俺はピューマを狩りに行ったことがあるんだよ
この記事は、世界各国の物書きでまわすリレーエッセイ企画「日本にいないエッセイストクラブ」への寄稿です。今週はアルゼンチン在住の奥川が担当します。6周目となる今回のテーマは「冒険」です。文末に「前の走者のエッセイ」と「次の走者のエッセイ」があります。
今週のテーマは「冒険」なので、色々と振り返ってみたものの、なかなかアイデア思い浮かばない。男二人でロシアを一か月半ほど放浪したものを書こうと思ったところで、良いアイデアが浮かんだ。
僕が住むアルゼンチンの人々の冒険を語ろう。
そして僕には語るべき面白い冒険がある。妻のいとこゴンサルオが、少年時代に経験した冒険だ。たき火を囲みながら共にビールを飲んでいたとき、ゴンサルオはこう言った。
「シュン、俺はピューマを狩りに行ったことがあるんだよ」
*
あれはゴンサルオが17歳のころ。現在彼はアルゼンチンに住んでいるが、もともとはチリの山奥で育った。ゴンサルオが生まれる前、父親が山と動物を買い、牧場を開いたのだ。
ゴンサルオは幼い頃から動物の飼育を手伝い、4人兄弟の中で最も血の気が盛んで、誰よりもカンポ(牧場)の男だった。
ゴンサルオが17歳になるころ、牧場は大きなものとなっていた。
牛や羊、豚、うさぎ、にわとり、馬、広大な土地にはたくさんの動物がいた。
しかし、すべての動物が家畜だったわけではない。人間の手には負えない動物もいた。
*
「親父!羊が死んでいる!」
ゴンサルオは叫びながら、家の中に入った。日課である朝の見回り中、数頭の羊が無残に殺されているのを発見したのだ。
ゴンサルオは父親と現場に向かった。父親が羊の死骸を見て、「これはピューマの仕業だ」と言った。
相手がピューマならどうしようもない、と諦めムードだった父親に対し、血気盛んなゴンサルオは怒りが収まらなかった。
「羊たちはいずれ殺される運命だった。だが俺なら、もっと楽に殺してやれたはずだ...」
彼がずっと世話をしていた羊たちを思うと、怒りが収まらなかった。眠れない夜が続き、ゴンサルオは決断した。
「今夜はふもとの友達と狩りをするから」
「分かった。銃の扱いには気をつけろよ」と父親は言った。
ゴンサルオは半分うそをついた。それが友達と狩りをすること。半分正解なのは狩り。
ゴンサルオは憎きピューマを一人でしとめるつもりだった。
ゴンサルオは戦に向かう前の兵士のよう、丁寧に銃を磨いた。弾を詰め込み、布袋の中にも予備の弾を入れる。サックの中にサンドイッチとマテ茶を入れ、狩犬を連れて夜の山へ出発した。
彼の足元を照らすのは、懐中電灯のみ。夜の山奥では誰もが視界を奪われる。だが彼はこの山を熟知している。目をつぶっていても、自分がどこにいるのか分かるのだ。
羊が殺された場所を通り過ぎ、彼と犬は平野にたどり着いた。
ピューマの件もあり、この辺りには家畜はいない。ゴンサルオは犬を自由にさせた。火を焚き、マテ茶すすりながらハムとチーズのサンドイッチを食べた。
草の上に寝転がると、満天の星空が広がっていた。今夜は長い夜になる。
ゴンサルオは待った。何度もウサギの狩りや釣りが趣味のおかげで、待つことには慣れていた。犬は自由に走り回っている。ウサギやキツネでも狩っているのだろう。
そのとき、ゴンサルオはピューマの存在に気づいた。
遠くでピューマがゴンサルオを見つめていた。彼は一瞬動けなかった。しかしすぐに銃を手に取る。ピューマは警戒心を抱きながら、ゆっくりと近寄る。
銃を持つ手に汗がにじむ。炎の明かりだけを頼りに、ピューマを狙う。緊張と死に直面した状況で、ゴンサルオには心音しか聞こえなかった。
ゆっくりと確実に近づくピューマ。
「もっとおびき寄せろ。焦るな、待つんだ」
ゴンサルオは自分に言い聞かせた。しかしそれは無駄な努力だった。
彼の意志とは裏腹に、空気を切り裂く音が鳴った。
銃弾は外れた。
ピューマは再び接近を始めた。
焦りながら銃をセットしているとき、後ろから低い咆哮のようなものが聞こえた。
後ろを振り向くと、猟犬が目では追えないスピードで走り、激しく吠えた。
そしてピューマは去った。
ゴンサルオは口笛を吹き、猟犬を呼び寄せ、力強く抱きしめた。
「正直に言うと怖かった。あれは死んでてもおかしくはなかった。俺は敗北したんだ」とゴンサルオは笑う。
「だが、あの時ほど生を実感した瞬間はなかった」
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前回走者、イスラエルで暮らしていたがぅちゃんの記事はこちら。
内容濃いすぎ...!内容濃いすぎ...!(大事だから2回いう)「イライラしている自分が怒るきっかけを探している」、これはよくわかるなあ。そしてこの現象を「呪い」と名付けるがぅちゃんのセンス最高。相変わらずキレッキレで、エッセイなのかラップなのか分からない(めちゃくちゃほめてます)。
次回走者、ベルリン酒場探検隊久保田さんの記事はこちら。
ベルリンの酒場で職人修行中の一団と乾杯したエピソードについて。ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」を思い出しました。陽気でおいしそうにビールを飲む人々の姿が目に浮かぶな~。
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