再訪サーマルフライヤー
ゲーマーを自称するほどではありませんが、私は小さい頃からそれなりにゲームをプレイしてきました。
数有るゲームの中でも、自分の中で特別な位置にあるステージ(レベル)というのがいくつがあります。今回はそんなステージの一つと、およそ20年ごしに掴んだおそらくの「忘れられない理由」について記します。
パイロットウィングス64
パイロットウィングス64は1996年に発売されたフライトシミュレータゲームです。ハンググライダー、ロケットベルト、ジャイロコプター等を操り、各ステージ毎に設定されたタスクをクリアしていきます。
全クリ、すなわち全競技100点を取るのは相当難しく、高いプレイヤースキルが求められるゲームでした。実際、当時の自分も要所要所でつまづき、親に手伝ってもらいつつのクリアだったと記憶しています。
サーマルフライヤー
サーマルフライヤーはP証(つまり最難関)クラスのハンググライダー種目タスクです。ハンググライダーには動力が無いため、そのままだと力学的エネルギーを使い果たし、やがて墜落してしまいます。サーマル(上昇気流)に乗ることで位置エネルギーを稼ぎ、それを運動エネルギーに変換して飛行しなければなりません。
サーマルフライヤーでは、4分以内にサーマルを乗り継いでできるだけ高い高度まで上昇することが求められます。
4分経過すると全てのサーマルが消滅するため、それまでに海抜126mの地上から660m近くまで上昇し、再び海抜53mの地上への着陸を完璧にこなすことで、100点を取得することができます。
このサーマルフライヤーこそが、私が忘れられないステージの一つです。しかし、その理由が上手く説明できないのがずっと引っかかっていました。
ちなみに、このタスクは最難関クラスに属しているものの、ラスボスというわけではありません。マリオで言えば8-1くらいの位置づけでしょうか。ラスボス戦であれば、そりゃ印象に残るでしょ、となるのですが、この中途半端な位置となるとよくわかりません。だからこそ疑問に思っていたのです。
私は、何が理由でこのタスクを忘れられずにいたのでしょうか。
属人的理由付け
一番シンプルな(しかしあまり面白くない)答えの一つは、このタスクに個人的な思い出があったということです。このタスクが難しくて、何度もリトライするはめになったというのは、記憶に深く刻みつけられるのには十分な理由でしょう。
しかし、このタスクの素晴らしさには、もっと深い、より一般的な理由があるように思うのです。
英雄の旅
結論から言ってしまえば、サーマルフライヤーの心地よさの根源にあるのはモノミスの構造だということです。このタスク単体で、一つの完成した「行きて帰りし物語」をプレイヤーに体験させてくれるのです。
モノミスの構造を1から説明するのは大変なのでざっくり済ませると、「英雄は既知の世界から未知の世界へ冒険に出かけ、その最深部で恵みを入手して既知の世界に帰ってくる」といったものです。この物語の構造が世界中の神話に存在すると、ジョーゼフ・キャンベルは「千の顔を持つ英雄」で主張しています。
サーマルフライヤーにおいて、サーマルを乗り継いでいくことは「第一の境界超え」あるいは「試練の道」に相当するでしょう。英雄たるプレイヤーは、既知の世界である地上を離れ、未知の世界である空中を目指します。
4分後、プレイヤーは未知の世界の最深部で、最高高度記録という「究極の恵み」を入手します。しかし、恵みは持ち帰らなければ意味がありません。地上まで降下し、安全に着陸を完了しなければ合格点がもらえないのです。これが「帰還の境界超え」の試練に相当します。
しかしその前に、帰還の境界超えを妨げる要因はプレイヤーの内部にもあります。他のハンググライダータスクではたどり着けない660m以上上空からのリトルステイツの景色は64の時代といえど美しく、いつまでも上空にとどまっていたいと思わせます。プレイヤーは「帰還の拒絶」をしてしまうのです。
しかし、タスク開始から4分後にはすべてのサーマルが消滅します。この「外からの救出」故に、プレイヤーは地上を目指さなくてはなりません。
無事に着陸を終える、すなわち帰還の境界超えを果たすことで、ようやくプレイヤーは恵みを既知の世界である地上に持ち帰ることができます。
考察
上に向かって進む「行きて帰りし物語」というのは珍しくありません。まさに神話の時代から、空は未知の世界として扱われ、多くの英雄が旅の舞台として選んできました。イカロス、パズー、そして我らが英雄かばんちゃん。
現実世界で言えば、アポロ計画やはやぶさがあれだけ多くの感動を与えたのは、それがまさに「英雄の旅」だったからでしょう。
まとめ
以上、私が20年以上経った今でも忘れられないステージ、パイロットウィングス64のサーマルフライヤーについて考察してみました。
このステージが心地よく感じられるのは、プレイヤーに「英雄の旅」を体験させる構造を持っているからだと言えます。
ゲームというメディアは、私たちに様々な体験を提供してくれます。その中には、古来から語り継がれてきた普遍的な物語の構造を持つものもあるのです。きっと私が気づいていないだけで、無数に。
サーマルフライヤーは、普遍的な「ヒーローズジャーニー」の構造をゲームという形で体験させてくれる、稀有な例だと言えるでしょう。
Switchで遊べるそうなので、まだ遊んだことのない方は是非、この感覚を体験してみてください。