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後頭部の傷、性暴力。狭山事件(四)

※刺激の強い画像がありますので閲覧は注意してください。
 前述もしているが、後頭部の裂傷と性暴行についてもう一度考えてみたい。なぜ後頭部の裂傷にこだわるかというと、押し倒したり、突き飛ばしたりしたとしてもそう簡単に人間は後頭部だけを打撲しないからだ。さらに、頭部は血管に富んでおり小さな傷でも大きな出血を伴うことが多い。鑑定書でも牛乳瓶2本分の出血があったとされながら、出血が頭髪や衣服に付着している記述がない。
 次に、襲撃時にできた傷ならば血塗れの女性に萎えることなく欲情したことになり、かなりの倒錯性やサディスティックさを感じる。集団であったならばもっと変態的だ。傷が生前にできたものなら、誘拐の際や押し倒す際にできたと考えるのが自然だ。襲撃の際なら食事の前で、食事後に欲情したとしてもどちらにせよ血まみれの少女に性行為を完遂できたということになる。
 これは私の持論だが「性衝動は絶対に繰り返す。反復性があり、一回で止めることはない」サディスティックな妄想を完遂できたのに、その後その近辺で類似の事件がない。つまり、頭の傷は本来つける意図はなかった可能性が高い。血まみれの少女を犯す気はなかった。
 さらに、後ろから腕かタオルの様なもので締めたのなら、そのまま被害者が倒れたとしても前のめりのはずだ。絞殺や扼殺であれば頭部に血液が鬱滞して後頭部からの出血が増すはずである。そうなれば血液の処理も面倒だし、自分の衣服に付着するのも煩わしく、証拠にも繋がってしまう。つまり、どのような流れで、どのようについた傷なのかがかなり不明瞭なのだ。

まず、五十嵐鑑定による記載より。
 ①外後頭部隆起の上方約2cmの所がほぼ傷口の中心。
 ②長さ約1.3cm、巾約0.4cm。
 ③左上方より右下方に向いて斜走。
 ④創洞の深さは帽状腱膜に達する。
 ⑤創底並びに創壁には凝血を存ず。
 ⑥傷口周囲の皮膚面には挫傷存在せず、その他には特記すべき損傷・異常を認めしめず。
 後頭部裂創は、その存在部位、損傷程度、特に傷口周囲の皮膚面に顕著な挫傷を随伴せざる事よりみれば、棒状鈍器等の使用による加害者の積極的攻撃の結果とはみなしがたい。(もちろん断定的否定ではない)むしろ、本人の後方転倒などの場合に鈍体(特に鈍状角稜を有するもの)との衝突等により生じたものと見なし得る。

頭皮の解剖
帽状腱膜

上田鑑定による記載より。
 頭部損傷の皮下には凝血がある点より生前或いは死戦期の可能性がある。・・・後頭部損傷を生前の傷と考えそれ以後に窒息死の所見が加わったとすると損傷部からの出血量はかなり多いのが普通であるが、本件損傷からの外出血も皮下の凝血も著しく少ないのではないかと写真や鑑定資料から推定される。・・・死後に起こった損傷であっても、死後経過時間が短い場合には軽度の血液の浸潤があり、凝血がある様に見える場合がある。この様な特殊な場合に本件の事情が当てはまると考えるのが最も妥当であろう。・・・私は明確な判断を下すことはできないが創傷の皮下に凝血があり、生前の傷であるという点にかなりの疑問をいだくものである。

後頭部の創傷(拡大)
後頭部の創傷

 よほど強い力でバランスを崩されたり、急激に意識を失わない限りは後方に倒れると通常ヒトは腰部から落ちる。そして意識の消失などでは基本的にヒトはうつ伏せで倒れることが多い。後方への転倒なら腰部の方が重いため、くの字のように倒れることが多い。下肢筋力や平衡感覚の能力が低下した高齢者の転倒で40%を占めるのは骨折、30%は打撲だ。しかも部位は頭部ではなく、腰部(大転子部や仙骨)やまず手を着こうとするため手首である。
 近藤稔和氏・木下博之氏著「死体検案ハンドブック」によると、「後方に転倒したとき、頭部、背部(特に肩甲骨)、肘頭部や臀部に打撲損傷が発生する。単純な転倒の場合は上記の身体部位に同側性の損傷がみられる。・・・事故転倒と他人の加害による転倒の鑑別には、他部位(顔面など)の損傷が参考になる。」とある。
 目隠しされていた状態で後方に押し倒されたならば体幹部に傷ができてるはずだろうし、後ろ手で縛られていたままだとしたら頭より先に前腕から手指に傷があったはずだ。しかしそのような傷は認めない。

 何かで殴打されたとしたら、何が考えられるであろうか。凶器の形状によってその傷の形は多彩に変化する。下の図には解放性挫傷の種類が書かれているが図からもわかるようにまず刃物や鋭利なものでの受傷ではないことはわかる。さらに、鈍器でも金槌などではないこともわかる。岩や石などだとしても挫創や挫滅創ではなく、この傷を作ろうとするならかなり尖った岩に後頭部をぶつけたことになる。

刺創の傷の形状

 ゴツゴツしたもので強く頭を打った(野外などで)のなら、このような割傷はできない。しかも頭部からかなりの出血をしていた可能性があるが、毛髪に血液は付着していない。犯人がわざわざ洗浄したというのなら、頭髪は濡れているはずだし、衣服も濡れているはずだ。遺体遺棄まで余裕のある時間はない中、洗浄してわざわざ乾かしたとも思えない。となると、そもそも少量しか出血してなかったと考えた方が自然ではないだろうか。つまり、死亡直前あるいは死戦期の傷ではないだろうか。
 次に、傷の形状を観察すると線状の傷ではない。下側がやや膨らんだ三日月状であり、上側(頭頂部側)は下側(頸部側)より膨らんでいない。そう考えると、長い円筒形状や四角柱の鈍器の先端を当てる打撃が最も形状が近い。

 家具(例えば机など)による傷であれば、上方にめくれ、三日月状の膨らみが上側にあるはずである。また、創部の方向からかなり頭を左に曲げた状態か、かなり斜めに当たらないと同じ様な傷がつかない。屋内で揉み合った際にできた傷なら、畳の上は血まみれであったろう。
 また、屋外で行われた犯行かどうか考えるにあたって世界人権問題研究センターの吉田容子弁護士による「日本における性犯罪の被害実情と処罰にかかわる問題」を参考にすると、「犯行場所(実行行為が行われた場所)は、強姦については、屋外(路上・公園・空き地など計約41%)よりも屋内(自宅33%など計57%)が多い。」「犯行場所の選択理由は「人通りが少ない」「人目につきにくい」が多いが、強姦については「相手をだまして部屋に連れ込む」26%も多い」とされ、人目につかないように可能な限り屋内や犯人のテリトリーに誘った方が見つかりにくい。

 立位の状態で何かで殴ったとしたら、線状の傷は頭頂部にできやすいはずである。人間は当たりやすいところを選ぶ。しかも同じ形状で傷をつけようとすると、右利きだと殴りにくい。犯人は左利きなのだろうか。座っている状態で棒状のもので殴ろうと思うならやはり頭頂部の方が狙いやすい。この斜めの小さな傷を一つだけつけようとすると、対象が動かない状態でいるところを長い棒状のもので叩くだろう。
 襲撃時にできた傷なら自転車か何かに乗っているところを後ろから殴ったのだろうか。動かない状態で殴るなら被害者はうつ伏せである必要がある。
 殺害する気で殴打したのなら何度も殴打するだろうし、もっと効率のいい凶器(例えばハンマーや金槌)を使用した方がいい。埋葬時に玉石を置く(又は落とした)際にできた傷とは考えづらい。玉石にそれほど尖った部分はないように見える(写真のでの確認しかできないが)からだ。殺す気ならもっと実行制圧力のの高いもので殴るはずだ。

 これらのことを考えると、
①細い円筒状の鈍器で(鉄パイプの様なもの)
②うつ伏せの状態を
③後ろから殴った可能性が高い。
④殺害のために強く殴ったのではなく、
⑤出血が少ないため、死戦期もしくは死亡直後に
⑥確認のように軽く殴ったおそれがある。

 死んでいるかどうか確認のために殴ったのなら、玉石といいかなり臆病な犯人である。

 次に、盛んに議論されている性行為についてである。この性被害より前に性体験があったとされる説もあり、さまざまな憶測が流れているが今回は事件の際に受傷したと思われる傷についてしか考察しない。
 狭山事件確定判決(死体及びこれと前後して発見された証拠物によって推認される犯行の様態について)より
 「更に、処女膜の時計文字板位10時から2時までの間は裂隙状でしかも創縁が蒼白で死後にできた損傷であると思われ生前のものではないことが確かであること
「小陰唇の損傷だけでは暴力的性行の証拠とすることは比較的可能性が乏しいこと」
被害者の陰部に残る痕跡は必ずしも暴力的性行によるものとは言い切れない、のみならず被害者が姦淫されたのは死亡直前であるかどうかは断定できないというのである
左右大陰唇外側面のG2、G3については典型的爪痕の形状を示さないが、加害者の指爪による損傷の疑いが強く存在する
「外陰部に存在する表皮剥離、擦過傷、皮下出血などの各損傷は両鑑定とも生前に生じたものと見ている
「つまり、五十嵐鑑定は『1.本屍の外陰部には生存中成傷の新鮮創を存ずること。2.膣内容より完全形態なる精虫多数を検出しえたこと。3.本屍には生前の外傷を存ずること。』〜中略〜同鑑定人の経験的知識に基づく推定を根拠として、『本屍の死亡直前に暴力的性行が遂行されたものと鑑定する』と結論し〜」 とある。
 五十嵐鑑定では、性行為は生前にあったと考えるが、いくつかの傷については死亡直前、もしくは死後の可能性もあると濁している。

これだけの傷があるのに暴力的性行為がなかったとは思えない。図は「性犯罪被害者診察チェックリスト」を参照した。

 警察庁の作成した「産婦人科医における性犯罪被害者対応マニュアル」の「2.性犯罪被害者の診療上の注意」には、
「被害者の心理状態によっては外傷を誰にも言わず、自覚症状が乏しい場合があるので、以下のような着衣に覆われて確認困難な部位は、特に慎重に診察する。①胸部、背部、臀部、大腿部などの打撲や擦過傷②上肢や下肢の皮下出血③外陰部や内性器の損傷(特に膣内や処女膜の裂傷)」が挙げられている。
 更に、近藤稔和教授・木下博之教授著の「死体検案ハンドブック」によれば「被害者は暴力を受けている可能性が高いので、全身を注意深く検査する。頭部顔面では、頭髪の乱れ、打撲擦過傷、鼻口部圧迫痕、口唇周囲の皮下出血や咬傷などの有無をみる。
「上肢では手首を縛った緊縛痕、下肢では強引な開脚や押さえつけられたことによって生じた大腿部内側の損傷の有無をみる。胸腹部では、着衣を無理矢理はぎ取られたりした際の擦過傷や乳房周囲の損傷(咬傷など)の有無をみる。背面や臀部では、抱きしめられた際に生じる爪痕を認めることがある」とある。

 性的で衝動的な犯行であれば、衣服の剥ぎ取りや前胸部への暴行、更には大腿部内側の暴行後が残りやすいため確認を怠らないように、とされている。有名なシリアルキラーのテッド・バンディも裁判の決め手になったのは被害者の臀部に残されたバイト・マーク(噛み跡)であった。
 暴力的な性交であれば、抵抗があるため正常位であれば腿の内側や顔、腹部に内出血がある場合が多いが、被害者にはそれがない。更に抵抗するために前腕部に防御創がつくことも多いが、それもみられない。これが、顔見知りの犯行や不倫説、和姦が唱えられる理由だ。
 だがよく考えてみると、顔見知りの方が激しく抵抗される可能性が高いはずだ。顔見知りの方が露骨に嫌な顔ができるはずだと思うのだ。食事を振る舞える間柄なら、全力で抵抗しそうな少女の性格もある。よくわからない素性の武器を持った男、集団なら死の恐怖を感じフリーズ(動けなくなる現象は性被害では良く確認されている)する可能性は大いにある。
 そして、衣服の肌着の内側(外側には付いていない)に泥がついていた。この泥は、明らかに死後につけられた可能性が高い。土で汚れた手でわざわざ埋める前に触ったのなら、犯人はかなりの変態か臆病者である。

甲斐仁志著「最終推理 狭山事件」より

 被害者の内出血の状況といい、この泥の後といい、左側になんらかの痕跡が多い。犯人は左利きだったのだろうか。
 不倫説だが、昭和38年5月20号の「女性自身」に掲載された被害者の日記によれば、中学時代の生徒会会長に対し淡い恋心を抱いていたことがわかる。被害者は副会長であった。同年代の優秀な男性に恋心を抱いていたのにわざわざ中年の妻帯者と関係を持ったりするとは通常思えない。秘められた関係による殺人などいかにも金田一耕助の得意としそうなところだが、私は支持しない。

つまり、
①防御傷も抵抗痕もないのは、死姦に近い状態だった。
②遺体の状況はスカートが捲られズロースは膝まで下げられていた。
③死斑が仰向けの後うつ伏せにされており、後頭部に傷がつけられていた。
④死姦状態で後背位による性行為があったのではないか。
 それなら後ろからの絞殺も、左の鼠径部の内出血も一貫性がある。ズロースを下げられていたのは性行為のためで、死後に後背位で死姦が行われた可能性が高い。土のついた手で胸部を触られていることから、埋める直前に触り、性行為をした可能性もある。もしかしたら埋める直前に性行為に及んだ恐れもある。さらに、後ろから首を絞め、うつ伏せで鈍器で殴られ、うつ伏せで埋められた。よほど顔を見る勇気がなかったのであろう。

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