とある男女の話

「ねえ、真一って、女の子に興味あるの?」

 白沢唯は向かいに座る黒野真一に問いかけた。大学の食堂、ゼミ仲間として二人で昼食をとっているときである。

「何をいう。俺だって一人の男なのだから、もちろん女子に興味くらいある」

「へえー、そうなんだ」

 少し気にするように、唯は相槌を打つ。

「じゃあさ、真一の、その、好みのタイプってどんな子なの?」

 髪の毛をいじりながら、平静を装うように唯が質問を重ねた。

「ふむ、好みというほどでもないが・・・」

 真一がすこし考えるように間をおいてから、一言簡潔に答えた。

「メガネだな」

「メガネ?」

「そう、メガネをかけた女子というのはなかなか魅力的だ。小さいな目でも大きく見せれるという点でまず女子の可愛さをあげるアイテムと言える。また、知的で、真面目な印象を与えてくれる。俺が苦手なきゃいきゃい騒ぐような女子とは対局の印象がいいのだ」

「でも、あんたが嫌いなギャルでもメガネをかけた子はいるわよ。例えばあそこにいる子とか」

 そう言って唯は食堂の真ん中でワイワイ騒ぐ女の子の一団をこそっと指差す。そこには、大きな黒縁メガネをかけた金髪の女生徒が友人と一緒におしゃべりに興じていた。

「あれはダメだ。あんな顔を半分も覆うようなメガネをして、まるで目の大きい蛾みたいじゃないか。俺が求めているのはあんなのではない。もっと実用的で、そこそこおしゃれにも気を使っているようなものだ」

「蛾みたいとは、また大層なモノいいね」

「俺は思ったことを正直にいう人間だからな。とにかく、メガネならなんでもいいわけではない。そこだけは断っておく」

「ふーん、なるほどね」

唯はなんでもないというようにコップのジュースを飲み干した。




 次の日、真一は黒い太淵のメガネをかけた唯と一緒に食堂にいた。

「どうした、今日はメガネなのだな」

「ちょ、ちょっと目の調子が悪くてコンタクトがうまく入らなかっただけ。べ、別にあんたの好みの話とはまったく関係ないんだからね!」

「そうか。まあ、そういう日もあるな。それはそれとしてだな白沢」

 あっさりとメガネに関する話題を打ち切る真一。唯は一瞬信じられないという顔をするが、真一は全く気がついた様子はなく、先を続ける。

「今の会話で昨日の話を思い出したのだが、俺の好みにメガネともう一つ、髪型がセミロングという要素も付け加えておこう」

「せ、セミロング」

 唯は後ろでまとめているロングヘアーを無意識に触りながら聞き返す。

「そう、セミロングだ。肩につくかつかないかの長さで、それもストレートがいいな。

 ショートだと女っけに欠けるが、かと言ってロングだとどこか暑苦しいというか、どこか飾った印象を受けるのだ。

 その点、セミロングはさっぱりした印象を受ける上に、女性らしさもきちんと残している。さらにストレートであれば、ウェーブをかけたりするよりも飾り気がなく自然体に見える。それがいいのだ」

「セミロングで髪の毛に手を加えないほうがいいってこと?」

「自然体に見えればいいという話だ。くせ毛ならばストレートにするためにアイロンだってかけるだろう。それはいいのだ。ただ、色はできたら黒がいいな」

「なるほど、自然体か・・・」




次の日、セミロングのストレートパーマをかけた唯と真一はまたも食堂にいた。もちろん今日も、唯はメガネをかけている。

「なんだ、髪型を変えたのだな」

「ま、まあね。だいぶ伸びてたし、そろそろ切ろうかなって思ってたところだから」

 唯は恥ずかしそうに視線を逸らしながら答える。

「き、今日もメガネだけど、まだちょっと目の調子が悪くて、その、別にあんたの好みに合わせてるなんてわけじゃ、な、ないんだから」

「ふむ、あんまり調子が悪いなら眼科に行ったほうがいいんじゃないか? 俺が知っているところでよければいい目医者を紹介するぞ?」

「べ、別にいいわよ! 眼科なんて通ってるところがあるから!」

 突っぱねるように言って、唯はコップのジュースをストローで啜る。一気に半分ほどを飲み込んだようだ。

「そうか、ならばいいのだが。そういえば白沢。俺は昨日テレビを見ていてアイドルというものの見方を変えたぞ」

 眼科の話からいきなりアイドルの話に飛ぶ真一。そんな彼の会話に、げんなりしながらも唯は社交辞令的に尋ねた。

「へえー、どんな風に?」

「アイドルというと、どこかちやほやされてきゃいきゃいしてる印象があるだろ? つまり俺の苦手なタイプだ。しかし、見た目だけで言えばそうでもないようだ。実は昨日な、いまテレビで話題のアイドルグループの一人がバラエティ番組に出ている時にメガネをかけてチェックのシャツを着ていたのだ」

「チェ、チェックのシャツ?」

 先ほどのげんなりした調子から、すこし興味をそそられたように唯が聞き返す。

「そう、メガネに、チェックのシャツだ。チェックのシャツというのは、きっちりとした印象がありながらも、カジュアルな部分も残している、ファッションアイテムの中でもなかなか好印象な代物だ。これにメガネが組み合わされば、清楚で真面目な印象がぐっと上がる。俺は思わず、そのアイドルに一瞬見とれてしまった。ただ、化粧が濃くて、髪型も茶髪でパーマをかけているところは残念だったが」

「そ、そう。ちなみにそのチェックのシャツも、真一の好みなわけ?」

「ああ、女子が着る服の中ではなかなかポイントが高いものだな」

「ふーん、チェックのシャツね」

 先ほどの怒りはどこへやら、唯は真剣な表情で一つ頷いた。




「白沢、実はイメチェンでも考えているのか? 以前のお前とだいぶ印象が変わった気がするが」

「う、うるさいわね。別に私の勝手じゃない」

 メガネをかけ、セミロングストレートの髪型の唯は、今日はベージュと緑のチェックシャツを着ていた。場所は毎度お馴染みの食堂である。

「まあ、そうなのだが。以前はメガネもなく、ロングヘアーで、どちらかというとふわっとしたワンピースタイプの服を着る印象だったが。なんだかガラリと変わってしまって違和感が拭えないのだが・・・」

 そのかんで含んだような物言いに、唯のなかで何かが切れた。バン! と机を叩くと立ち上がって、真一を睨みつけた。

「なによ、その言い方。あんたが好みのタイプをあれこれ話すからそれに合わせてあげたんじゃない!」」

「な、なんだ、俺の好みに付き合ってくれていたのか。それならそうと言ってくれれば・・・」

 いきなり怒り始めた結に、真一はすこし体を引く。

「言わなくても気づきなさいよ! だいたい何? 私なんかがこんな格好してもぜんぜん魅力的に見えなかった?」

「そ、そんなことはないぞ。とても、とても俺好みの格好になっている」

 アタフタと答える真一に、しかし唯は怒鳴るのをやめなかった。

「じゃあ何が気に食わないって言うの! はっきり言いなさいよ!」

「い、いや、ただな、俺は以前の、ありのままの白沢が好きだったのに、それが変わってしまって少し残念だったというか・・・」

「・・・え?」

「あ・・・」

 二人の会話が、ぴたりととまった。視線を逸らす真一と、怒鳴った姿勢のまま固まった唯。二人の顔が、だんだんと赤くなっていく。

「その、真一。今の好きっていうのは・・・」

 たっぷり十秒たって、唯が先に口を開いた。

「いや、その、俺は思ったことを正直に話してしまうタイプの人間だからな。嘘はつけないというか、なんというか・・・」

「それって、つまり・・・」

 しどろもどろに答える真一に、先を促す唯。ゴホン、とひとつ咳払いをして、真一は唯に視線をもどした。

「その、こ、こんな形になってしまって申し訳ないが、もしよければ、俺と付き合って欲しい。も、もちろん、いやなら断ってくれて構わないが・・・」

その言葉に、浮かせていた腰を落とす唯。呆然となるその口から、ゆっくりと言葉が漏れた。

「じゃあ、こんな格好しなくてもよかったってこと?」

「あ、いや、まあ、そういうことだな。その件に関しては、申し訳ない。いらぬ手間と労力をかけてしまったみたいで。明日からは、もう以前と同じように戻っても・・・」

 そこで真一の言葉がとまる。唯が舌を向いて、何かを我慢するようにプルプルと肩を震わせていたからだ。

「えっと、し、白沢?」

「嬉しいけど素直に喜べないじゃないこのどアホー!!!! 私の時間を返せー!!!」

「す、すまん! あ、謝るから、その手に持っているジュースをこっちに投げるのはやめ・・・うわああああ!」

 二人の叫び声が食堂にこだまする。

 今日もどこかで、素敵なカップルが生まれている。

 

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