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「まあ本人もそう言ってることですし...」今市事件(3)

 冤罪が疑われる事件の詳細を読み進めると、犯人と認定するだけの論拠がものすごく曖昧で適当で、実はかなりこじつけなことに酷く驚かされる。今市事件は、遺体の状況と過去の事件との関連についての考察を行ったが、今記事は東京高裁における有罪とされるロジックについていちいち重箱の隅をつついてみたい。

 引用は、「東京高等裁判所第5刑事部判決 平成28年(う)第983号」からの抜粋である。一審に引き続き、裁判所は自白と情況証拠から勝又受刑者が殺害犯であると判断している。

 情況証拠によって認められる間接事実を総合すれば、被告人が殺害犯人であることは、合理的な疑いを差し挟む余地なく認められ、当審において予備的に追加された訴因(殺害の日時、場所を拡張したもの)については、直ちに判決をすることができるものと判断した。

平成28年(う)第983号

 そして事実として認定され内容は以下のストーリーとなる。

 被告人は、平成17年12月2日午前4時頃、茨城県常陸大宮市甲字乙丙番丁所在の山林西側林道において、A(当時7歳。以下「被害者」という。)に対し、殺意をもって、ナイフでその胸部を多数回突き刺し、よって、その頃、同所において、同人を心刺通(心臓損傷)により失血死させた。(中略)平成17年12月1日午後2時38分頃に栃木県今市市(現日光市)内で下校中、何者かによって拉致され、翌2日午後2時頃、上記山林内でその遺体が発見された。(中略)原判決が認定した上記客観的な事実からは、栃木県今市市内で下校中、古い白色のセダン車を運転する若い感じの男により拉致され、その後、拉致行為が行われた栃木県内、遺体発見現場である茨城県内又はそれらの周辺において、胸部をナイフ様のもので多数回刺突されて殺害され、その遺体が、前記のとおり発見される以前に、遺体発見現場の山林内に遺棄された。

平成28年(う)第983号

 さらに、殺人、死体遺棄は同一人物であり、その者は白いセダンに乗った男であると判断された。

 被害者の拉致からその遺体の発見までの間には24時間も経過しておらず、一連の行為が接着している上、当時7歳であった被害者を拉致し、殺害し、その遺体を山林内に遺棄したという各行為の性質に照らしても、被害者を拉致した犯人が、被害者を殺害し、その遺体を山林内に遺棄した蓋然性が高く、一連の犯行は同一人物によるものと推認される。(中略)原判決も認定するとおり、原審関係証拠によれば、被害者が同級生と下校中に、古い白色のセダン車が被害者らの脇をいったん通り過ぎてから、折り返して戻ってくるなどの不審な動きをしたことが同級生により目撃されており、さらに、付近を自動二輪車で走行していた郵便局員が、本件拉致現場で被害者を追い越した後、後方から白色セダン車が接近するのを確認し、先に行かせるために停車して降車し、後ろを振り返ったが白色セダン車は来ず、しばらくしてから同車が高速度で疾走していくところを目撃していることが認められ、これらの事実によれば、白色セダン車を運転する男性が被害者を拉致したものと推認され、この認定に合理的な疑いを生じさせる事情は見当たらない。

平成28年(う)第983号

 そして、その行動が可能であったのは勝又受刑者しかいなかったと言いたいらしい。そして、今市事件において勝又受刑者が有罪とされたのは以下の理由による。

1、Nシステムによる通行記録に勝又受刑者(の車)が3地点を通行した記録が残されていた。そして、他の日には12月6日の深夜から朝にかけて通行した記録以外は存在しておらず、記録があった2地点は、当時の被告人方と遺体発見現場とを結ぶ経路上にあった。さらに平成11年頃から平成14年頃までの間、母とともに茨城県内で開催される骨董市に宇都宮市から月1回の頻度で通っており、その経路は遺体発見現場に近い場所を通過するものだった。当時、勝又受刑者が第三者に車両を貸したことはない。

2、遺体の右手親指には獣の毛の様なもの1本が付着していた。付着していた毛は猫の毛で、DNA型は勝又受刑者が飼っていた猫のミトコンドリアDNA型と同一のグループに入っている。

3、遺体の右頸部にあった傷は、勝又受刑者が当時所持していたスタンガンによって生じたものとして矛盾がない。

4、勝又受刑者は、平成4年式の白色4ドアセダン車に乗っており、拉致現場で目撃された古い白色セダン車と同色・同型であり、また勝又受刑者は被害者が拉致された時間帯にその現場まで自動車で行くことが可能な場所にいた。

5、勝又受刑者は、平成6年8月から平成9年4月までの間今市市内に住んでおり、被害女児が通っていた小学校と、近くに隣接する中学校に通学したことがあり、拉致現場付近の土地鑑があった。

6、事件当時、勝又受刑者は多数の児童ポルノ画像を収集しており、複数のナイフを所持していた。事件後も児童ポルノ画像や猟奇的殺人の動画、ナイフを収集していたことなどは、女児に対する性的興味や残虐行為、刃物に対する親和性を示すもので、今回の事件の様相から想定される犯人像に整合的である。

7、勝又受刑者は、本件殺人の取調べが開始された直後に、母に対し「事件」を起こしたことを謝罪する手紙を送っている。

 こう言ったものの、これらの情況証拠は下手したら雑誌の付録のような扱いがなされている。今市事件において勝又受刑者が有罪の根拠として最も重要視されたのは「自白」だ。高裁でも自白の信用性についてかなり長い議論がなされている。
 何なら、自白以外の情況証拠だけでは、勝又受刑者が殺害犯であることを認定できるほどのものではないとしている。

 原審検察官の指摘する客観的事実(情況証拠)のみによって被告人の犯人性を認定できるか検討し、結論として、被告人が殺害犯人である蓋然性は相当に高いものと考えられるが、客観的事実のみから被告人の犯人性を認定することはできないとした。そして、原判決は、被告人が検察官に行った本件自白供述(原審乙55から58まで)につき、任意性を認めた上、本件殺人の一連の経過や殺害行為の態様、場所、時間等、事件の根幹部分に関する供述は、十分に信用することができるとし、原審関係証拠から認められる客観的事実に、同供述を併せれば、被告人が被害者を殺害したことに合理的な疑いを入れる余地はないとして、原判示第1のとおり、公訴事実と同旨の事実を認定し、区分審理した他の事件との併合事件審判により、被告人を無期懲役に処した。

平成28年(う)第983号

 「客観的事実からは犯人性は認定できない」のに自白が合体すると急に勝又受刑者しかいなくなったようで、意味が不明だ。
 これは、「八百屋でトマトを買った」「自販機の前で100円を拾った」「白い車に乗っている」だけではわからないが、「Aさんが自分でそう言った」だけで全ての辻褄が合うということだ。
 これでは、「この3つの出来事が特定の時間に起こったのはAさん以外ありえない」となっていない。何なら、自白の強要に成功すればまあ結構誰でも有罪にできるという事になる。
 兎にも角にも、この事件は自白を最も重要な証拠としているわけだが、その自白すらもかなり怪しい。まずは「犯人性の認定できない客観的事実」から考察していきたい。








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