちゃん。
実際、私の祖母はそんなビジュアルではない。それなのに、宮脇作品を通して「イマジナリーおばあちゃん」が召喚されていた。
このおばあちゃんは、いったい誰?
のび太だ。のび太のおばあちゃんだ。ぽたぽた焼きのおばあちゃんだ。日本昔ばなしのおばあちゃんだ———。
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このステレオタイプな「おばあちゃん」こそが、私たちの「心のおばあちゃん像」なのだ。
鋭い観察力と繊細な表現力がありながら、あんなにあったかい作品をつくるひとだもの、宮脇氏もきっとそんなおばあちゃんに違いない・・・!私は勝手に期待に胸を膨らませながら、「宮脇綾子」で画像検索をかけた。
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めちゃくちゃおしゃれなセーターを着たおばあちゃんが出てきた。
白髪のお団子あたまと、やさしい笑顔はイメージどおり。しかし、立派なしつらえの部屋でテーブルに向かって制作している宮脇氏は、私の勝手な想像よりはるかにモダンな暮らしをしていた。
そりゃそうか。
私のおばあちゃんもそうだったもん!
とはいえ、素敵なお着物の写真もあった。TPOによって使い分けていたのかも。憧れる。
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心に浮かぶおばあちゃん像は、時代や記憶が生んだファンタジー。でも、そのあたたかさは作品に宿る作家のまなざしが作り出すものなのだろう。
写真では伝わりきらない布の表情を、ぜひその目で確かめてほしい。イマジナリーおばあちゃんに出会えるかもしれない。
東京ステーションギャラリー公式サイト
『和樂Web』