バーチャル・マッチング その5
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これまで面白みのない人生を歩んできた自負がある。人生の面白み偏差値を出すとすれば、間違いなく50だろう。いや、50.0かもしれない。
全く普通のサラリーマンである父と専業主婦である母の間に生まれ、裕福でも貧乏でもない子供時代を送ってきた。近所の小学校に通い、中学受験など経験せず、自分の実力で行ける範囲の公立高校に入学した。やりたいことが特にあるわけではないが、周りに合わせて適当な大学に進学し、適当に就活し、気づけば30手前である。
とある夜、上野で終電を逃した私はトボトボと秋葉原まで歩いていた。本当は自宅まで歩こうと思ったのだが、途中で諦めて秋葉原のネカフェを目指していたのだ。秋葉原の夜は案外早い。人気が少なくなった通りを歩きながらキョロキョロしていると、メイド服を身にまとった女の子に声を掛けられた。
「おにいさ~ん、お店さがしてる?」
客引き行為がかなり厳しく取り締まられている昨今、堂々としたものだ。
「いや、あんまり探しては無いかな。」
そう言って改めてメイドに目をやると、典型的な地雷系女子が腕を強引に絡ませてきた。
「つまんないよぉ、ちょっと飲んでいこ。」
何かモゴモゴと反論しているうちにあっという間に店の前まで連れていかれ、彼女はドアに手を掛けようとするところだった。
「ちょっとちょっと。」
「だいじょぶ、ぼったくりバーじゃないから。」
思いがけない言葉に虚を突かれ、私はなし崩し的に店に足を踏み入れてしまった。
「なんにする?」
キャピキャピとした丸文字ばかりのメニュー表を出され、ようやく落ち着いて弁明する機会が与えられた。
「いや、酒はダメなんだ。」
「ソフトドリンクもあるよ。」
彼女に言われるがままにオレンジジュース的な何かを頼んでしまった。「あ~あ、2杯くらい飲んで5000円くらいかな」などと思いつつ出されたコップに口を付ける。
私の記憶があるのはそこまでだ。
ガンガンと痛む頭を挙げると、はだけたキャミソールでスマホをいじる彼女の姿が目に入る。ここはどこなのか、見当もつかない。
「あ、起きた?」
乾いた喉から変な声が漏れていたのかもしれない。彼女がこちらに気付く。
「さすがに弱すぎ。信じらんない。」
酷い言われようだ。
ここでようやく自分の置かれた状況に気付き始めた。どうやらとんでもないことに巻き込まれたのかもしれない。
「ちょっとシャワーに・・・」
カスカスの声で返事をしてベッドルームを後にしつつ、何気ないふりをしてゴミ箱の中を探る。大丈夫だ、まだ私は大きな間違いを犯していないようだ。いや、待て。シャワーを浴びている最中に荷物を全部持っていかれたら最悪だ。変に冴える頭で何が最善か考え始める。
これまでいろんなやつ見てきたけど、今日のは一番ざこ。酒飲めないし、超チキン。ゴミ箱ちらっと見てまだなんもしてないって分かったら、速攻で土下座して金出すとか普通しないでしょ。しかも2万5千とかビミョーに相場抑えててキモイし。ま、なんもしてないのにお小遣いもらえてラッキー。
これまで面白みのない人生を歩んできた自負がある。人生の面白み偏差値を出すとすれば、間違いなく50だろう。いや、50.0かもしれない。いやはや、普通であることの難しさたるや。私にはこれで充分である。