あるがまま
午前一時。
日々が川のように無常に流れて、その要素は必ず変わっているはずなのに、依然として川であるということに。どうしようもない人生を見た気がした僕は、流れに逆らおうとまた、違いを生むために今日の言い訳を始める__
『人間は常に幸せになるために行動する。それがたとえ自身を殺すことであっても』
__というのは、だれの言葉だったか。本当に思い出せないが。電子の網に言えばすぐ引っかかるだろうが、つまらないのでそうはしない。自分の記憶と二人で楽しむ__
聞くが、幸せというのは良いものかい?
では、良いとはなんだい?
では、すなわちそれは幸せかい?
僕はこの問いに答えることができない。なぜなら、恥ずかしいが、幸せを、感じたことがたぶんない。もしくは、そう名付けたことがない。
傍から見れば幸せに見えるかもしれないが、そうじゃないかはしれない。
傍から見れば不幸に見えるかもしれないが、そうじゃないかもしれない。
幸せということを知っているかもしれないが、それが幸せかはしれない。
不幸ということを知っているかもしれないが、それが不幸かもしれない。
良いということを知っているかもしれないが、良いとはなにかはしれない。
悪いということを知っているかもしれないが、悪いとはなにかもしれない。
『正義とは、味方を益し、敵を害すること。悪とは、味方を害し、敵を益すること』と誰かが言っていた。
人は、正義の中身も、味方の中身も、敵の中身も、益の中身も、害の中身も、人それぞれ、且つ、何度でもその人の中で変わっていく。当然だ。
中身だけが変わるなら、まだ理解できるだろう。しかし、正義という外箱も、味方も、敵も、益も、害も、変わっていく。
そして、それを理解しようとするこちら側も、中身と外が右往左往している。分かり合うというのは、自分と他者の言葉の外と中の4つの点が、一つの直線上にあることをいうのかもしれない。
正義が存在するか怪しいのになぜ悪を定義しようと思ったか。
それは、自分は良いものであるという自覚だけでは、誰かにそれが良いものであると思わせるには至らなかったから。
つまり、自分の自覚は、他者の自覚に直接関与することはない。
良い、というのは自身の自身による自身のための自身への信仰だ。その信仰をわかってもらいたい人は人が生きてる数いる。
悪い、というのは、自身の自身による自身のための相手への信仰だ。その信仰もわかってほしいだろう。
それを標榜するための共通認識のために、外界にもう一つ箱を用意した。それが正義と悪だ。
幸も、不幸も。そうだろう。
自分の信仰をそこに入れ始めた。全員そうした。正義と悪は、何色にも染まり続け、ただ2つの真っ黒になり、もはや見分けがつかないのだ。
定義されてないものをあると仮において、その反対があるとさらに仮定する。そして反対とはなにかは知らない。
欠陥品だらけの言葉を使っているくせに、表現できる全能感だけはいっちょ前に感じるのは、僕の性なのか。あるいは僕らか。
言葉は、まさにその一つの真実を刺すための道具ではないのではないか。真実とは何か。真実は価値があるのか?価値とは何か。
如何にも刺すかのような口ぶりで恥ずかしげもなく喋るじゃないか。
味方も敵も、正義も悪も、再定義され、使い古され、すべて真っ黒で死んでるみたいだ。
最初に本当を見た人は、あるがままを認知しただけだ。
ただのあるがまま、について、名前をつけた。
別の人は、別のあるがまま、についてもさっきの名前のあるがままと似ている気がしたからおんなじ名前にした。
そうやってあるがままを肥大化させて、結局実態がわからないまま今に至る。そこに先ほどの人のそれぞれの信仰を含ませる。
実態がわからない言葉をまるで正解(という言葉も怪しいが)として、実態がわかっているものとして教え、まったく空っぽな仮置きの名前に、各人の日々の経験からそれらは、意味を再定義され、具体化され、また抽象化される。それぞれが頭の中に自分色の辞書という解釈を持つ。
疑いようもない大きさで私たちを覆っているのに気付いた。
もう無理だ。このやり取りは疲れる。もう、無理だ。
僕か僕じゃないかは、あるがままには戻れるかもどれないかのあるがままを探そうと探すまいと、焦点を合わさずもしくは合わせて、見えているか見えていないかわからないかわかるか、中か外を見つめていたか見つめていなかった。
__違いも、逆もわからなくなった僕は、ベットに飛び込み、目をつぶった。誰かの手を黙って握っていたかった。
でも、人がいないことで言葉を使わなくても済むから、それはそれで僕の心を安らがせてしまった。
真っ二つに割れた僕は、苦しいから早くどこかへ行ってしまいたいと思った。どこがどこなのか行くとは何かをまた考え始め、脈を頭で感じながら、目を瞑った。もしかしたら、開いているかもしれない。
イラスト:ノーコピーライトガール、さん
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