私のすきなもの:夜行バス
夜行バスに初めて乗ったのは
18歳の時だったと思う
地方に住む私にとって東京という場所は
とてつもなく遠い場所で、
未知の領域だった。
中学の修学旅行で都内には行ったことがあるが、
自由行動とはいえ班別行動だったし、
その当時は都会というものにそれほど興味もなく、
初めての都会に沸き立つ同級生の後ろにくっついて
ウロウロしていただけだったのだ。
高校を卒業して、関東の大学に進学した友人のところへ
遊びに行ったのが最初のきっかけだった。
夜行バスに一人で乗って、見知らぬ都会へ向かうというのは
それはもう大冒険である。
事故の心配もあったし、都会で道に迷ったらどうしようとか、
怖い人とトラブルになったらどうしようとか、
誰もが抱く不安を当たり前に抱えた。
夜、22時ごろだったろうか。
夜行バスに乗るため、集合場所まで1時間弱かけて電車で向かった。
お風呂に入った後だったのに、身支度をして、誰もいない田舎の駅から電車に乗り込むのが奇妙に感じて、妙にわくわくした。
名古屋についてから集合場所まで迷わないか、ちゃんと乗れるのだろうかと内心焦りながら百合の噴水前までたどり着いた。
そこはもう23時前だというのに夜行バスを待つ大勢の人で賑わっていた。
名古屋には何度も来たことがあったが、夜の名古屋は初めてで、
こんなにも賑わっているのか!と驚いた。
予約した際にメールで届いた指示通りに、コンビニ決済の明細を片手に
それらしいバス会社の人に声をかけ、無事に予約したバスに乗り込むことができた。
消灯時間になり、バスの車内が真っ暗になる。
遮光カーテンのおかげで、高速道路のオレンジ色の光も
まったく入ってこない。
持ち込んだウォークマンで音楽をひっそりと楽しんだ。
椎名林檎のアルバムは恐ろしいほどに
この一人旅になじむものだった。
翌朝、到着してあまりの体の痛みに驚いた。
夜行バスなんて、眠っていたらいつの間にか到着しているだろう
とばかり思っていたので、
なれない車内で眠ることがどれほど大変なことなのか思い知った。
夜中に何度も目が覚め、腰や首に負担がかかりすぎて痛み、
脚はパンパンにむくんでいた。
それでも降り立った夜明け前の薄明るい東京駅の空気を
胸いっぱいに吸い込むと、またワクワクした気持ちが
膨れてくるのだった。
夜行バスに乗った人の中で「もうあんな大変なのはごめんだ」といって
二度と利用しない人もいると思う。
でも私は大好きになった。
それからというもの、夜行バスだけではなく昼便も利用したり、
多い時には月1とか、週1で使っていた時期もあった。
最初はあんなに眠れなかったのに、いろいろ工夫して、体も慣れてぐっすり休めるようになった。
何よりあの夜行バスの独特の空気が好きだ。
ほかの人に迷惑がかからないようにそっとカーテンの外を見て、
高速道路や見知らぬ工場地帯をぼうっと眺めたりするのが楽しい。
休憩のPAで夜の空気を吸い込むと、不思議な懐かしさで
胸がいっぱいになる。
これまで何度利用したのかもう覚えていないが、
目の前で乗るはずのバスが出発したこともあったし、
時間を1時間間違えて乗り逃したことや、
乗る場所がわからなくて、深夜の新宿を一人で彷徨った時もあった。
荷物を車内に忘れて、財布と携帯だけ持って新宿に一人残されたときが
一番焦ったかもしれない。
でも段々とトラブルにも慣れたし、
今となっては全部いい思い出だ。
私のいろんな感情を夜と共に運んでくれた夜行バスには感謝しかない。