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🔎「幎組」愛倢ラノベ【#創䜜倧賞2024 、#ホラヌ小説郚門】

「幎組」愛倢ラノベ



【あらすじ】293文字

 本䜜は、番出口ラむクず◯◯しないず出られない郚屋を合わせたホラヌだ。
 矎桜は目が芚めるず、䌚瀟で残業をしおいたのに、なぜか高校時代の教宀にいた。その教宀で、アンノヌンなる黒い人圱ず出䌚う。アンノヌンは矎桜に倉化があれば進み、倉化が無ければ戻れず呜じる。もちろん、矎桜は抗ったが、幎組たで行っお過去を思い出さないず教宀から出られないず蚀われおしたう。
 そこで、矎桜は教宀を進む。
 䞍思議な事に、教宀を進むごずに景色は倉わる。しかも、ホラヌ珟象が起こる。その光景を芋お、矎桜は自身の過去を思い出す。
 最埌に、矎桜は幎組でアンノヌンの正䜓を知るが、実は他にも秘密があった。


【本文】
第郚 幎組

 右脇腹の匷烈な痛みで目が芚めるず、芋芚えのある教宀にいたの。
 さっきたで郜内某所のオフィスビルで残業をしおいたのに、高校時代の教宀ぞず飛ばされおいたわ。居眠りをしたのか、気を倱ったのか、理由は定かではないけど、どういう蚳か瞬間移動をしおいた。
 なぜか倖は冬の深倜から春の昌間に倉わっおいる。しかも、黒いレディヌススヌツは、い぀の間にか、セヌラヌ服に着替えさせられおいた。
 䞀䜓、どんな倉態の仕業なの
 もしや䟋のストヌカヌかしら
 入瀟幎目で同僚の䜐々朚くんを思い出す。仕事をする姿がカッコよくお付き合ったけど、初めお家に入れた時に䟿座を䞊げたたたにされお、蛙化珟象が起きちゃったの。それで付き合っお週間で別れたら、それから付きたずわれおいるのよ。来䞖で䞀緒になろうずしおいるらしいわ。し぀こ過ぎる
 埅っお、ただ頭が混乱しおいるようね。
 状況を確認するため、ゆっくりず孊生机から立ち䞊がる。するず、い぀もより芖線がセンチほど䜎いの。
 たるで時が巻き戻っお子䟛になったように。
 『どうしたの』、そんな疑問の答えを探すために呚囲を芋枡す。鮮やかな桜が芋える窓ガラス、私ず癜塗りされた誰かずの盞合傘が描かれた黒板、磚りガラスでがやけた廊䞋。
 そしお、背埌には芋知らぬ少女がいた。

「うわっ あなたは誰」

「ふヌん、私を忘れたのね」

「どこかで䌚った事があるの」

「答えたくないわ、ただ名前がないず困るわね。アンノヌンず呌んで」

 謎の少女は、《䞍明の》を意味するunknownを名前に䜿甚したわ。でも、芋知らぬっお蚀う割には、私は圌女に䌚った気がしたの。だからこそ甚心深く圌女を凝芖する。

 アンノヌン――歳の、センチのカップ、どこか芋芚えがある顔。
 黄色くお䞞い瞳は、蒲公英のように矎しい。栗毛色の地毛は少しクセ毛のため、毛先がカヌルしお可愛らしい。
 どこか懐かしさを感じるのは、私が高校時代に着おいた制服姿だからだろうか。
 その容姿のせいで、同玚生に質問するみたく私は尋ねおしたう。

「アンノヌン、ここはどこ」

「過去を思い出さないず出られない教宀よ」

 䜕よ、そのむベントみたいな郚屋は
 内心でツッコんでいるず、アンノヌンが教宀を指した。その指先の颚景を芋た時、たず頭に浮かんだ蚀葉は『懐かしい』だったわ。
 孊生時代に戻った気がしお、さっきよりも慎重に呚囲を眺める。
 右偎の窓の倖には、広倧なグラりンドが広がる。癜線で现長い楕円圢が描かれ、その䞡端にサッカヌゎヌルがある。ただ、昌間なのに、塀の向こうは倜のように真っ暗だったわ。
 正面の黒板には、『幎組』ず癜チョヌクでデカデカず曞いおあるの。ただ、右端の日付は癜く塗り朰されおいたわ。
 巊偎の曇ガラスには、今のずころ異垞はない。
 教宀の䞭倮には、列あたり぀の机が列も䞊ぶ。たた、芋䞊げるず、汚れが぀もない癜い倩井が目に入る。
 教宀の埌方の黒板には䜕も曞かれおおらず、その䞡脇には倧量のポスタヌが貌っおある。たずえば、手掗い・うがいの方法、時間割、掃陀の圓番衚、賞状、みんなの習字、各委員䌚の目暙などね。

「今、過去を思い出したわ。ここは私が通っおいた高校よ」

「そうね」ずアンノヌンは頷く。

「正解なら、郚屋から出しおよ。過去を思い出さないず出られない教宀なんでしょ」

「ただ忘れおいる事があるわ」

「たずえば」

「私の名前ずか」

「アンノヌンよね」

「それは仮名よ。倧切なのは、矎桜みおが私の本名を忘れた事よ」

 アンノヌンに矎桜ず呌ばれお背筋が䌞びる。矎しい桜が咲いた日に生たれたから、父芪が名付けおくれた名前。
 なぜアンノヌンが私の本名を知っおいるの
 心の䞭の䞍安が顔にでも出おいたのか、アンノヌンは䞍気味な笑みを浮かべた。その顔は、子䟛が初めおパステルで芪の笑顔を描いた絵に䌌おいたわ。目は朰れ、錻は曲がり、口は歪んでいるの。

「今、どうしお名前を知っおいるのっお思ったでしょ」

「正解よ、なぜ私の名前を知っおいるの」

「それすらも芚えおいないのね、私たちは過去で䌚っおいるのに」

「私の蚘憶には、アンノヌンなんお存圚しない」

「消したからよね」ずアンノヌンは倧声を䞊げた。

「ビックリした、急に声を荒げないで」

「矎桜が忘れたからじゃない。でも、良いわ。ゆっくり思い出させおあげる」

「私に思い出すべき過去はないわ」

「そうかしら 誰にだっお倧切な過去があるはずよ」

「忘れたい思い出もあるんじゃないの」

「だからこそ思い出しお欲しいのよ」

「はぁヌヌ、埒が明かないわね。どうやっお思い出せば良いの」

「今から教宀を出おもらう」

「そうしたら、孊校を出お家に垰れるのね」

「違うわ、どれだけ教宀を出おも、次は教宀よ」

「はぁ それじゃ垰れないわ」

「だから、過去を思い出すたで出られないのよ。ただ、ヒントずしお郚屋に倉化があるわ」

「なんか流行っおいるゲヌムみたいね」

「よく聞いお。もし倉化があれば、次の教宀に進んで。逆に倉化が無ければ、前の教宀に戻っお」

「指瀺に埓えば、珟実に戻れるの それずも倢が芚めるのかしら」

「さぁね、぀蚀える事は、幎組たで進んで過去を思い出したら、倖に出られるかもっお事よ」

 アンノヌンが話し終えた刹那、圌女は煙のように消えた。その癜煙が窓も開いおいないのに、ブワッず私の方に立ち蟌める。するず、窓がガタガタず揺れた。
 䞀瞬、地震かず勘違いした。
 しかし、違う。
 これは匷颚よ。
 幜霊が窓ガラスを叩くように、目に芋えない颚がグラりンド偎の窓に吹き付ける。次の瞬間、パリヌンず党おのガラスが割れる。砎片が吹き飛ぶ。陜光に照らされたガラス片は、あたかも自分がダむダモンドダストだず勘違いしたように、煌めきながら私に降り泚いだ。
 咄嗟に䞡手で顔を芆う。
 だけど、気が぀くず、䞡腕にも䞡足にも切り傷があり、衣服がない癜い肌から赀い血が流れた。
 怖くなった。
 倉化があった。
 だから、私は廊䞋に出た。芋芚えのあるタむル匵りの廊䞋を進むず、同じような教宀を芋぀ける。その郚屋に飛び蟌む。するず、正面の黒板に文字が曞いおあったわ。



 ――『幎組』。

 次の教宀には、特に倉化はなかった。さっき割れたガラスも元に戻り、䜕事も無かったかのように静かなの。
 間違い探しの基本、これを芚えろず蚀わんばかりね。
 面倒くさいけど、もう䞀床、呚囲を確認する。
 正面の黒板には教宀の番号、グラりンドには癜線で描かれた楕円圢、廊䞋偎には曇ガラス、教宀の埌方には色んなポスタヌ。そしお、郚屋には個の怅子ず机が䞊ぶ。癜い倩井にも䜕もない。
 倉化が無ければ、前の郚屋に戻る。
 アンノヌンの指瀺に埓っお、私は廊䞋に出た。さっきず同じタむル匵りの廊䞋を戻るず、たた教宀が珟れる。ガラガラず匕き戞を開けるず、黒板の文字が倉わっおいたわ。



 ――『幎組』。

 おそるおそる教宀に入る。
 最初に驚いたのは、季節が進んでいた事ね。あれだけ咲き誇っおいた桜が散り、緑の葉桜に衣替えしおいたわ。
 次に驚いたのは、倩気が倉わっおいた事よ。さっきは晎れおいたのに、今は雚の音が聞こえるの。忘れられた事を悲しんでいるのか、䞖界が泣いおいたわ。どんよりずした黒い雲から、现長く癜い雚が垂盎萜䞋をしおいる。その雚粒がグラりンドを湿らせ、窓を濡らし、氎たたりを生み出しおいた。
 ただ、䞍思議だったのは、グラりンドの䞭倮だけ濡れおいない事よ。その真ん䞭には、癜線で《銙》の文字が曞かれおいた。

「銙  意味が分からないわ」

 よく芋ようず呟きながら窓に近づいた時だったわ。いきなり窓から巚倧な目が珟れたの。
 うわっず声を出しながら尻もちを付く。でも、痛みを感じるよりも先に恐怖で党身に鳥肌が立った。巚人よ。スヌツを着た女性教員が窓の倖から教宀を芗いおいるの。どこかで芋た気がするなっお思った埌、ここが階だず気づく。それなのに、倧きな県球が窓越しに睚んでいるの。たるで䜕かを探すようにね。
 足が震える。
 だから、立おない。
 声を出したら、䜕かされそう。そんな畏怖から口を䞡手で抌さえる。ゆっくり呌吞を敎える。それから巚倧な女性教垫の芖線を蟿る。
 するず、芖線の先には、さっきたで存圚しなかった少女が立っおいた。
 アンノヌンよ
 アンノヌンがびしょ濡れで盎立しおいたの。そんな圌女の前には、真っ黒な人圱がある。ちょうど私ず同じくらいの背䞈で、セヌラヌ服を着た女性のシル゚ットよ。その人圱がアンノヌンに氎筒から氎をかけた。

「ほらほら、アンノヌン。汚いから、掗っおあげるわ」

「子ちゃん、やめお 服が濡れちゃうわ」

「臭いんだから、掗濯した方が良いに決たっおいるわ」

「昚日、掗ったわ」

「嘘぀き、タンスの匂いがするわ」

「おばあちゃんから貰った倧切な服なの。抌し入れの奥で倧事に保管しおいたのよ」

「だから、叀臭いんだ。みんな、聞いお。アンノヌンはババアの叀着を着おいるんだっお」

 私の目の前で、アンノヌンず黒い人圱の子が䌚話をしおいる。するず、誰もいない教宀で、ガハハハハっお笑い声が蜟いた。あたりの声量に窓ガラスが震える。
 怖い  そんな感情の裏に、楜しいっお感情が芜生える。
 あぁ、私も高校時代に同じ事をしたわ。名前は忘れちゃったけど、お金持ちの家の子で成瞟が優秀だったのよ。しかも、柔道が匷くお、可愛くお、ずにかく男子からチダホダされおいたわ。そのせいで、私の初恋盞手も取られちゃったの。
 ムカ぀くわよね。
 だから、その子に埩讐をしおやった。
 担任の宮本先生を蚀いくるめ、友達に嫌がらせを受けたず嘘を぀いお、名前を忘れた女の子に仕返しを  あれ、私は忘れたはずの出来事を思い出そうずしおいた。
 ただ、いじめた子の顔も容姿も名前すらも思い出せない。黒い人圱のように。
 たっ、忘れるくらい小さな存圚なのよ。そう自分の心を説埗した頃、ただ黒い圱による挔劇は続いおいたわ。

「どうしお子ちゃんは私をむゞメるの」

「アンノヌンが私に嫌がらせをしたからよ」

「だったら謝るわ」

「䜕に぀いおの謝眪なの」

「えヌず、それは  分からないわ」

「でしょ、アンノヌンは無意識に私を傷぀けるの。だから、私は埩讐しお良いの」

 たた子が氎筒で氎をかけた時だったわ。急に雚挏りが始たる。たるで倩井に雚雲ができたように、ポツポツず至るずころで雚が降るの。やがお倩井の䞭倮が抜けお、ズドヌンず滝のように氎が流れた。
 倉化があれば、次の教宀に進む。
 しかし、氎圧が凄くお前に進めない。あたかもリバヌトレッキングをするように、廊䞋偎の窓枠を掎む。激流を登る感芚で、歩ず぀確実に前進する。やがお流れが反察になり、窓から䞡手を離すず、出口の扉ぞず抌し流された。
 川みたいになった廊䞋で急流䞋りをするず、ビショビショのたた次の教宀に挂着する。濡れお重たいスカヌトを匕きずりながら、教宀に入るず、黒板の文字が倉わっおいたわ。



 ――『幎組』。

 これを組たで繰り返すのか、ず虚無感で䜓がダルくなる。いや、ダルさの正䜓は、服が濡れお重くなったせいかも。
 スカヌトを雑巟みたいに絞りながら郚屋を芋枡す。
 倉化した点ず蚀えば、少し校舎が汚れおいるこず。それに反しお、雚は降り続けおいた。校庭に玫陜花が咲いおいるから、おそらく今は幎月の梅雚だろう。
 西暊たで掚察できるのは、私の高校時代の幎号だからよ。

「あらあら、机に萜曞きがあるわね」

 担任の先生みたく教卓に立っお、個の机を芋぀める。死ね、垰れ、汚い、臭い  そんな眵詈雑蚀が個の机にスプレヌペむントされおいた。カラフルな色䜿いにもかかわらず、その蚀葉のせいで汚く感じる。
 それず、真ん䞭の机の《鳥》が気になる。
 他は文章や誹謗䞭傷なのに、䞭倮の机にだけ文字が曞いおある。それは䜕かのメッセヌゞのように。

「たしか、さっきは銙だったわね。そしお、次は鳥  ダメだわ、関連性が分からない」

 銙鳥なんお鳥類はいない。
 仕方なく、銖を巊右に振りながら教壇から降りる。倉化があった以䞊、次に進むしかない。そう心に決めお、半分ほど教宀を歩いた時だったわ。
 背埌で女性の激昂が聞こえたの。

「誰よ、私の机に萜曞きしたの」

「アンノヌン、自分で汚しお怒っちゃダメよ」

 たただ、アンノヌンず子のいざこざが始たる。
 誰もいないのに、床から笑い声が蜟くず、ど真ん䞭の机にアンノヌンが座っおいる。そんな圌女を教卓から、黒い人圱の子が芋おいる、頬杖を぀きながら。
 その光景は、私の心の䞭にある景色を再珟したようだった。
 そうよ、私も孊生時代に同玚生の机に萜曞きをした。その埌、名前を忘れた少女に反撃されたのよね。
 過去を振り返っおいるず、その蚘憶どおりに、アンノヌンは子ず喧嘩を始めた。

「どうせ子が犯人でしょ」

「はぁ、勝手に決め぀けんなよ」

「い぀も私をむゞメおいるわ、初恋盞手を奪われたず思い蟌んで」

「そそそっそんな蚳ないじゃん」ず子は恥ずかしがる。

「結局、自分に魅力がない事を私のせいにしただけよね」

「たるで私が犯人みたいな蚀い方だけど、蚌拠でもあるの」

「これだけ萜曞きするには時間が必芁なはず。誰か芋おいない」

 アンノヌンはグルリず教宀を芋枡す。そのため、ほんの䞀瞬だけ私ず目が合う。咄嗟に芖線を倖す。
 そう蚀えば、高校生の時も同じ事があったっけ。あの時は誰も名乗り出さなかったわ。だっお、タヌゲットを庇ったら、今床は君をむゞメるっお脅しおいたから。
 あの時ず同じように、誰も返事をしない。そりゃ、誰もいないから、圓たり前なのかもしれない。でも、さっきは笑ったくせに誰も蚌蚀をしようずしないの。自分が被害者にならなければ、関係ないっお感じね。

「アンノヌン、芋おみなさい。皆は犯人を知らないっお」

「単に誰かに脅されおいるだけでは」

「い぀も憶枬で物を蚀うのね」

「皆、芚えおおいお。芋お芋ぬふりをする人も同眪なんだから」

 どこかでアンノヌンのセリフを聞いた芚えがある。たしか、高校幎生の梅雚の時期よ。もしかしお私の過去が再珟されおいるの
 そんな疑問が浮かんだ頃、いきなり校舎が揺れた。
 あたかも盎䞋型地震が起きたように、䜕の前觊れもなく䞊䞋に建物が震動する。やばい、本胜が危険を察知しお匕き戞に向かう。
 倉化があれば、前に進む必芁があるからよ。
 右手で匕き戞を党力で匕いた。しかし、扉は動かなかった。

「なんで開かないのよ」

「子だけじゃない。あんたも、あんたも、あんたも、あんたも、皆、むゞメの共犯者なんだから」

「だっお、皆も悪事を働いちゃダメよ」ず子はおちょくる。

「そういう態床を取るなら、い぀か必ず埌悔させおやるから」

 アンノヌンの蚀葉を合図に、䞊䞋運動に巊右の振動も加わる。その小刻みな揺れのせいか、ポスタヌや机から文字が飛び出す。
 死ね。
 垰れ。
 汚い。
 臭い。
 そんな暎蚀が宙に浮かぶ。
 手掗い・うがいの方法、時間割、掃陀の圓番衚、賞状、みんなの習字、各委員䌚の目暙  そういった文字すらも空䞭を挂う。
 怖くなった。
 初めお芋る珟象に思考が止たる。背筋が凍る。次に䜕が起こるか分からず、身動きができなくなる。䞀方で、文字の方には動きがあった。プロゞェクションマッピングのように衚瀺された文字は少しず぀文章を倉えた。最初は意味䞍明な矅列だったけど、数秒埌には党おの文字列が同じ文面に倉わったの。
 お前たちを蚱さない

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」ず謝っおしたう。

「お前たちを蚱さない」ずアンノヌンは叫んだ。

「皆、アンノヌンに恚たれたわよ」ず子は囃し立おる。

「あぁぁぁぁあ、宮本先生に蚀っおやるから」

 アンノヌンは叫びながら私の方に走っおきた。咄嗟に亀わすず、圌女は匕き戞を開けおくれた。
 譊告文を芋お、党身に戊慄が走った。電気が流れたように、䜓がビクンずなる。嫌な汗が吹き出す、恐怖を倖に出そうずするごずく。
 私も怖くなっお逃げ出す。
 教宀を飛び出すず、い぀もず同じタむル匵りの廊䞋の先に教宀がある。郚屋に飛び蟌む。するず、そこには倉わりばえのない郚屋があったわ。



 ――『幎組』。

 萜曞きは党お掗い流されたように消えおいたの。最初ず同じく新品の机や怅子が䞊び、郚屋には私しかいない。
 正面の黒板には教宀の番号、グラりンドには癜線で描かれた楕円圢、廊䞋偎には曇ガラス、教宀の埌方には色んなポスタヌ。そしお、郚屋には個の怅子ず机が䞊ぶ。癜い倩井にも䜕もない。
 倉化が無いので、アンノヌンの蚀葉を思い出しお、前の郚屋に戻る。
 たたタむル匵りの廊䞋を歩くず、やはり教宀が珟れた。ガラガラず匕き戞を開けるず、黒板の文字が倉わっおいたわ。しかも、前方のみならず埌方たで。



 ――『幎組』。

 たず目に飛び蟌んだのは、埌方の黒板の文字だったわ。そこには《飛》ず曞かれおいたの。
 幎組に《銙》。
 幎組に《鳥》。
 幎組に《飛》。
 ずりあえず、前方の黒板に板曞をする。この文字には意味がある気がした。でも、出おきた順に䞊べおも《銙鳥飛》にしかならない。この文字には芋芚えもないし、そもそも読みも分からない。
 埅およ。
 逆順なら、《飛鳥銙》ずなる。
 あすか  そんな名前の人に䌚った気がした。でも、色んな孊生ず出䌚い、瀟䌚人になっおからも営業で倚くの人ず関係を持った。だから、飛鳥銙が誰か分からなかったの。

「それにしおも暑いわね」

 玺色のカヌディガンを脱ぐ。雚は止んでいた。ただ時間も経っおいないのに、あれだけゞメゞメしおいた梅雚は終わり、季節は初倏ぞず駒を進める。
 倏は嫌いよ。
 暑いから。
 ゚アコンがないため、じんわりず汗ばむ。倢ずは思えないほど日差しは匷く、容赊なく照り぀ける陜光で皮膚が焌けそうだったわ。ミンミンずいう蝉の声が壁を貫通するため、䜓感枩床が床くらい䞊がる。

「暑いし、さっさず次に行こう」

 倉化を芋぀けたので、そそくさず匕き戞に向かう。しかし、瞬間接着剀で付けられおいるのか、たったく扉は開かなかった。
 チッず舌打ちをするず、背埌で読経が始たる。
 誰かが蚭眮したスピヌカヌから、坊さんの埡経ず朚魚のポンポンポンが聞こえる。たた、知らぬ間に教宀は葬匏䌚堎ぞず様倉わりをしおいた。
 埌方の黒板の前に、机で祭壇が䜜られおいる。その呚囲には、校庭に生えおいそうな雑草が食られおいたわ。たた、カヌテンを鯚幕みたいに垂らす。極め぀けは、䞭倮にアンノヌンの癜黒写真がテヌプで貌っおあるの。遺圱の぀もりね。
 その時、子の人圱は厳かな顔で教卓に立぀ず、クラスメむトに䞀蚀だけ告げた。

「えヌ、本日はアンノヌンの葬儀に参列いただき誠にありがずうございたす」

「私は生きおいるわ」ずアンノヌンが名乗り出る。

「あれれ、アンノヌンの声が聞こえるわ。空耳かしら」

「無芖をしないで、本圓に子は性悪ね」

「はいはい、皆もアンノヌンの幜霊を気にせず、玄束どおり、花を手向けおね」

 子の黒い圱は、突劂ずしお珟れた人圱に花を配ったわ。するず、人のシル゚ットは列を䜜り、人ず぀笑いながら花を祭壇に眮いたの。
 そんな様子を芋お、私も同じ事をしたなっお懐かしくなる。
 圓時の私は嫌がらせ目的で  えヌず、名前を忘れた女子の葬匏を取り仕切った。もちろん、宮本先生に怒られるはずだから、察策をしおおいたわ。
 そんな過去を思い出した時、宮本先生が珟れたの。あっ、宮本先生は圓時の担任よ。ちな、幎組の巚人のモデルでもあるわ。

「子さん、䜕をしおいるの」

「これはアンノヌンの葬儀よ」

「今すぐ片付けなさい」

 宮本先生は凄い剣幕で怒った。それなのに、子は「嫌よ」ず䜙裕そうな顔を芋せたの。たるで䜕か策があるように。
 宮本先生――歳の女性教垫、センチ、数孊担圓の既婚者。黒いレディヌススヌツに、黒いピンヒヌルを履く。
 私の蚘憶を再珟したような宮本先生に、アンノヌンが駆け寄る――助けを求めながら。

「宮本先生、子がむゞメるの」

「ちょっず遊んだだけじゃん」

「子さん、やり過ぎよ。謝りなさい」ず宮本先生が仁王立ちした。

「嫌よ。おか、宮本先生は私に逆らっおもいいの」

「教垫なんだから、生埒を指導するのは圓然の責務よ。さっさず机を戻しなさい」

「䞍倫をしおいるのに」ず子はスマホを芋せた。

「えっ」ず宮本先生は青ざめる。

「宮本先生は結婚しおいるのに、孊幎䞻任で囜語担圓の奥田先生ず  」

「子さん、それ以䞊は喋らないで」

「だったら、宮本先生も私たちの遊びに口を挟たないで」

「それずこれずは話は別よ。そもそも写真を撮らないで。肖像暩の䟵害よ」

「䞍倫盞手の身分暩を䟵害した人が、そんな事を蚀えるの」

「ずにかくスマホを枡しなさい」

 宮本先生は、子の黒い人圱ず乱闘した。先生は右手のスマホを奪おうずしたわ。しかし、逆に子に髪を匕っ匵られ、そのたた宮本先生は床に投げ飛ばされちゃった。
 そんな先生にアンノヌンが近づく。

「宮本先生、倧䞈倫」

「心配いらないわ、アンノヌンさんは䞋がっおお。子さん、退孊になるわよ」

「先生だっお䞍倫がバレたら、クビよ。しかも、私のスマホを盗もうずしたわ」

「子、いい加枛にしお」ずアンノヌンが立ち䞊がる。

「郚倖者は、私ず先生の問題に立ち入らないで」

「そもそも私ぞの嫌がらせよ」

「でも、アンノヌンは䜕もできないわ」ず子は嘲笑を浮かべた。

「今は無理かもしれない。だけど、必ず匷くなっお、誰かを守れる人になっおやるわ」

「綺麗事ね。それ以䞊、アンノヌンが先生を庇うなら、䞍倫を校長に教えるわ」

「子さん、分かったわ。先生は䜕も蚀わない。だから、䞍倫を秘密にしお」

「宮本先生」ずアンノヌンが驚く。

「ごめんね、アンノヌンさん。私もクビになるわけにはいかないの」

「さすが宮本先生ね、最善の刀断よ」

 子は宮本先生が介入しない事を条件に、奥田先生ずの䞍倫の写真をデリヌトした。こうしおアンノヌンを守っおくれる人は枛った。どんどん圌女は孀立しおいく。
 静たり返った葬匏䌚堎に真っ赀な倕陜が差し蟌む。
 教宀の壁も、床も、倩井も赀く染たる。たるで殺人珟堎みたいに、郚屋が血たみれになる。きっず宮本先生の、もしくはアンノヌンの心の傷を衚したに違いない。
 埌味の悪さを感じながらも、倉化があったので、私は次の教宀ぞ向かう。䜕床も歩いた廊䞋を進めば、たたたた教宀が口を開いおいた。



 ――『幎組』。

 倏の暑さが和らぎ、秋が蚪れおいた。堎所は倉わらないのに、季節が巡るこずに違和を感じおしたう。
 秋の音がしたわ。
 秋颚がむチョりの葉を揺らしたから。黄色に染たった枯葉たちは、茶色い地面を隠すカヌペットのように、ひらひらず颚に舞っお倧地の色を倉えた。窓を閉め切っおいるのに、蒞れた足のような悪臭で錻が曲がる。犯人は、銀杏に含たれる゚ナント酞ね。
 ふず窓から目を逞らすず、教宀の劣化に気が぀く。
 黒板はチョヌクで汚れ、床には埃が溜たり、ずころどころ窓が割れおいる。たるで数十幎の時を経たように、経幎劣化が進んでいたわ。
 そんな教宀には、䞀面に写真が貌られおいたの。
 ほら、修孊旅行の写真を賌入するために、番号を぀けお匵り出したように。

「この写真は䜕かしら」

 廊䞋偎の窓に近づく。磚りガラスを芆うように、無数の写真が貌られおいる。日垞のワンシヌンを切り取った写真には、党おアンノヌンが写っおいたわ。そう、圌女は盗撮されおいたの。
 パンチラを行ったアンノヌン。
 曎衣宀で着替えるアンノヌン。
 氎着姿で遊泳するアンノヌン。
 トむレで甚を足すアンノヌン。
 その時、隣で啜り泣く音がした。暪に目をやるず、さっきたでいなかったはずのアンノヌンが立っおいた。圌女は泣きながら砎廉恥な写真を剥がしおいたわ。

「誰よ、写真を貌ったのは」

「皆、奜きな写真を取っおいいわよ」

 子の人圱が教宀の䞭倮に珟れたわ。圌女の声を聞くず、男子生埒のような人圱が次々に写真を持っおいったの。嬉々ずしながらね。
 するず、アンノヌンは恥ずかしそうに声を䞊げお、写真を回収した。

「やめお、私の写真を取らないで」

「これはアンノヌンの私物じゃないわ。だから、早い者勝ちよ」ず子は囃し立おる。

「宮本先生に子の非道を蚀い぀けおやる」

「ふふふっ、あの先生は䜕もしないわよ」

 子の蚀うずおり、宮本先生は完党に芋お芋ぬふりを貫いた。もはや攟任䞻矩ね。自分の䞍倫をバラされたくないから、アンノヌンを生莄に捧げたのよ。
 宮本先生の監芖がなくなった結果、むゞメぱスカレヌトしおいった。
 っお、なぜ私が今の状況を分かるのかしら
 異空間での物語や事件を説明できるのは、それが私の経隓を再珟しおいるからなのかも。぀たり、これは私の忘れた蚘憶、私が消し去った過去、私が心底に隠した珟実の可胜性があった。
 ただ、その党おを思い出せない。
 無理に思い出そうずするず、頭痛が酷くなる。
 抌し入れの奥に仕舞い蟌んだ箱の䞭身が分からないように、その存圚すらも忘れたみたいに、私は意識的に孊生時代の出来事を思い出せないでいた。
 私が悩んでいるず、アンノヌンが子に食っおかかったの。

「だったら、自分で察凊するたでよ。子、二床ず私に関わらないで」

「䜕か勘違いしおいない 私はアンノヌンに興味ないから」

「私の人生に土足で螏み蟌んでいるじゃない」

「自意識過剰ね、悲劇のプリンセスにでもなった぀もり」

「あぁぁぁぁあ、殺しおやる、殺しおやる、殺しおやる」

「急にどうしたのよ たさか壊れちゃった」

「子、あなたが忘れおも、私は芚えおいるからね。い぀か必ず埩讐しおやる」

 アンノヌンが奇声を䞊げるず、建物党䜓が揺れたの。しかも、倩井をドンドンず誰かが叩く音もしたわ。だから、䞊を芋䞊げる。
 癜い倩井には、倧きな《遊》の文字があった。
 でも、今はヒントどころではない。パリヌンず蛍光灯が割れたの。䞀気に暗くなる。暗闇の䞭で、数名の人圱が動く気配がある。ただ、それよりも異様な存圚が窓の倖にいたわ。
 手よ。
 巚人の倧きな右手が窓を突き砎る。その右手は子の圱を掎むず、軜々ず倖にポむ捚おした。あたかも子䟛がドヌルハりスに手を突っ蟌むようにね。しかも、次は私を捕たえるず蚀わんばかりに再び手が郚屋に入っおくる。

「こっちに来るな」

 そう叫びながら、私は教宀を出た。その数秒埌、巚倧な右手は前方から埌方にかけお、ガヌヌず党おの物を壁に集めるず、それらを掎んで校庭に投げおいた。
 間䞀髪ね、そう安堵し぀぀も次の教宀の匕き戞を開けた。



 ――『幎組』。

 その教宀は、最初ず䞀緒。特に倉わっおいなかったの。巚人の襲来が無かったように、郚屋は綺麗に片付いおいたわ。
 正面の黒板には教宀の番号があるし、グラりンドの癜い楕円圢はそのたた。廊䞋偎の曇ガラスも、埌方のポスタヌも、脚の怅子も、癜い倩井も倉化はない。
 本来、倉化がなければ戻らなければならない。
 ただ、萜ち着くために、近くの怅子に腰掛けたわ。

「これは私の過去なのかしら アンノヌンっお誰よ おか、子っお私なの」

 次々に疑問を口にした。氎入りバケツを倒したように、止めどなく悩みが口を぀いた。しかし、だからずいっお䜕か解決するわけではない。ただ、少し考える時間が欲しかっただけ。
 ここは過去を思い出さないず出られない教宀。
 だずすれば、出来事は私の人生や歎史を準えおいるはずよ。
 それに、アンノヌンは私を知っおいる玠振りを芋せたわ。もし圌女が私ず䌚っおいるずすれば、子は私の可胜性が高い。
 でも、党く思い出せない。
 アンノヌンにずっおは蟛い過去なのだろう。だから、あの日の出来事が心に刻たれおいるに違いない。䞀方、私にずっおは平凡な日垞に過ぎなかった。少し悪戯をしおいただけならば、蚘憶にも残らない。たしおや名前を忘れた少女は幎生の時に芪の郜合で転校した。幎しかいなかった子なんお芚える事もなかったわ。
 でも、これが私の過去だずすれば、アンノヌンずは私がむゞメた少女のはず。私は忘れたのに、ずっずアンノヌンが芚えおいるずしたら、盞圓に恚たれおいるだろう。
 私を殺したいくらいに。
 もしや私はむゞメの被害者に刺されお、すでに死んでいるのではないか
 今、こうしお芋おいる景色は走銬灯なのではないか
 そんな怖い劄想をしながら、倉化がないので、入口に戻るしかない。ずっず座っおいおも䜕も進たないからね。
 芋飜きた廊䞋を歩くず、やはり教宀が珟れた。ガラガラず匕き戞を開けるず、案の定、黒板の郚屋番号が倉わっおいる。
 おか、雰囲気すら違ったわ。



 ――『幎組』。

 お化け屋敷ね、そうツッコミたくなるほど教宀は荒れ果おおいたわ。カヌテンは砎れおいるし、すべおの窓が割れおいるし、机ず怅子は倒れおいる。壁なんおヒビが入り、今にも厩萜しそう。
 至るずころにグラフィティヌアヌトが描かれおいる。
 意味䞍明なマヌクや奇劙な英単語の䞭に、それはあった。廊䞋偎の磚りガラスに《鳥》の文字。たしか、幎組も《鳥》だったはず。
 同じ文字が回も䜿われる事があるの
 そんな疑問を抱いたず同時に、右脇腹に痛みが走る。たるで誰かに刺されたかのようなズキズキずした痛みよ。
 あれよ、私が目芚めた時に感じた痛みそのものね。

「いおおおお」

 腹郚を芋るず、右脇腹から血が滲んでいた。しかし、セヌラヌ服をめくるず、綺麗で真っ癜な肌が露出する。傷䞀぀無い。でも、痛みは残っおいる。

「䜕なのよ」

 そんな吐息が癜い。
 冬になったからよ。
 苛立ちながら倖を芋るず、自分の玠肌のような雪景色が広がっおいた。グラりンドは雪化粧をしおおり、普段は芋せない䞀面を芗かせる。
 名残の空から、チラチラず花匁雪が萜ちおくる。ふんわりした雪は倧地のカトレアを芆い隠し、私の過去のように、最初から無かった事にする。䞖界を癜で埋め尜くせば、綺麗な物しか芋えないず思い蟌んでいるみたいに。
 たしかに、足跡぀ないノァヌゞンスノヌは矎しい。
 でも、その䞋には芋せられない汚点が幟぀も隠されおいたわ。
 芋たくないものに蓋をしお、芋たいものだけに囲たれた䞖界は䜏心地が良い。だけど、い぀かは雪が溶けお真実が地衚に露ずなる。ならば、自分で雪かきをした方が良い気がしたの。

「ちゃんず過去に向き合わなくちゃ」

「きゃあぁぁぁぁあ」

 私が腹を括った頃、アンノヌンの悲鳎が蜟いたの。グラりンド偎の窓ガラスが揺れお、たた割れるのかず思ったわ。
 だから、䞡腕で顔を守った。
 するず、前腕郚の隙間から誰かが萜ちる姿が芋えた。䞀瞬、目を疑う。えっ、アンノヌンが萜ちなかった
 自分の䞡目を疑うわけではない。どちらも芖力はを超える。だから、芋間違える事はない。
 だずすれば、アンノヌンは飛び降り自殺をしたのよ。だから、窓に近寄る。階に目を向ける。頭の䞭では、アンノヌンが地面に暪たわり、癜い雪を赀い血で染めおいる所を想像したわ。
 しかし、実際には地面には誰もいない。
 平らな雪は癜いたたね。

「䜕だ、気のせいか」

「きゃあぁぁぁぁあ」

 私が安堵したのも束の間、私の目の前をアンノヌンが萜ちおいった。
 䞍思議なものね。それは秒くらいの出来事なのに、スロヌモヌションに芋えたの。あたかも連続撮圱をしたように、はっきりずアンノヌンの姿が目に焌き぀く。冬颚に煜られる栗毛色の地毛も、乱れた制服も手に取るように分かる。なんなら蒲公英みたいな黄色い瞳ず目が合う。
 でも、アンノヌンが窓枠に差し掛かるず、瞬く間に消えちゃったわ。再び窓から地面を芗くも、雪䞊には誰もいない。
 その刹那、たた䞊から悲鳎が聞こえる。

「きゃあぁぁぁぁあ」

「うわっ、危ないわね」

 アンノヌンが萜䞋しおくるので、思わず尻もちを぀いおしたう。尻ぞの衝撃よりも、床目の萜䞋に恐怖した。
 それから䜕床も䜕床も䜕床も䜕床も、アンノヌンは悲鳎を䞊げながら屋䞊から萜䞋する。
 でも、地面には圌女の遺䜓がない。
 人が萜ちるシヌンを繰り返し芋せられるうちに、その光景が私の蚘憶を呌び芚たす。そう蚀えば、高校幎の冬、私がむゞメた女子も屋䞊から飛び降りたっけ。あの子は䞀呜を取り留めたけど、顔が朰れたらしいわ。
 自慢の矎顔も台無しになっお、圌氏にも捚おられたようね。それから圌女は柔道に没頭しお、高校幎の時に芪の郜合で転校しちゃったの。
 切ない過去を振り返っおいるず、知らぬ間に、黒い人圱が私を取り囲んでいた。
 かごめかごめをする時のように、私を䞭心に人圱が円を䜜る。そのため、動きようがない。逃げ堎を倱くしたたた、呚囲の圱が私をなじった。

「「「「「子が远い詰めた」」」」」

「私じゃない」

「「「「「子が犯人だ」」」」」

「私は子じゃない」

「「「「「じゃあ、誰がアンノヌンを傷぀けた」」」」」

 黒い人圱が䞡手を䌞ばした。たるで死人みたいに冷たい手が私の䜓に觊れる。こい぀ら、觊れんのかよ。私は怖くなっお、人圱を抌しのけお匷行突砎を謀る。
 もちろん、人圱たちは私を远っおきた。
 でも、恐怖で埌ろを振り向けない。ドタドタずいう足音に぀きたずわれながら、私は匕き戞を開けお、次の教宀を目指したわ。
 ひたすらタむル匵りの廊䞋を疟走するず、次の教宀が芋える頃には、埌方の足音は消えおいたの。ただ、埌ろを確認するこずなく教宀に飛び蟌んだわ。



 ――『幎組』。

 季節は䞍明。
 あり埗ない速床で教宀の時蚈は短針ず長針を回す。
 私の心を映したように、窓の倖は挆黒の闇で塗られおいた。もはや䜕も芋えない。教宀から宇宙船に移動したず蚀われおも信じちゃいそう。それくらい倖は光源が぀もない暗闇だった。
 それに反しお、宀内は真っ赀なの。
 ペンキを塗り合うゲヌムをした埌のように、倩井も、壁も、床も赀色に染たっおいる。少し血腥いため、その赀色は血液に違いなかった。あたりの血の量に、ミステリヌの殺人珟堎に来たず思っちゃう。
 䞍気味な雰囲気に足がプルプルず震えたわ。生たれたおの子鹿になった気分で、初めお芋る教宀を歩く。小鹿なら党おを新鮮に思えるだろうが、子ず呌ばれた私は畏怖しか感じない。
 おや、よく芋るず、床には《小》の血文字がある。
 たしか、アンノヌンずの最初の䌚話では、幎組がゎヌルみたいな蚀い回しだったわね。ずするならば、この文字で最埌かも。そこで、今たでの文字を板曞しお確認する。

 幎組に《銙》。
 幎組に《鳥》。
 幎組に《飛》。
 幎組に《遊》。
 幎組に《鳥》。
 幎組に《小》。

 党おを繋げるず、銙鳥飛枞鳥小。
 意味䞍明ね。
 挢文にも芋えたが、レ点の䜍眮が分からない。飛ぶ鳥は銙り、遊ぶ鳥は小さい。こんな颚に読めなくもないけど、あたり意味が繋がらないわ。
 そこで、飛鳥銙の時のように逆にしおみた。
 小鳥遊飛鳥銙。
 最埌の飛鳥銙はアスカず読むずしお、小鳥遊ずは䜕だろうか。埅およ、難読な氏名で芋た気がするわね。䜕お読んだっけ
 ずあるテレビ番組の解説を思い出す。そうよ、小鳥が遊べるくらい平和ずいう意味合いから、鷹がいない、すなわちタカナシず読んだはず。

「たかなし  あすか」

 その名前を口にした刹那、蚘憶がフラッシュバックした。䜓は䞍気味な教宀にいるのに、魂だけはタむムリヌプしたように過去ぞず舞い戻る。䞀瞬で過去が私の䞭に流れ蟌む。アンノヌンなる存圚の真名を知る。
 そうよ、小鳥遊飛鳥銙っお名前になるわ。
 埅っお、私は小鳥遊飛鳥銙を知っおいる。
 圌女こそ私がむゞメた同玚生よ
 靄が消えた空のように、頭の䞭がスッキリず晎れ枡った時、その頃合いを芋蚈らったみたく背埌からアンノヌンの声がしたのよ。

「やっず思い出しおくれたのね」

「アンノヌン  ではなくお、あなたは小鳥遊飛鳥銙なのね」

 埌ろを振り向くのが怖かったわ。それは私が芋たくない過去を振り返る行為ず重なるから。誰だっお嫌な半生や消したい思い出はあるはずよ。
 でも、私は自分の過ちず向き合わなければならない。
 この教宀の意図は未だに䞍明のたたね。ただ、私が忘れた過去を思い出し、小鳥遊飛鳥銙さんに謝るこずが求められおいるように匷く感じた。
 意を決しお回れ右をした。
 するず、すごい勢いで景色が流れ、埌ろの正面にはアンノヌンこず小鳥遊飛鳥銙が立っおいた。しかし、その容姿は最初の矎しい姿ずは皋遠かったの。
 顔は朰れおいた、螏たれたトマトみたいに。
 銖は折れおいた、台颚の埌の枝のように。
 手も折れおいた、野球で䜿ったバットのごずく。
 おそらく屋䞊から萜ちた時の姿なのだろう。アンノヌンは芋るも無残な姿に倉わり果おおいた。もはや原圢は止めず、人には芋えない。むしろゟンビず蚀われた方が玍埗するくらいよ。
 あたりの醜貌によっお無意識に悲鳎を䞊げおしたう。

「きゃあぁぁぁぁあ」

「なぜ悲鳎を出すの 久しぶりの再䌚なんだから、笑っお話そうよ」

 䞀䜓、どこから声を出しおいるんだろうか
 そんな疑問が出るほど、アンノヌンはミンチ肉みたいな顔で普通に䌚話をしおいた。口がないのに、芋た目が倉わったにもかかわらず、最初ず同様に矎しい声で語りかけおくる。
 それが逆に䞍気味だったの。
 間違いなく私を恚んでいるはずなのに、笑顔で喋ろうなんお蚀うのは裏があるに決たっおいるのよ。

「そっそうね、小鳥遊さんず䌚えお嬉しいわ」ず唇が震えた。

「でしょ、座っお話そうよ」

「私も昔話に浞りたいんだけど、仕事があるのよね」

「ブラック䌁業に務めるのも倧倉ね。䞊叞から明日たでに䌚議の資料を䜜れっお蚀われたんでしょ」

「なんで䌚瀟の業務を知っおいるの」

「そりゃ、矎桜の䞖界なんだから、あなたの出来事が反映されるわ」

「やっぱり幻想なのね」ず少し安堵する。

「でも、灜難よね。最期に芋る倢が、たさかむゞメの光景だなんお」

「ずっず心に匕っかかっおいたのよ、小鳥遊さんの事が  ちょっず埅っお、今、最期っお蚀った」

「えぇ、これは矎桜の過去ではあるけど、厳密には走銬灯だもの」

「そんなバカな」ず絶句しちゃう。

「ここに来る前の蚘憶も忘れたようね」

「たさか小鳥遊さんが私を刺したの」

「さぁね」ずアンノヌンは曖昧に答えた。

「珟実で起こった事を教えおよ」

「むゞメられたのに、矎桜に真実を教えるわけないわ。ただ、右脇腹は痛くない」

「むテテテテ、たしかに腹郚が痛くお血が぀いおいるのよ。傷はないのに」

「それがヒントよ。おか、最初に答えはあったでしょ」

「䜕の話よ そもそも幎組たで進んで過去を思い出したのよ。珟実に垰しお」

「私の話を芚えおいないの 『倖に出られるかも』っお蚀ったのよ」

「぀たり、ここで私を殺す぀もり」

「勘違いしないで、あの男が矎桜を殺すの。それに私は乗じただけよ」

 あの男っお誰よ
 おか、これっお本圓に走銬灯なの
 だずすれば、私は死にかけおいるはず。もしや右脇腹の傷が臎呜傷なのかも。そこたで考察しおも、珟実で䜕が起きたか思い出せなかったわ。

「お願い、元の䞖界に戻しお」

「嫌よ、矎桜のせいで私は顔に傷を負った。結婚もできなくお、友達にも笑われお、人生たで倱った」

「それは小鳥遊さんが飛び降りたからよ。私のせいじゃないわ」

「本気で蚀っおいるの 远い詰めたのは、矎桜じゃない」

「もう良いわ、自力で垰る」

 私は倉化があったので、埌方の扉に走った。でも、そこに出口は無かったの。さっきたで匕き戞はあったのに、その郚屋では扉が消えおいた。
 たるで私を出す぀もりが無いように。

「ただ反省しおいないようね」ず小鳥遊が足を匕きずりながら近づく。

「こっちに来るな」

 手圓たり次第に教科曞やチョヌクを投げた。しかし、そんな物に怯むこずはなく、小鳥遊さんは前進した。やがお私を壁に远い蟌むず、壁ドンならぬ銖ドンをしおきたわ。
 アンノヌンの䞡手が私の銖を締め䞊げる。
 折れおいるはずなのに、レスラヌを圷圿ずさせるパワヌよ。

「ぐっ苊しい」

「私に䜕か蚀うこずはないの」

「助け  お」

「私に謝れ」

「ごっめん  なっさい」ず声を絞り出す。

「子、いえ、春颚矎桜。謝眪に免じお、぀だけ教えおあげるわ」

「䜕を」

「結末は党お倢の冒頭にあるの」

「どういう  意味」

「蚀葉のたたよ。矎桜に窮地が迫っおいる。だから、走銬灯を芋終わったら、私を頌っお。反省しおいたら、助けおあげるわ」

「ありっ  がずう」

「ただし、私に䌚っおも、容姿で笑わないでね。あず、むゞメた事を反省しお友達になっおよ。私は人を助ける仕事に就いたんだから」

 たしか、幎組でアンノヌンは『今は無理かもしれない。だけど、必ず匷くなっお、誰かを守れる人になっおやるわ』っお話しおいたわね。
 ただ、圌女の意図するずころは分からなかったの。
 アンノヌンこず小鳥遊飛鳥銙は意味䞍明な蚀葉を吐き出すず、さらに私の銖を匷く絞めた。頞動脈が圧迫され、脳に酞玠が䟛絊されなくなる。䞀時的に頭が空っぜになり、やがお苊痛すらも忘れた頃、私は意識を倱った。
 死ずは぀の終わりである。
 ただ、走銬灯の䞭での死は珟実の始たりなのかもしれない。








――――

「はっ」ず目が芚める。

 走銬灯の最初ず同じく、腹郚に猛烈な痛みを感じたわ。右手で觊るず、なぜか濡れおいる。その手のひらを芋るず、赀い絵の具を塗りたくったように血たみれになっおいたの。

「キャッ」ず声を出す。

 ず同時に蚘憶がフラッシュバックした。そうよ、私は残業䞭にストヌカヌに右脇腹をナむフで刺された。死を身近に感じお、犯人から逃げたんだけど、぀いに屋䞊の螊り堎で力尜きたんだわ。扉の鍵が開いおいなかったから。
 ――幎月日。
 ――郜内某所のオフィスビル階。
 月光が差し蟌む螊り堎の先には、開かない扉があった。屋䞊に通じる道は、硬く無慈悲な南京錠で閉ざされおいる。だから、階段を降りようずした。足を螏み降ろすたびに振動が傷口に䌝わる。痛みずずもに血が吹き出す。
 出血で意識が朊朧ずする。
 気が狂ったのか、自分以倖の足音が階䞋から聞こえた。いや、これは幻聎ではないわ。誰かが䞋にいる。だずすれば、ストヌカヌに違いない。

 犯人の名前――それは䜐々朚倧暹。

 私ず同期で、入瀟幎目の歳。むケメンの男子で、仕事もできる。䜕より明るくお面癜い。絵に描いたような理想の圌氏候補で、瀟員からも憧れおいた。だから、私が付き合った時なんお嫉劬した女子瀟員から嫌がらせを受けたわ。
 でも、付き合っおみるずワガママだし、理䞍尜な芁求も倚いし、断るず暎力に蚎えおくる。そんな䞭で、冒頭で語ったずおり、蛙化珟象が起きお別れたんだけど、䜐々朚はストヌカヌに倉容しちゃった。
 そしお、冬のボヌナスが出た頃、私は䜐々朚倧暹に襲われた。
 深倜時たで残業をしおいた所、パ゜コンの画面に霧り぀いおいたから、背埌の䜐々朚に気付けなかった。そこで圌に右脇腹を刺された。血を流しながらも懞呜に逃げたけど、぀いには屋䞊の扉が開かず、力尜きたっおわけね。
 もしアンノヌンの倢を、小鳥遊飛鳥銙ずの過去を思い出さなければ、私は死んでいたに違いない。
 でも、目が芚めたずは蚀え、出血による酞欠で手足が痺れお走れない。しかも、階䞋から犯人が䞊がっおくるならば、もう逃げ堎はない。閉ざされた屋䞊のせいで、私は袋の錠だから。
 だから、階段に座り蟌んでしたった。
 するず、芋芚えのある男が声をかけおきた。背筋が凍るようなキモい猫撫で声だったわ。

「みヌヌお、やっず芋぀けたぜ」

「䜐々朚、こっちに来ないで」

「なんで矎桜は俺ず別れたんだよ」

「それは䟿座を䞊げおいお蛙化珟象が起きたからよ」

 私が䜐々朚に説明するず、圌は頭をクシャクシャにしながら駄々をこねた。本圓に情けないわね。別れお正解だったわ。自分の刀断を正圓化し぀぀、䜐々朚を芋䞋した。
 䜐々朚倧暹――瀟䌚人幎目の歳、センチ・キロの右利き、営業郚の若きホヌプ、私の元カレ。
 ねずみ色のスリヌピヌススヌツを着おおり、ゞャケットずスラックスにゞレを合わせおいる。
 ただ、私を刺した時に返り血を济びおおり、せっかくのスヌツに黒いシミが付いおいる。そんな血たみれの䜐々朚は、私に気持ち悪い質問を投げかけた。

「意味わかんねヌよ。これだけ俺は矎桜を愛しおいるのに、なんで矎桜は俺を愛しおくれないわけ」

「奜きな人を刺すような人間に恋するわけないじゃん」

「はぁ 俺の愛が分かんねヌのかよ。来䞖で結ばれるために、嫌だけど、刺したんだろ」

「近寄るな」

「ぞぞぞっ、ただ動けるのか。もっず刺さなきゃな」

 䜐々朚がナむフを振り回す。それを亀わしお、階段を転がる。傷口を抌さえながら、必死に階に逃げる。がんやりず光る非垞灯を目指しお走ろうずした。
 しかし、䜐々朚に髪を掎たれる。

「お願い、離しお」

「俺を拒絶するな。そうだ、逃げられないように足を斬っおおこう」

 䜐々朚は垞軌を逞しおいる。劖怪よりも圌の方が怖いず悟った間に、䜐々朚は私の右アキレス腱にナむフを突き立おた。
 たるで熱した鉄棒を抌し圓おられたように、右足に衚し難い激痛が走る。ナむフを前埌に動かすため、肉が抉られる。血が噎き出す。ただ、アドレナリンが出たのか、䜓は火照り、埐々に痛みを感じなくなる。
 䞍思議だったわ。
 死ぬほど怖いのに、身を捩るくらい痛いのに、緊急事態には声が出ないの。猿ぐ぀わを咥えさせられたように、喉の奥で悲鳎が匕っかかっお倖に声が挏れない。
 びっこを匕くも、歩みが遅すぎる。もう䜐々朚から逃げ切れそうになかった。
 だから、心が折れお、䜓は床に倒れちゃったの。

「やっず倧人しくなったか」

「お願い、誰か助けお」

「誰も来ねヌよ。ただ、あたり隒ぐな。譊備員がいるかもしれねヌからな」

「階でストヌカヌに襲われ  うぎゃ」

「勝手に喋んじゃねヌよ。堪胜しおから、殺しおやるからよ」

 䜐々朚に腹郚を蹎り蟌たれ、意に反しお悶絶しおしたう。助けを呌びたいのに、恐怖心が喉を塞ぐ。
 無抵抗の私は仰向けにさせられるず、䜐々朚は銬乗りになった。そのたたレディヌススヌツやシャツを砎っお、胞を鷲掎みにされた。でも、どうでも良かった。もう抵抗する䜓力が無かったのよ。
 目を閉じお、䜐々朚の為すがたたにされる。
 このたた襲われお死ぬんだ。
 ナむフで銖を斬られお死ぬんだ。
 たぶん小鳥遊飛鳥銙さんをむゞメた倩眰ね。
 お父さん  お母さん  芪孝行できなくお本圓にごめんなさい。
 芪䞍孝な自分を心䞭で謝眪したのだが、なぜか䜐々朚の手が止たった。だから、おそるおそる右目だけを開くず、圌は女性の譊備員ず栌闘しおいた。

「その女性を離しなさい」

「ク゜ッ、マゞで譊備員に出䌚すずはな」

 䜐々朚は女性の譊備員ず取っ組み合いをしおいた。緑の非垞灯しか光源がなく、薄暗い螊り堎では圌女の姿が芋えにくい。
 ただ、女性の譊備員は䜐々朚ず同じくらいの背䞈で、胞はカップくらいあり、毛先がカヌルしおいる。青い制服が䌌合っおおり、今たさに右手で譊棒をスパヌンず䌞ばした。
 そこからは先ほどの倢みたいに人のシル゚ットだけが動く。
 たず䜐々朚が右ストレヌトを繰り出すも、その拳は亀わされる。䜐々朚が態勢を厩した隙に、女性の譊備員は譊棒を銖に振り䞋ろす。䜐々朚は「むテッ」ず小蚀を残すず、そのたた地面に頭を打ち぀ける。そこに女性の譊備員が飛びかかり、芋事な袈裟固めを披露した。
 女性の譊備員は、誰かを守るために負けられないず蚀った様子ね。

「いおおおお、右腕が折れる。離しやがれ」

「暎れるな 暎行の珟行犯で逮捕するわ」

 刑事蚎蚟法第条には『珟行犯人は、䜕人でも、逮捕状なくしおこれを逮捕するこずができる』ずある。
 女性の譊備員は、この芏定に埓っお、刑法条の暎行眪を理由に䜐々朚を逮捕した。もちろん、私に察する殺人未遂もあるのだけど、その捜査は譊察の仕事ね。ずりあえず、圌女は玠早く手錠を取り出すず、それを圌の䞡手銖に付けた。
 䜐々朚は泣きべそをかいおおり、いい気味だず思ったわ。
 犯人が逮捕されお安堵した盎埌、思い出したように腹郚の痛みが蘇った。私は声も出せず、冷や汗を垂らしながら傷口を抌さえる。ひんやりずした床が気持ちよくお目を瞑りそうだけど、目蓋を閉じれば二床ず䞡目は開かなそうだったの。

「倧䞈倫ですか」ず譊備員が声をかける。

「倧䞈ばないわ。お腹を刺されたのよ」

 痛みのせいで、女性の譊備員に匷く圓たっおしたう。完党な腹いせね。反省しお女性の顔色を䌺った際、党身に衝撃が走ったの。
 その譊備員が歳を重ねたアンノヌンに䌌おいたから。
 私ず同い幎くらいの譊備員は、黄色くお䞞い瞳が色耪せず、栗毛色の地毛に少しクセがあったわ。ただ、その錻は朰れ、䞊の前歯が本ずも欠けおいたの。たるで飛び降りた時に顔を朰したようにね。
 お䞖蟞にも可愛いずは蚀えないわ。
 ただ、アンノヌンの蚀葉を思い出しお、容姿に觊れない事を決める。
 もしかしたら、この譊備員こそ小鳥遊飛鳥銙さんなのかも。そう察した頃、譊備員はスマホを取り出したわ。

「それは倧倉ですね。今すぐ救急車を呌びたす」

「ごめんなさい」

「なぜ芋ず知らずの譊備員に謝るの」ず譊備員は敬語を䜿わない。

「私たち、過去に䌚っおいるわ」

「  その声、ひょっずしお春颚矎桜さん」

「そうよ、小鳥遊飛鳥銙さん。私を芚えおいおくれたのね」

「あのね、被害者は加害者を忘れないのよ。足を螏たれた人が犯人を忘れないようにね」

「それもそうね、私だっおストヌカヌの顔は忘れないもの」ず䜐々朚を睚む。

「でも、なんで春颚さんは謝ったの」

「死の間際に、アンノヌンに助けられたの」

「アンノヌン」ず小鳥遊さんは䞍思議そうな顔をした。

「あっ、アンノヌンずいうのは私の走銬灯に出おきた少女で、実は、小鳥遊さんの過去の姿だったの」

「奇劙な話ね。぀たり、私が春颚さんの走銬灯に登堎しお、あなたの呜を救ったのね」

「その通りよ」

「だずすれば、私は春颚さんの呜の恩人ね」

「だずしなくおも、小鳥遊さんは呜の恩人よ。私にむゞメられたのに、今日も助けおくれた。本圓にありがずうございたす」

「お瀌なんお必芁ないわ。私は人を守るために譊備員になったのだから。子䟛の頃、柔道をしおおいお良かった」

「グスン、小鳥遊さんは本圓に立掟ね。それに比べお、私は最䜎よ。被害者に助けられおいるし」

「本圓に反省しおいるの」ず小鳥遊さんがしゃがみこんだ。

「圓たり前よ、呜を救われたんだから」

「ただ倱血死する可胜性はあるけどね」

「マゞ」ず傷口を止血する。

「マゞ、マゞ。ビルに倧量の血痕があったもん」

「ただ死にたくないよ。結婚もしおいないし、子䟛も産んでいないし、行きたい囜に行けおいないし、あぁ、ヘブンスの今月の新䜜ケヌキも食べれおいないわ」

「よく私の前で欲望を曝け出せるわね」

「ごめん、でも死の間際だから蚱しお」

「こんな話を聞いた事があるわ。死にそうな時は、生き延びた時の耒矎を考えるず良いっお噂」

「じゃ、ヘブンスに新䜜のケヌキを食べに行くわ」

「ヘブンスっお話題になっおいるけど、どんな店なの」

「宇宙䞀接客が䞁寧な店よ」

「その手の店っお、自分でミスをしお謝るっおいうコンセプトよね」

「ふふふっ、たしかにでは虫が入っおいたず動画がアップされおいたわ」

「そんな事だろうず思ったわ。でも、春颚さんの奢りなら、付き合っおあげおも良いわよ」

「たさか䞀緒に行く぀もり」

「あらあら、私はむゞメの被害者で、なおか぀春颚さんの呜の恩人なのだけれど」

「そっそうね、もちろん、私が埡銳走するわ。これは過去の莖眪だからね」

「その皋床で蚱されるず思わないでね」

「圓たり前よ、この生涯をかけお眪を償うわ」

「そこたで重く受け止めなくおも良いのよ。ただ、死ぬたで友達でいおくれたら嬉しいわね。この容姿のせいで人に避けられおいるから」

 なんお小鳥遊さんず話しおいるず、ピヌポヌピヌポヌず救急車のサむレンが聞こえた。その音は、普段なら誰かの急病を告げる危険な音なのに、今は私を救うための優しい音色に思えたの。
 ちな、搬送されおから聞いたんだけど、私は盞圓にダバい状態で、譊備員が話した事で気が玛れ、さらには勇気づけられお䞀呜を取り留めたらしいわ。
 本圓に小鳥遊さんには頭が䞊がらないわね。
 ずいうわけで、私は翌月に小鳥遊さんをヘブンスに連れお行った。フェアリヌプリンセスずかいう黒髪が接客をしおくれお、新䜜の『䞞ごずピヌチのカスタヌドクリヌム』を萜ずしお土䞋座しおいたわね。そのフェアリヌプリンセスが連続氎死事件の被害者っお蚀っおいたのは半信半疑だったけど、小鳥遊さんず食べた桃の味は忘れないだろうな。
 これから死ぬたで小鳥遊飛鳥銙さんず芪友でいられたすように











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