一本の毛髪にだけに付着したヒ素。和歌山毒物カレー事件(3)
●ヒ素と毛髪について
容疑者の毛髪鑑定についても不思議に感じる点が幾つかある。ヒ素は飲んでも、頭髪に付着しても長期にわたって残るため証拠として調べられている。
有罪の証拠に「頭髪の一部に高濃度の砒素が付着していた」らしく、このことが重い証拠のひとつとして取り扱われている。
京都大学大学院工学研究科材料工学専攻教授の河合潤氏による「和歌山カレー砒素事件鑑定資料ー蛍光X線分析」や「和歌山カレーヒ素事件鑑定の問題点」を要約すると毛髪鑑定については以下のように書かれている。
「山内鑑定書」によれば、平成10年12月16日に東京理科大学の中井泉教授が高エネルギー研フォトンファクトリー(KEK-PF)で林被告の頭髪を 4mm 刻みで蛍光X線により線分析を行っている。
更に、聖マリアンナ医科大学の山内博助教授が頭髪を水酸化ナトリウム水溶液に溶解して「超低温捕集-還元気化-原子吸光」法分析を行なっている。
分析のため採取された50mgの頭髪は約 50本で、頭部4か所の最高ヒ素濃度は 160ppbとされた。このうち海産物等の日常的な摂取によるバックグラウンドが70ppb で、外部付着と考えられる3価ヒ素は90ppb であった。
ppbは「10億につき1つ」を意味する濃度の単位である。ガソリンを運搬する大型のタンカーやトラックのタンク (5万リットル ) にインクを一滴垂らした濃度が1ppbという濃度なのであるが、90ppbという濃度がどう高濃度なのかさっぱりわからない。
「中井鑑定書」では山内鑑定で測定した頭髪と同一の林真須美頭髪(1本)を、より短い間隔の1mm刻みでヒ素蛍光X線測定したものである。この中でさらに対照資料として中井教授自身の頭髪に亜ヒ酸を指で付着させて約1か月通常生活を送り、切断した頭髪のヒ素蛍光 X線測定を行った結果と比較しているが、中井鑑定書ではヒ素濃度を算出していないため正確な濃度は不明である。
そもそも、和歌山県警は12月に本筋のヒ素混入による殺人と殺人未遂容疑で再逮捕したのだが、その時に林容疑者の髪を根元から切ってヒ素を検出しようとしたができなかった。
そこで、兵庫県にある大型放射光施設「スプリング8」に毛髪を持ち込んで鑑定したところ、毛髪の切断点から4.8cmのところからヒ素が検出されたと発表している。
切断地点から4.8cmだとすると、日本人の毛髪の伸びるスピードは1日およそ0.4mm、単純計算でもヒ素を付着させたのは4ヶ月前、8月ごろということになる。
しかも、ヒ素が検出されたのは切断点から4.8cmの箇所だけで、さらにヒ素が検出されたのは、採取した3カ所の毛髪50本のうちの1本だけである。どうも犯行の際にのみヒ素を被ったらしい。
さらに調べると「高濃度の砒素」という表現はもっと怪しくなっていく。今までに見つかった林真須美死刑囚の頭髪の亜ヒ酸は、0.1ngのヒ素が1か所に濃集した頭髪が1本見つかっているだけである。
鑑定書には第2、第3の頭髪の結果の鑑定結果の報告はない。0.1ngの亜ヒ酸粒子はタバコの煙の1粒、人間の細胞一つと同じ大きさである。これが1本の頭髪の1か所に間接的な方法で付着しているらしいことがわかっただけである。全く大した量でないばかりか付いたのか、付けたのかもわからないと言うことだ。一体どこが「亜ヒ素を扱っていたと推認できる」のか理解に苦しむ。
「甲南大学刑事訴訟法教室オンライン」では、毛髪中に付着した亜ヒ酸については被告の右前頭部の毛髪からのみヒ素が見つかっているとされている。
更に測定者自身の毛髪にヒ素を付着させ、長期にわたってヒ素が付着し続けるのかについても実験を行い、1度付着すると毛髪と化学反応を起こし5ヶ月は残るという結果が報告されている。
要するに、1/50本しかヒ素の付着した頭髪は見つかっておらず、どうも高濃度であると思えない。もっと言うなら人間の毛髪10万本の中の1本しか付着していなかったかもしれない。ここまでくると、故意に4.8cmあたりに付着させたのではないかと訝しんでしまう。
これでは、ものすごい高性能な機器を使って、むしろ無罪なことが見えたような気がしてならない。