見出し画像

僕とラテンな嫁のリコカツ


「もう離婚しましょう」

目に涙を浮かべながら言う彼女の姿を見て、僕は「そうだね」とうなずくしかなかった。

この2日前、僕たちは6回目の結婚記念日を祝っていた。まさか結婚記念日の2日後に離婚について話すことになるとは。

その日もまた、僕たちは何気ないことが原因で喧嘩をした。「また」というのは、僕たちは小さな出来事がきっかけでよく喧嘩をし、そのたびに仲直りをしていたからだ。今回もまた、すぐに仲直りすると思っていたが、実際はそうではなかった。

いつもの喧嘩とは違い、次々と相手に対する不満が出てくる。次第にヒートアップし、熱が頂点に達したところで、突然沈黙が訪れた。

彼女のため息がはっきりと聞こえる。そして、目に涙を浮かべた彼女がこう言った。

「もう離婚しましょう」

離婚の原因となる大きなきっかけがあったわけではない。

小さなズレの積み重ねだ。

僕たちは互いのことをよく知らずに結婚した。僕が大学4年生だったころ、彼女を日本に招待し、妊娠が発覚。大学卒業してすぐに、僕はアルゼンチンへ移住した。

1年未満の交際、共に過ごした期間は約4ヶ月というスピード婚。お互いに理想の相手だと思っていたものの、共に生活を送ると嫌な部分も見えてくる。いつまでも理想の相手ではいられない。

画像1

離婚を切り出されたとき、僕は「ああ、ジェンガが崩れた」と思った。

僕たちが結婚したとき、そこには立派なジェンガが立っていた。共に生活を送るうちに、生活習慣や価値観の違いで少しずつジェンガは動き、一本、また一本と抜かれた。

いつの間にか、ジェンガは不安定な状態になっていた。そして今回、一本のジェンガが抜かれ、勢いよく崩れてしまった。

僕たちは幸せだったのだろうか。

必死に幸せと思い込んでいたのかもしれない。

離婚よりも、不幸せな結婚を続ける方法がよっぽど不幸ではないだろうか。

様々な考えが頭の中を駆け巡った。


その日から、僕たちの心は離れた。子どもの前では、普段通り振る舞うものの、あるのは最低限の会話だけ。寝室も別々だ。まるで赤の他人とシェアハウスをしているような感じだった。

会話の内容もこれからについてだ。つまり、子どもや住まい、仕事などの別れた後の生活、両親にどうやって報告するかなどについて。この離婚協議がもめにもめて、お互いのことがはっきりと嫌いになった。

とりあえず、彼女が仕事を見つけるまでは同じ屋根の下で暮らし、大切なことは時間をかけてちゃんと決めていこうという結論に落ち着いた。

ある日、彼女の部屋から話し声が聞こえた。男と楽し気に会話をしている。

「さっき誰と話していたの?」

「あなたには関係ないでしょ」

「切り替えが早いね」

「あなたには関係ないでしょ。嫌ならTinderでも始めれば!」

無性に腹が立った僕は、仕事を中断して、彼女の言う通りTinderに登録した。切り替えが早いだなんて言わないでくれ。

さっきまで腹が立っていたのに、すでに頭は冷静だ。Tinderでマッチするための戦略を考えていた。

Tinderでマッチするためには、やはりプロフィール写真、特に1~3枚目が重要だ。

1枚目に笑顔の写真、2枚目に短い動画、3枚目に全身写真を設定した。

なるほど、1枚目のプロフィール写真の下に、全ての紹介文は表示されないのか。つまり、1行目で相手の心を掴まなければいけない。1行目に「こんにちは」や「よろしく」など書くのはナンセンス。

僕の強みはやはりこれだろう。

「ネウケン州に住む日本人/185㎝/スペイン語・英語」

登録してすぐに「いいね」が送られてきた。登録から2日後には「いいね」の数は100を超え、僕は色々な女の子たちと話をした。

「アルゼンチン生まれかと思っていた。スペイン語上手ね」

「ありがとう。君もスペイン語上手だね」

これが僕のすべらないジョーク。

「どうしてアルゼンチンに来たの?」

「アルゼンチンの女の子と結婚するため。今でも結婚しているけど、上手く行っていない。彼女がTinderすればと言うから、ここにいるんだ」

これが僕のすべらない事実話。

意気投合したのが同い年のバレ。ブロンドの髪に、茶色の瞳が印象的で、大学院で弁護士になる勉強をしているらしい。バレは僕とラテンな嫁の喧嘩話を笑い、「じゃあ友だちとして、どこか出かけましょうよ」と言った。

「明日、出かけるから」、僕は早口でラテンな嫁に告げた。

「どこ行くの?」

「Tinderで知り合った女の子と映画を観に行く」

「そう。勝手にすれば」

振り返ってみると、僕は常に彼女と行動していた。僕の友だちは彼女の友だちだから、友だちと集まる時は彼女も一緒。バーに行くときも、映画に行くときも、ショッピングに行くときも、いつも彼女と一緒だった。

久しぶりの一人での外出だった。待ち合わせ場所に立っていると、バレがやってきた。

「こんなに人がたくさんいるのに、よく迷わず見つけられたね」と言うと、彼女は笑ってこう言った。

「アジア人のあなたはここで一番目立っているわよ」

簡単な挨拶を済ませ、僕たちは映画館へと向かった。映画を観終わり、スマホを確認すると、ラテンな嫁からメッセージが来ていた。

「もう映画終わった?」

「まだ映画の途中?」

「モノポリー買ってきて」

僕は返信した。

「今、終わった。モノポリー?なんでモノポリーが今欲しいの?」

「別に理由なんてないわよ」

僕とバレはショッピングモール内にあるおもちゃ屋さんへ向かった。

「モノポリーって、こんなに高いの?」

「メルカドリブレ(アルゼンチンのAmazon)で買った方が安いわよ」

僕はモノポリーを購入することなく、そのままカフェへ向かった。バレはおしゃべりが好きだ。

毎年のバケーションには、ブラジルやアルゼンチン国内を旅行し、健康に気をつかい肉はあまり食べない。肉が主食のアルゼンチンで、魚と野菜、米ばかり食べる人がいるとは知らなかった。

彼女はご飯を愛するあまり、炊飯器を買ったというから驚きだ。ちなみに、炊飯器のスペイン語は「アロセラ」と知ったのもこのときだ。

彼女は僕の知らないアルゼンチンを見せてくれた。

Tinderを始めて思ったことは、僕が知っているアルゼンチンは限定的だったということ。Tinderで様々な層やグループに属する人と話すことで、新たなアルゼンチンを発見できた。

楽しくバレの話に耳を傾けていると、バレはこう言った。

「あなたの恋人とは仲直りするの?」

僕はなんて答えればいいのか分からなかった。

「正直に言うと分からない」

「明日はどうなるか分からないから、今を後悔しないように生きなきゃ。あなたがどうしたいのか考えて、彼女に伝えるべきよ」

テーブルに置いていたスマホを見ると、ラテンな嫁からのメッセージが何通も届いていた。

ふだんはメッセージなんて送ってこないくせに。

「彼女は心配しているみたい」とバレは笑った。

別れるタクシーの中で、バレは「友だちがいないって言ってたでしょ。よかったら、今度私の友だちを紹介するわよ。同世代の男の子とも遊ばなきゃ」と言った。

こうして僕は、僕だけの友だちを作り、今でも定期的にバレとその友達と集まっている。

帰宅して、ドアを開けると鍵がかかっていた。普段は鍵がかかっていないからこそ、「ああ怒ってる」と僕は思った。

彼女は鍵を開け、「モノポリーあった?」と不愛想に尋ねた。

僕は高かったから買わなかったことを告げ、そのまま洋服を着替えに向かった。

それから数日、僕はバレの言ったことを何度も考え、これからも一緒にいたいという結論に達した。彼女の嫌な部分はたくさんある。だが、それ以上に彼女の好きな部分の方があった。

大喧嘩から時間が経っていたこともあり、彼女と話をすることは増えていたし、たまに互いに笑顔を見せることさえあった。それでも、素直に「一緒にいたい」と言うことはできなかった。

彼女に断られるのが怖かったのだと思う。あれほどの喧嘩をして、彼女がいまだに僕と一緒にいたいと言ってくれるとは思えなかった。また、彼女が仕事を探していたり、例の男と会ったりしているのも原因だった。

ある晩、いつものように夕食を終え、僕はスマホを眺めていた。

「今の日本の若い世代は110歳くらいまで生きられるみたい」と僕は彼女に言った。

「長生きしすぎよ。私は典型的なアルゼンチン人だから、長くても80歳くらいまでしか生きられないわ」と彼女は笑った。

「今のままの肉中心の食生活なら、君は病気になるだろうね。まあ、僕が最期まで看病するから心配しないでよ」

数秒の沈黙が訪れた。

「それって、あなたは私が死ぬまで、私と一緒にいたいってこと?」

僕は数秒の沈黙を作った。

「そうだよ。僕は君が死ぬまで一緒にいたい。ただ、君の考えは尊重するよ」

彼女と目が合うと、なぜか涙が流れてきた。

「私も」と彼女は泣きながら言った。

「もう私のこと嫌いになったかと思ったわ!Tinderの女の子とデートするんだもの!」

「それは君が男と親し気に話していたからじゃないか。それに彼女は友だちさ」

「あなたが意地悪な言い方をするから、ついTinderでもすればって言っちゃったのよ。それに彼には彼氏がいるわ」

数日後、彼女のゲイの友だちナサが彼氏を連れてやってきた。

「君との関係に悩んでいたから、彼女はずっと僕に相談していたんだよ。それなのに、僕のことを新しい彼氏と思うなんて!これが僕の彼氏レオさ」とナサは大笑いした。

こうして、約1か月半に及ぶリコカツは終わりをつげた。

僕たちの足元には、崩れ去ったジェンガが散らばっている。今回僕と彼女は、この散らばったジェンガを集め、少しずつ、時間をかけて積み立てていく。

昔の僕は、いつまでも彼女と一緒にいられると信じていた。

でも、今回は違う。

ジェンガを積み立てる途中で、再び崩れ、そのまま彼女との関係が終わるかもしれない。

出会った瞬間から別れに向かっている。

今の僕たちは最高の形で別れを告げられるように努め、そしていつ別れが来ても後悔しないように、今を生きなければいけない。

***

これは去年の8月から9月にかけての出来事です。なるべく早く書きたかったけど、少しでもつらい時間を紛らわそうと仕事に励んだ結果、幸いなことに新しい仕事がたくさん舞い込んで、なかなか執筆の時間も取れませんでした。あと、当時は頭の中がぐちゃぐちゃしていて、書けなかったのも事実ですけど。

こういう事情があって、普段のろけているツイッターも去年の8月から停止中です。報告記事をきっかけに、ツイートを再開しようと思ったものの、ここまで延びてしまうことに... その間、たくさんの人に心配のメッセージをいただき、申し訳ない気持ちと一緒に、こうやって待ってくれる人がいることも嬉しく思いました。

あれから数ヶ月経ち、幸いなことに今でも彼女とは仲良くできています。少しでも嫌な部分は我慢せずに伝え、お互いに良いパートナーになれるように少しずつ変わっています。

ちなみにバレとナサは僕と妻の共通の良き友人となりました。

あの大喧嘩で一区切りついた感じがするので、これから僕と彼女の第2章の始まりです。

というわけで、これからツイッターやnoteも更新するので、よろしくお願いします。

いいなと思ったら応援しよう!

奥川駿平🇦🇷
サポートありがとうございます。頂いたお金で、マテ茶の茶菓子を買ったり、炭火焼肉アサドをしたり、もしくは生活費に使わせていただきます(現実的)。