しかしかわたりの完熟にしみて

「鹿鹿渡さんは道場破りのほかにライフワークってありますか」
ゆうべ道場破りに出向いた相撲道場で知り合った「しめじ山」という名の高校生力士からそんな質問を受けたから「わたしは噴火口から海にいたる扇状地のゆるやかな坂が尽きて平地とされるはじまりの場所に朝どれのロマネスコを立ててまわる活動をしているんですよ」と彼のまわしをじっと見つめて言いきることでまだあどけなく青くさい春菊の汁みたいな困惑を引き出すことに成功したように思う。

初対面の緊張から困惑をすぎて相撲をとりギャフンと勝って尊敬やら友情のようなお風呂からちゃんこを経験したのちに相撲甚句を歌いながら手をつないで休んだあと翌朝道場主からの入金を確認して、わたしは覆面をかぶり、まだ眠っているしめじ山に完熟のキウイを投げはじめた。二時間が経ち、三時間が経ち、彼は午後までもたずにそのキャラクターを豹変させた。ぎこちないタメ口をときおり震わせながらわたしを責めるファイターになった。それでもわたしはキウイを投げ続けるのだからこれもライフワークと言えるだろうか。

彼はわたしの覆面を剥ぐなりこう言った。

「やっぱあんたかよ朝から完熟のキウイを俺に投げつけてんのは。ねらいはなんなんだよ、あったかいんだよそのキウイ。自分であっためたんですか?キウイがあったかいと俺がどんな香りに包まれるのかわかってんですか?歴史的にみて朝からこんな目にあってる力士が今までいました?はじめてじゃないのかなあ俺が。投げたときの感触を教えてよ、皮むいてからあっためてんのか、あっためてから皮むいてんのか、やけどしないの?どろっどろっだよ耳とか鼻とかまわしの内側。あのさ、ひとが懸命に話してんだよ、リモコン操作すんのやめろよ、おまえさ(おまえ?)俺の音量下げようとすんなよ、おまえなんなんだよ、どうしてこんなに完熟のキウイを持ってんだよ、投げるまえに出荷しろよ出荷、キウイの旬っていつなんだよ、もともとわかりにくいんだよキウイもおまえも。おまえさ、まえから朝稽古見にきてたよな、俺が力士だから、裸だから、だから汚れてもいいと思ってキウイ投げてんだろ、俺若いし。じゃなきゃこんなに大量の、膝まで浸かるぐらいのキウイをひとに投げたりしねえだろ。おまえこの通りでジャム作ったりしてねえよな?道路あっためたりしてねえよな?その白い粉なんだよ、砂糖じゃねーよな?くつくつしてんじゃねーよな?おまえさ、俺これから犬の散歩なんだよ、部屋の力士が日替わりで散歩行くの知っててこのまちをずぶずぶにしてんだろ、犬は散歩が好きなんだよ、これじゃ歩けねーじゃん、犬。歴史的にみてさ、朝からこんな目にあってる犬が今までいた?はじめてじゃないのかなあウチの雪たまじゃくしが。相撲部屋にいる犬はさ、毎日ちがう力士と散歩すんだよ。だいたい同じコースだけど日曜日は端折るんだよ、そのあとみんなオフだから。犬の幸せって考えたことないだろ、犬はさ、キウイでべちゃべちゃになってない道が好きなんだよ、その日の散歩当番がキウイにまみれて緑色だったらどうする?犬びっくりすんだろ、雪たまじゃくしは繊細なんだよ、まっしろな、ちょろちょろっとした尻尾がかわいいわんこなんだよ。キウイで汚したくねーじゃん。俺だってさ、足に擦り傷いっぱいあんだよ、しみんだよ!」

完熟のキウイ汁が膝上までたぷたぶに揺れているフルーチェみたいな住宅街。冬のやわらかな光に土俵入りかと塩をまく力士の汗が乱反射してキウイ汁の表面が真っ青に染まるのは化学変化か幻か、紺碧の日曜日はしみる。

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