いつの間にかフェードアウトした青酸化合物。和歌山毒物カレー事件(4)
事件後の7月27日の新聞報道では、司法解剖の結果青酸中毒による中毒死が発表され、被害者の吐物や容器に残っていたカレーからも青酸化合物の反応が検出されたと報道された。
そのことが分かってからも、警察は3時間は病院・保健所に連絡せず、保健所はニュースでその事を知ることとなった。その間にせっせと県警は捜査本部を作っていた。
その後、青酸化合物の反応は52点の試料から得られながらも種類を特定できず、県警科学捜査研究所は警察庁警察研究所に毒物鑑定を依頼した。
その後、警察庁警察研究所は8月3日に胃の内容物や食べ残しのカレーからヒ素を新たに検出した。この時にはまだ2種類の毒物が投入されたとみなされていた。
「偶然」と書かれているが紛失したのは青酸化合物でヒ素ではない。毒物の鑑定については私は素人であるが、調べてみるとどうも同じ機材で鑑定できるようなものではないのだが.........。
なぜわざわざヒ素の検査を行ったのだろうか。単純に考えると、一部では青酸化合物の発見があったが、死因となるほどの毒物を発見できなかったために他の毒物の発見を警視庁警察研究所に依頼した、と考えてしまうが。
日本中毒学会によるとシアン化合物(青酸化合物)の検査は高価な機器を用いずに簡単な操作で検査できるのが、呈色反応や迅速検査キットである。呈色反応としては、ベルリン青反応、ロダン反応、ピリジン・ピラゾロン反応などがある。迅速検査キットとしては、検知管やパックテストなどが知られている。生体試料中には反応を妨害する物質(チオシアン酸は顕著に妨害することが知られている)が混在するため、蒸留や拡散などの方法で青酸を抽出する必要がある.
更に調べてみると県警では青酸化合物(シアン化物)の検査はピリジン・ピラゾロン法という方法を取っている。シアンの加熱蒸留を行い、水酸化ナトリム溶液に吸収させ、その一部をとって酢酸で中和した後、クロラミンT溶液を加えて塩化シアンとし、これにピリジンーピラゾロン混液を加えて生じる青色の吸光度を測定する方法である。
更に、日本中毒学会のサイトによるヒ素の分析法としては,水素化物発生原子吸光光度法(AAS)や蛍光X線分析法,誘導結合プラズマ発光分析法(ICP)などが利用されるが,いずれも総ヒ素量測定法であり,化学形態は識別できないとされる。
化学形態を識別するには,高速液体クロマトグラフと誘導結合プラズマ発光分析/質量分析計(HPLC-ICP/MS)を組み合わせた装置が利用されるが、特殊であり保有する施設も限定される。そのため、血液や尿中のヒ素分析にはAASという方法が汎用される。
ヒ素の鑑定は尿を使い、青酸化合物は血液を主に鑑定では使う。試料の形態も違うし検査方法も全く違う。それぞれ使用する機器も違うようだ。
やはり疑問点は「紛失したのは青酸化合物なのにヒ素の検査を行ったのか」だ。
ヒ素が検出されたため、8月3日にはその対応のために保健所から厚生省に連絡が入り毒物治療の専門家の山内博教授に分析の依頼が入っている。
その後、8月4日にはカレー鍋3つ全てからヒ素が検出され、さらに全ての鍋に青酸化合物が投入された可能性が強いと捜査本部は発表した。
8月6日にはヒ素化合物は亜ヒ酸か亜ヒ酸の化合物であることがわかり、8月9日には青酸化合物とヒ素化合物は研究所や化学工場などで使われる高純度の「試薬」だった可能性があると発表された。
その後、青酸化合物に関する発表は完全に影を潜めた。
10月8日に和歌山県警捜査本部は4人の犠牲者の死因を「ヒ素中毒」に変更、結局犠牲者の血中から検出された青酸はごく微量で、元々青酸化合物が投入されなかった可能性が高いと言い始めた。
何だか無茶苦茶だ。
実際に公表された青酸化合物の濃度は全く致死量に及ばないものであった。発表された死者のそれぞれの血中濃度は以下の通りである。
64歳男性 青酸濃度:0.0055
ヒ素濃度:2.0
53歳男性 青酸濃度:0.0064
ヒ素濃度:1.1
16歳女性 青酸濃度:0.0008
ヒ素濃度:0.6
10歳男性 青酸濃度:0.0016
ヒ素濃度:1.4
血中致死量は青酸化合物は1.0以上、ヒ素は0.4と言われている。濃度の桁が2つほど違う。
そもそも論であるが、当初食中毒が疑われたのは嘔吐が主症状だったからだ。青酸化合物(シアン化合物)の主な症状は細胞の窒息でヒ素とは全く違う。そこはなぜ臨床症状から推察されなかったのだろうか。
つまりは症状として喘鳴、皮膚の紅潮、静脈の怒張、呼吸困難、意識喪失、全身けいれんなどがみられ、死亡する。呼吸器症状が圧倒的に強くみられる。
それに比べてヒ素中毒の症状は嘔吐、腹痛、下痢などの消化器症状と意識混濁、痙攣などの神経症状だ。
ヒ素による無差別テロの対応など一般の病院は経験がないだろうから集団食中毒が当初疑われても無理はない。
事件から5年後、以下のような報道がなされた。青酸化合物の検出についてだ。
俯瞰してみると、単純に和歌山県警は毒物事件はほぼ素人だったのではないかとしか思えない。全てが後手後手に周り迷走しているのだが、そう考えると本当に証拠品からヒ素の検出は正確になされたのだろうか。
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