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カットマン 3

直人の部活参加は、自分でも思っていた以上に順調に始まった。

 気持ちが優れなかったのは始まる前までで、いざ練習に入ると余計なことは考えられなくなってしまった。それほどまでに、直人の部活の練習は厳しいものなのだ。

 顧問の松浦厳一(まつうら げんいち)は、学生時代に国体優勝の経験を持つ。指導者としてのキャリアも長く、過去には全国大会に出場するチームを育て上げたこともある。そんな松浦の練習が、ほかごとを考えていられるほど余裕あるものであるはずがなかった。体育館には常に緊張感が漂い、少しでも気の緩みがあれば即、怒鳴り声が飛んでくる。松浦自身が台に入り球出しをしようものなら、生徒がフラフラになるまでフットワーク練習をさせた。

 テスト明け初日の練習は、三年生が引退する前と何ら変わりない内容で終わった。直人自身も密度濃い練習にいつもと変わらない疲労感を感じていた。それだけ練習に集中できた実感があったのだ。テスト前の試合に心残りがないといえば嘘になるが、練習を続けていくうちに、次の試合へと向かっていく気力が湧いてくるのを感じていた。

 しかし現実は、直人の気持ちとは裏腹に、少しずつ停滞し始める。

 最初のほころびは校内のランキング戦だった。今まで一度も負けたことのない相手に、直人が負けたのである。三年生が引退したことでレギュラーとなったその相手は、別段弱いというわけではなかったため、周りから見ても珍しがられるだけで特に問題として取り上げられなかった。その一敗以外は特に番狂わせもなく、チーム内の順位も概ね今までどおり。しかし、そのランキング戦直後の校外個人戦で、直人はまたも意外な相手に敗北を喫した。

 相手はテスト前のインターハイ予選で、チームが勝利した学校のレギュラー。インターハイ予選時にはレギュラーではなかった二年生で、チームの実力としても、個人の実力としても、三年生がいた時からレギュラーの座を獲得していた直人の圧勝かと思われていた。しかし、蓋を開けてみればフルゲームの末の逆転負け。ここ一本を決めきれなかった直人が、終盤盛り返されて敗退する結果となったのである。

 そこから直人の勝てない日々が始まる。練習試合や公式戦を含めて、強豪校のレギュラー陣に勝てなくなってしまったのである。試合はいつもフルゲーム。最後の一本が決めきれない直人に、その度に松浦から激が飛んだ。

 一方チームの方は順調に成長していた。練習試合とは言え、インターハイ予選で負けたチームに勝てるようになり、個人戦でも大会上位を占める割合が明らかに増えていった。三年生がいたときはレギュラーに入れなかったメンバーがメキメキと実力を伸ばし、次回は東海大会出場確実と言われるほどになっていく。そんな中、直人一人だけが伸び悩んでいた。



「お疲れ。惜しかったな」

 直人が観客席に戻ると、悠平がスポーツドリンクを差し出してきた。県内強豪校が集まる個人戦、またも他校のレギュラー陣に負けた後だった。

「最後は強気に攻めにいけたんじゃないか? あれが決まってたら結果は違ってたと思うけど」

「・・・決まらないから負けたんだよ」

 直人は投げやりに応えて、スポーツドリンクを受け取る。目元に当てると、冷気が目に染みた。

「練習では入るんだけどな。試合のここぞという時になんで決めれないんだって松浦に怒られた」

「それができたら苦労しないよな」

「練習の時の集中力が足りないんだとさ」

 どこまでも投げやりにいう直人には、焦りがあった。インターハイ予選で負けてからの不調。次は負けないと奮起してから練習に邁進してきたが、その気力もなくなりかけていた。

「悪いな。もうすぐ秋選抜の予選も始まるから、こんなところで負けてられないっていうのはわかってるんだ」

 インターハイ予選と対となるように、秋にも選抜大会という全国大会がある。その予選が、もう来月に迫っていた。

「別にお前が負けても誰もお前を責めねえよ」

「・・・そうかもな」

 愚痴ばかりいって悪いことをしていると思うが、直人は自虐的な態度をやめられなかった。インターハイ予選から半年、公式戦でなかなか勝てないにも関わらず、中途半端に強いものだから、まだレギュラーからは外されないでいる。三年生がいる頃からレギュラーになっていたことのプレッシャーも手伝って、直人の心は焦りと悔しさでいっぱいだった。

「まだ選抜まで一月ある。それまでに調子あげてくぞ」

「・・・おう。悪いな、愚痴聞いてもらって」

「貸しにしとくから、出世払いできちんと返してくれよ」

 冗談をいいおいて、悠平は離れていった。聞くと、悠平に試合があることを知らせるアナウンスが流れている。試合ギリギリまで自分のことを気遣ってくれた悠平のことを思うと、尚更今のままではいけないと、直人の心はひりついた。



 秋の選抜、団体戦、準々決勝。

 直人たちの相手は、奇しくもインターハイ予選で敗北したチームとなった。インターハイ予選では直人たちのチームが負けているが、直近の練習試合では相手チームが負けている。チーム全体の調子から考えても、今回は直人たちのチームが勝つと予想されていた。

 直人は今回、五番手に起用。最近は二番手や四番手に回されることが多かったのだが、校内のランキング戦では少し調子を上げてきたため、しんがりを任された。

 オーダーの構成は、インターハイ予選とほぼ同じ。

 直人たちの学校がすんなり勝つと予想された試合はしかし、両チーム激戦の末、五番手にまでもつれ込んだ。

 相手レギュラー選手が違うとは言え、インターハイ予選とほぼ同じシチュエーション。

 ただ一点、明らかに違ったことがあった。直人がゲームスコア三対0のストレートで敗北したのである。

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