To Shiver the Skyを聴いてほしい
Baba Yetuや Sogno di Volareなどで知られる偉大な音楽家Christopher Tin氏.
ゲーム音楽として初のグラミー賞を受賞するなど偉大な功績を残してきた方ですが,今年9月,またとんでもない文化爆弾を投下してくれました.
ニューアルバム To Shiver the Skyです.
素晴らしいアルバムなので,多くの人に聴いてもらいたく,今回簡単な考察?記事を書くことにしました.
Amazon music unlimited等のストリーミングサービスで全曲入手可能です.
素晴らしい日本語訳のご紹介
2023/09/19追記.
ラテン語たん氏が全曲の日本語訳を以下で公開しています.
めちゃくちゃ自然だし,脚注も充実しているので、楽曲を楽しむ助けになるでしょう.オススメです.
全体の特徴
To Shiver the Skyは考察音楽です.普通に聴いてもめちゃくちゃいい曲ですが,込められた意図を理解すると何倍にも楽しめます.
To Shiver the Skyの特徴の一つは,11曲の中に8つの言語の歌詞が含まれていることです.イタリア語から英語まで様々ですが,なぜこんなことになっているのでしょうか.
理由の一つは,Christopher Tinさんはあらゆる言語で歌詞を書くことに長けていて,おそらくそれが好きな方だからです.Baba Yetuはスワヒリ語でしたし,Sogno di Volareはイタリア語です.Mado Kara Mieruという日本語歌詞の曲もあります.
Baba Yetu や Mado Kara Mieruを含むCalling All Dawnsでは,12曲をそれぞれ異なる12の言語で制作し,昼,夜,そして夜明け(生,死,再生に対応)の3つのステージを巧みに表現していました.
もう一つの,そして最大の理由は,これが航空史を語るオラトリオだからです.
オラトリオ(聖譚曲)とはクラシック音楽の形式です.聖書などから台詞を引用することや歌詞に物語性があることが特徴の宗教曲ですが,この特徴が本アルバムにも反映されています.
本アルバムの歌詞の全ては航空史に関連する何らかの有名な著作やスピーチに基づいたものであり,各楽曲の歌詞はその引用元の言語で歌われているのです.
というわけで,それぞれの楽曲を見ていきましょう.
(現在考察中のため,一部の歌詞の訳や調査に不十分なところがあります.)
Sogno di Volare ("The Dream of Flight")
1曲目.レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)の有名な名言を引用した曲です.(実はダヴィンチのものではなく後世,1965年ごろにドキュメンタリー番組の中でダヴィンチ役の声が語っただけ,というのが真相らしい.)
Civ4で「飛行機」の研究を終えるとまさにこの技術格言が流れるわけですが,実際にそれが,Civ6のメインテーマとしてこの曲が作られたきっかけだったそうです.以下の動画によれば,Civ6の開発が進んでいなかったため,最初のメニュー画面のスクリーンショットのみに基づいて曲を作り上げたとか.すごい.
けものフレンズ考察班である私がこのアルバムをめっちゃ推している理由が既にわかってきたのではないでしょうか.
Sogno di Volareのテーマは人類の飛行の意志を象徴するモチーフとしてアルバム内で何度も引用され,全体の統一感と物語性を引き立てるのに素晴らしい効果を発揮しています.
The Heavenly Kingdom
ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098-1179)による著作"Scivias"(道を知れ)に基づく楽曲.ラテン語.
この楽曲からは,実際の航空史に沿ってアルバムが展開していきます.
ヒルデガルトさんは中世ヨーロッパ最大の賢女と呼ばれるほど多才であったらしく,預言者である以外にも作曲や薬学においても多大な貢献をしたとか.トラック1のレオナルド・ダ・ヴィンチと対をなす意図があるのかもしれません.
引用部分をちゃんと説明するのは私には難しそうです.この部分は聖書のひとつ,イザヤ書の一節を解説したような文になっています.「道を知れ」は日本語訳も出ているようなので,いずれ調べてみます.
Daedalus and Icarus
古代ローマの詩人オウィディウスによる「変身物語」に基づく楽曲.ラテン語.
日本人にも馴染み深い,イカロスの墜落に関する物語です.「勇気一つを友にして」と同じようなものです.
慢心と無謀(あるいは勇気)故に太陽に近づいたイカロスが墜落し,父親であり翼の設計者であるダイダロスが嘆き悲しむところでこの曲は終了します.
この部分は音楽的にもエモポイントです.ちゃんとアルバム通して聴いていると,シームレスに次の曲に移行することに気づくと思います.
次の曲からその次の曲へもシームレスに移行するようになっていて,これらの曲を通して一つの小さな物語が形成されるようになっています.
加えて,最後の嘆きの旋律はThe Fallでも使われ,半音ずつ降下していくことで地獄へ降下していく様子が表されています.
The Fall
調べている過程で歌詞の全訳が完成してしまいました.
イタリアの詩人ダンテ・アリギエーリによる「神曲」(1300-1320年頃と推定)に基づく楽曲.イタリア語.けものフレンズ2考察班には馴染み深い著作でしょう.
神曲が航空史?と疑問に思うかも知れません.しかし,神曲は現在の「死後の世界」観の基礎であり,天国が上に,地獄が下にあるという世界観を作ったのも彼だと言われています.であれば,神曲は空と天国を結びつけた,航空史的に重要な作品といえるでしょう.
歌詞は4つのセクションに分けられます.
最初の一節は煉獄編第12歌.次の一節は地獄編第24歌.Sogno di Volareを再演した後に,地獄編第34歌の最後の4節が語られ,地獄を脱出します.(そして煉獄へ.)
ダンテとダヴィンチが同じくイタリア人だったからこそできた芸当です.
訳を見ればわかるとおり,一度失敗した人類が,飛行の意志を新たに再び星空を見上げる,というストーリーになっています.
エモすぎませんか?
Astronomy
ポーランドの天文学者ニコラス・コペルニクスによる「天体の回転について」(1543年)に基づく楽曲.ポーランド語.地動説を主張し,人類の世界の見方を根本的に変えた論文です.
学術論文ですから,原文はラテン語は書かれています.しかし,コペルニクスがポーランド出身であることから,内容をポーランド語の詩に変換して用いたようです.
それゆえ,原典である「天体の回転について」を読んでも,歌詞として抜粋された部分を発見することができませんでした.
この楽曲では楽譜に秘密が隠されています.スコアを見ると,音符がいくつもの星座の形に並んでいるのです.楽譜を見ながら鑑賞しましょう.
To The Stars
フランスの作家ジュール・ヴェルヌによる「月世界旅行」(1865年)に基づく楽曲.フランス語.
地球から月へ,大砲を使って宇宙船を打ち上げるというストーリーになっています.
アルバム全体の構成としても,ここから後半戦に入っていきます.To The Starsは月を目指すという小目標のためのブリーフィング,あるいは予言のようなものと位置づけることができそうです.
19世紀の小説を基にした楽曲ながらも,SF小説であることからか,響きが全体的にモダンな感じなのが面白いところです.このアルバムで一番モダンかもしれません.とても好き.
Oh, the Humanity
ドイツの発明家/軍人ツェッペリン伯爵(1838-1917)によるスピーチに基づく楽曲.ドイツ語.ヒンデンブルク号爆発事故(1937年)を扱っています.
タイトルの"Oh, the humanity"はこの事故のラジオ中継(実況)に由来します.
ただ,歌詞の部分については具体的にどのスピーチなのか,出典が見つけられず苦労しています.
たぶんこういうやつなのですが,ドイツ語聞き取り能力はほぼ0なのでさっぱり検証できません…
音楽的には,初手からSogno di Volareのテーマが不穏な感じで変奏されるのが恐ろしい感じです.全体的に暗い雰囲気だったり,サイレンっぽい音を使ったりで,歌詞がわからなくてもだいたい何を表現しようとしてるのかわかる感じになっています.
また,最後にもSogno di Volareのテーマが,しかも終止が変な感じで演奏されるのがどエモポイントです.(何か名前がついていた気がするのですが忘れてしまいました.)
知っていそうな曲を出すと,64版レインボーロードのループ終わりと同じような展開です.開放感というか,宙ぶらりんな感じのある終わり方ですね.
Courage
アメリカの女性飛行士アメリア・イアハートによる詩"Courage"(1928)に基づく楽曲.英語.
彼女は女性として初の大西洋単独横断飛行を達成したことで知られています.この詩は,まさにその達成の直後に出版されました.
日本でもそこそこ知られた方ですが,アメリカだと超有名人らしいです.
音楽的には女声ソロが大変美しい.前後の曲が重苦しいので,一服の清涼剤になります.
Become Death
アメリカの理論物理学者ロバート・オッペンハイマーによる発言(1965)に基づく楽曲.サンスクリット.以下の動画の26:12から.
Civ4で核分裂の研究を終えると流れる技術格言がそっくりそのまま歌になりました.上述した訳で全訳完了です.
オッペンハイマーさんはマンハッタン計画の主導者であり,原爆の父として知られています.上の発言は一見(主に翻訳のせいで)めちゃくちゃ調子に乗った響きに聞こえてしまいますが,実際には核兵器を開発したことの後悔に基づく発言です.
件の発言は英語によるものですが,ヒンドゥー教の聖典バガヴァッド・ギーターを引用している(「我は死神、世界を破壊する者」の部分)ために,全体がサンスクリットに翻訳されたようです.
この楽曲は,原爆投下を扱ったものというよりは,飛行技術の戦争への利用というもう少し抽象的な範囲をカバーしたものと捉えるのが良いでしょう.トレイラーでも,負の歴史として爆弾投下だけでなく,神風特攻について触れています.好ましい形ではないですが,ある意味日本が主人公の楽曲と言えるかもしれません.
The Power of the Spirit
ソビエト連邦の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンによるいくつかの発言に基づく楽曲.ロシア語.上述したもので全訳完了.
1961年4月,ガガーリンは世界初の有人宇宙飛行に成功しました.少なくとも前者の名言は,この飛行の後に手書きされたもののようです.
前の楽曲の悲惨な結果を受け継ぎ,それに対する回答の意図があることが解ると思います.
また,ややメタ的には,人類初の月面着陸を取り上げるならば,人類初の宇宙飛行も取り上げないとフェアではないというのもあるでしょう.アメリカ万歳的なことになってしまうと,人類のオラトリオというテーマが崩壊してしまいます.
同じ旋律をひたすら繰り返しているだけなのですが,どんどんパートが増えて盛り上がっていくことで,絶望的なところから復活する様が表されているように思います.
We Choose to Go to the Moon
アメリカの第35第大統領ジョン・F・ケネディによる演説(1961)に基づく楽曲.英語.
かの有名な,アポロ計画始動の際のスピーチです.8:55から.
人類の飛行の夢は,(少なくとも今のところ)アポロ計画という形で,月に到達することで一旦の締めくくりを見せます.
音楽的には,やはりSogno di Volareの要素が各所に散りばめられているのがエモポイントです.イントロのソファ#ソレソファ#…でSogno di Volareを思い出させ,終盤ではウーナーボールターケーアブラーイのメロディに"We choose to go to the moon"と歌詞が重なることで,「月に行く」という目標を「飛行の夢」という主題と重ね合わせてきます.
感想
ひたすらエモい.ここ数週間,ひたすら聴いています.
私個人の意見としてですが,飛行の夢というのは,個人の経験に基づくものではなく,全人類が共通して持っている憧れだと思うのです.
ヒトの身体的な特徴に投擲能力がありますが,これは一般化すれば,「遠く離れた場所に影響を及ぼす力」ということになります.(と,飛行史をまとめた何かの本に書いてありました.)であれば,この力の対象として最も遠く,しかし身近な空が選ばれるのは必然ではないでしょうか.
成功の歴史だけでなく,むしろ出来事としてはイカロスの墜落,ヒンデンブルク号爆発事故,原爆投下などの負の歴史を中心に語り,そこから挫けずに立ち上がり続ける精神的な戦いを描いていることが,このアルバムの一般性に繋がっている気がします.
To shiver the skyは飛行の歴史を語るオラトリオと題されているものの,やはり本質的には人類の探求の歴史全てを語った作品だと思うのです.どんな発明にもつきものの,技術的あるいは倫理的な失敗を乗り越えて,真に目指すべき方向に進む,そういったドラマが濃縮されたアルバムだと思います.
欠点を挙げるとすれば,取り上げられた飛行史の内容がかなり西洋・アメリカよりになっている点でしょうか.飛行技術の負の歴史として,トレイラーでは爆弾投下への利用や,それ自体を爆弾としたことに触れています.にも関わらず本編でカミカゼアタックについて特に言及が無いのは,少し奇妙に思えます.(不謹慎かもしれないけど,特攻隊員の遺した手紙を基にした日本語の楽曲とか聴いてみたかった.もしかすると不謹慎なので敢えてやらなかったのかもしれない.)
Christopher Tin氏はアメリカの方ですし,現に「人類が到達した最も遠い場所」といえば月なので,アルバム全体のストーリーが最終的にアメリカが主人公の物語に近づいてしまうのは,仕方ないといえば仕方ないことです.
とはいえ,このアルバムが多くの人の共感を呼ぶのは間違いないと確信しています.この記事を見て興味を持った方は,是非聴いてみてください.
お気に入りを1曲選べと言われると難しいですが,夜,1人で帰る時にThe FallからAstronomyへの流れを聴きながら夜空を見上げると,とても心地よいです.いや,やっぱり,どの曲も比べがたい良さがあります.
アルバムを通して聴いた方は,締めにこちらをどうぞ.
今日はここまで
軽い紹介ができればいいと思っていたのですが,思っていた以上に考察に時間がかかっています.アルバムの視聴に12時間ほど費やしていますが,考察のための調査にも同じくらいかかっています.
完璧な考察を仕上げるのは一旦置いておいて,まずは布教用に不十分ながらもこの記事を公開し,後から修正を加えていこうと思います.
おまけ
個人的な話で申し訳ないのですが,To Shiver the Skyを発見したとき,まず私の心に浮かんできたのは「やられた!」という感想でした.
というのも,本アルバムと全く同じことを,「かばんちゃんと学ぶ航空史」という解説MMD動画のサントラとして自分もやろうとしていたからです.(そしてなんと,Sogno di Volareを最終話のEDにしようとしていたのです.「千一番目の英雄」動画のエンディングは,その名残です.)
今からやっても完全な二番煎じになってしまうのがつらいところですが,仕方ありません.むしろ,この素晴らしいアルバムのおかげでやる気が再燃してきたまであります.
「かばんちゃんと学ぶ航空史」は2話で更新が止まっていて,MMD動画を作るのが大変なため続きを作る気力もあまりないのですが,一応以下に貼っておきます.
続きをやるとしたら,少なくともMMD動画じゃない方法にすると思います.また,色々と知識が更新されたので,完全に一からリブートした方が良いかも知れません.
さらにおまけ
実は最近ホームページを作りました。
こっちにも転載してありますのでよければ見てください。
最近はまちカドまぞく考察をやっています。
https://ilapaj.com/posts/to-shiver-the-sky/