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丑の刻参り、「二上神社」の真相

 二上神社は奈良県でも有名な心霊スポットで、正式な名称は葛木二上神社という。奈良県葛城市染野の二上山雄岳山頂付近にある。


 この神社では豊布都霊(とよふつのみたま)神と大国魂(おおくにたま)を祀っている。元々は二上山の2つの山頂・雄山と雌山にそれぞれ男神・女神が祀られていたものと考えられているがが創建の年代等は不詳とされている。
 現在の社殿は、1974年(昭和49年)の二上山大火で焼失し、翌1975年に再建されたもので、内部には小さな榊の御神体があり、本社の東側に大津皇子の墓がある。大津皇子といえば天武天皇の息子で、かなり聡明な人物であったようだ。そのせいもあってか親友から密告され謀反の罪で捕まり、自邸で自害した。
 二上山は特徴的な山容であることに加えて古代から大和国と河内国の境界にあったことから、奈良盆地に住む人々にとって印象強い山であり、神聖な山であったとされる。さらに二上山は刃物の材料として適したサヌカイトが産出されており、近畿各地では二上山のサヌカイトで作られたものと推定される打製石器が多く出土しており、貴重な採掘場だった。

斜面のせいか木が傾いて見える。不思議だ。
「エッタ」と書かれている。穢多のこと?

 心霊スポット系としての曰くでは、ここでは丑の刻参りの釘跡があるらしいことと、どうやらバラバラ死体が見つかったらしく、更にまだ見つかってない部位もあるそうだ。また、未だにお百度参りが行われているらしい。
 現地に行ってかなり散策してみたのであるが、釘跡も釘も見つけることはできなかった。百度参りというのは百回参拝することであるから、呪いのためにそのようなことをしていたとしてもわからないだろう。

 そしてバラバラ事件であるが、調べてみても奈良県葛城市では殺人事件の類は全くなかった。もちろん遺体遺棄事件も起きてはいない。
 都市伝説の元となるような類似の事件は起きていないか調べたところ、それらしき事件が1985年に起きていた。バラバラ殺人事件だ。犯人は大阪で女性4人と少女1人を殺害し、いずれも毎回バラバラに遺体を解体しその都度場所を変えて遺棄している。そのうちの2人目の被害者の切断遺体が1985年6月17日に奈良県北葛城郡広陵町三吉の農道脇で発見された。
 おそらく、この近隣の遺体遺棄と混同されて都市伝説化したのだと考えられる。親友に裏切られた大津皇子の無念はここに残っているとは思われるが。

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