まちカドまぞく考察(2) シャミノミス第0稿 最初の境界超え
まちカドまぞくの物語の構造についての考察です.
Kemonomyth パロディ風味で.
この記事にはまちカドまぞくアニメ全話および漫画1-3巻のネタバレを含みます.
はじめに
まちカドまぞくは明るく楽しく愉快なものであり,これから語る内容は,それを否定するものではない.
この記事では,ジョーゼフ・キャンベルのモノミスがまちカドまぞくにも現れていることを詳細に見ていき,モノミスの構造を基にまちカドまぞくのテーマを解き明かす.
カノンとしては原作漫画版まちカドまぞく1巻から5巻を採用する.3巻最序盤まではアニメ化もされており,基本的にアニメは漫画に忠実ではあるが,僅かに台詞回しや描写等に差異がある.その際は適宜,より本来の意図に近いと思われる方を正史とする.
まちカドまぞくは単行本1巻ごとに大きな物語の波があり,それぞれが単体で見事な起承転結と伏線回収を果たしている.しかし考察にあたっては,まずはじめにアニメ化された部分,すなわちアニメ12話,単行本2巻とちょっと,通し番号で27丁目までを一つの物語の終着点と仮定する.
冒険への召命
我々の英雄,シャミ子は使者によって日常の世界から非日常の世界へと渡るよう求められ,彼女はそれを受諾あるいは拒否することになる.
キャンベルは召命を届ける使者を「無意識の底」のようなものだと説明するが,夢魔が夢の中で呼びかけるというのは,召命を与えるのにこれ以上なく適切な方法である.
目が覚めたシャミ子は角と尻尾が生えていることに気づき,母,吉田清子から一家にかけられた呪いのことを聞かされる.この時点でシャミ子に与えられる具体的な使命は魔法少女をぶち転がして一族の呪いを解くことである.しかしその裏には,後に明かされるが「魔法少女をただ倒すのではなく」という条件が隠れていることに注意したい.
※メタ的な見方をすると,連載が決定したのは2話完成の後だったらしい(それ故3話から露骨に伏線が増える)ので,最序盤の2話については無理やり考察するべきではないかもしれない.
最初の境界を超える
まちカドまぞくは旅物語ではない.舞台となる場所は基本的に多魔市せいいき桜ケ丘から移動することはなく,そのため英雄の「旅」は目に見えない形で進行していくことになる.
旅の一番最初に起きる一大イベントが最初の境界超えである.これは英雄が日常の世界から非日常の世界に渡るためのステップである.彼/彼女はメンターの助力のもと,門番を打ち倒して非日常の世界に渡らなければならない.
このステップの典型例としては「千と千尋の神隠し」を考えるのが一番多くの人に理解してもらえると思う.千尋のメンターとして,ハクは彼女を湯屋へ連れて行く.千尋は橋を渡る間,息を止めなければならない.
息を止めることは死んだふりを意味する.千尋は生者の世界から死者の世界に渡ったのだ.
また,橋は2つの領域を接続するシンボルである.けものフレンズにおけるかばんちゃんも,さばんなーじゃんぐる間の橋を渡った.そういえばシンジくんの「逃げちゃだめだ」の件も橋?の上で行われた.
アニメ3話において,シャミ子は千代田桃が所有する廃工場に連れてこられ,飛び道具修行,すなわち魔法の杖から魔力を発射する訓練を行う.しばしの漫才の後,シャミ子は魔力弾の発射に成功する.
このシーンが第一の境界を超えた瞬間であると考えてみよう.では,境界超えに必要なメンターと守護者は誰にあたるだろうか.そして,シャミ子が応えた召命とは何だったのだろうか.
まずはじめに,メンターについて考えてみよう.メンターの主な目的は,英雄に旅の備えをさせることにある.千代田桃は明らかにこの役割を帯びている.
しかし,話は単純ではない.通常,メンターは英雄が旅に出る後押しをするものであり,彼らの利害は一致していなければならない.(勇者と王様が魔王を倒すという目的で一致するように.)シャミ子の受けた召命が「魔法少女をぶち転がして一族の呪いを解く」ことであるならば,魔法少女千代田桃はその召命を共有することはできないはずだ.
以上のことから逆説的に,シャミ子の旅は「魔法少女をぶち転がす」ことを目的としないことがわかる.では,シャミ子の目的とは何か.当然,「何もかも壊したい」ではないし,「こんな世界闇に呑まれてしまえ」ではない.
「みんなが仲良くなりますように」である.
シャミ子はこの発言によって,飛び道具修行という試練を乗り越えることになる.同時に,メンターである千代田桃の心情にも変化が生じる.
桃がシャミ子に接近していた理由の一つは,シャミ子が闇の力を暴発させないか監視することであった.(もう一つの,そして最大の目的は,失踪した姉,千代田桜の手がかりを得るためである.あえて穿った見方をすれば,このシーン以前にも桃がシャミ子を鍛えるのに協力的だったのは,シャミ子が他の魔法少女に倒されることで手がかりを失うことを恐れたからなのかもしれない.)
しかし,この言明によりシャミ子の「生まれ持っての心の素質」が闇的なものでないと判明する.むしろそれは,桃が負っている使命である「町を守る」ことと一致するものであった.
ここで,桃の言う「町を守る」というのは,まぞくという悪から町を防衛するという意味ではなく,まぞくと魔法少女が共生できるよう町の平和を維持するという意味であることに注意が必要である.町に「まぞくと魔法少女の接触を運命レベルで妨げる」結界が貼られている以上,千代田桃はむしろ,まぞくではなく魔法少女に対抗することになる.この,まぞく対魔法少女という単純な二項対立的状況からの脱出は,本作最大のテーマであるように思える.
原作漫画にアクセス可能ならば(ニコニコ静画で閲覧可能)魔力発射直後のコマで,桃が反射的に危機管理ムーブを取り,しかし直後に警戒を解いている描写があることにも注目してほしい.もはや警戒の必要はなく,だからこそ,桃は「しばらくシャミ子を鍛えてみようかな」と考えたのである.
メンターについてはひとまずわかったとしよう.では,門番とは誰か.それは,シャミ子に試練を与えた,すなわち「魔力開放のキーワード」を出題した人物であるはずだ.
漫画3巻で判明した事実を利用すれば,それは千代田桃の義理の姉である千代田桜であるかもしれない.「みんなが仲良くなりますように」はシャミ子が千代田桜と波長を合わせ,コミュニケーションを取るためのキーワードでもあった.キーワードは「生まれ持っての心の素質が強まったときに自然に出てくる」という桃の説明とはズレてしまうが,埋め込まれたコア千代田桜がシャミ子の呼びかけに応えて魔力を発射させた,というようにも読める.
この場面でまだ存在の気配もない千代田桜を引き合いに出すのは少し無理やりに見えるかもしれない.しかし,あえてこの廃工場が訓練の舞台に選ばれたことを考えたい.ここからは冷奴になってしまうが,この場所では,10年前に千代田桜がサクラメントキャノンという形で魔力を発射している.そしてそれはおそらく,シャミ子の父ヨシュアを封印するためのものであった.
漫画3巻参照.ヨシュアの残した「アで始まる横文字ネームの杖」が廃工場倉庫跡地で発掘されたこと,ヨシュアがこの倉庫で使われているのと同じみかん箱に封印されていることから,10年前に千代田桜がヨシュアを封印したのはこの地点であると推測される.
このことは,けものフレンズにおけるアンイン橋での出来事を思い起こさせる.こちらもやはり冷奴になってしまうが,2話でかばんちゃんが修復したアンイン橋について,これを破壊したのは,セルリアンに対して11話のかばんちゃんと同様の戦術を仕掛けようとしたミライさんだったのではないかという説が存在する.ミライさんが橋を破壊せざるを得なかった一方で,かばんちゃんは橋を架けた.同様に,千代田桜がまぞくを封印するという古代の掟に従わざるを得なかった一方で,シャミ子は掟に背くことを宣言できた.
過去に親的な存在が失敗した何かを成功させるというのは,親殺しの物語類型と言えるのかもしれない.
そしてこれこそが,この場面でシャミ子が応えた召命,乗り越えた試練の本当の姿なのではないだろうか.彼女は「こんな世界闇に呑まれてしまえ」ではなく,「みんなが仲良くなりますように」を選択する.これによって,シャミ子は千代田桜,桃,そしておそらくヨシュアと同じく,街を守る側に付くことを示したのだ.
というわけで,ここまでの考察をまとめると,飛び道具修行までの件は以下のように要約できるだろう.
シャミ子は「魔法少女をぶち転がす」という召命を受ける.飛び道具修行とは,シャミ子がこの召命の表面的な意味を拒否し,真意に気づくことで,旅を開始するための試練だった.シャミ子はメンターである千代田桃の助力を受け,門番である千代田桜に対し,召命の真意を理解したことを証明する.試練を乗り越えた報酬として,彼女は新たな仲間,今やシャミ子を警戒する必要のなくなった千代田桃を得る.
最初の境界超え Appendix
前述したとおりこの廃工場跡は物語上いくつもの役割を持っている重要な地点である.英雄は越境に際し超自然的助力(アイテム)を受け取る(e.g. かばんちゃんのパンフレット,アーサー王の剣)が,シャミ子もまた,この地点で父ヨシュアの杖を入手する.
ただ,このイベントは3巻でのことであり,これについては1-2巻の物語とは別に語る方が良いと思われるので,今は省略する.深く考察できていないが,3巻の出来事はそれ一つでとてもキレイな英雄の旅構成を成しているように思える.
三幕構成の配分で考えると,第一の境界超えは第一幕と第二幕の間のプロットポイントであり,理想的には物語の1/4の位置に存在するはずである.飛び道具修行はアニメ12話中3話目での出来事であり,これこそが,1-2巻を一つの大きな物語として仮定した理由である.
また特に興味深い点として,この6丁目は原作者伊藤いづも先生にとっても重要な回であったことがインタビューで明かされている.(これを参考にしちゃうのは考察班としてはかなりの反則,ずるまぞくだよね.)