迷子のテーマパーク
紅葉は、夜の冷えた気温と昼の暖かい気温の差が激しいほどきれいに色づく。
パークのあちこちに配置されたモミジの木をぼんやりと見ながら、理科の先生がこの前話していたことをぼんやりと思い出していた。
今日は中学校の修学旅行二日目。旅行のメインイベントとも言える夢の国をうたったテーマパークでの自由行動。木下明美は一人、お城の正面にある花壇の前に佇んでいた。
時刻は夕方。すでにテーマパークから宿泊先のホテルへ向かう学校のバスは出発している時間だった。本来ならテーマパーク外の集合場所にいて、友達みんなといっしょにホテルに向かっているはずだった。
お土産を買うのはばらばらにしようと言ったのが始まりだった。学校の決まりで、パーク内は班行動が原則。しかしせっかくの旅行のメインイベントに、好きでもない男子とこれ以上いっしょにいるのが煩わしかった。バスの出発時間の二十分前までにお土産を買い終え、パークのシンボルとも言える城の前にある花壇に集合。そこからパークの外へ班で固まって出れば、先生にもバラバラに行動していたことなど気づかれない。そう提案したのは自分だった。
班長の男子は真面目なやつだったから、学校の言いつけを守るように反対したけど、女子全員の押しに負けてしぶしぶ了承した。
仲良し女子三人でいっしょにお土産屋をまわった。初めはみんなであれこれ話しながらお土産を見ていたが、気づけば人ごみに紛れて他の二人が見当たらなくなっていた。探しても見つからないから、仕方なく一人でお土産を買い、集合場所まで行こうとしたところで、今度はどうやって集合場所まで行けばいいのかわからなくなった。パークの地図は友達が持っていたし、今自分がどこにいるのかも判然としない。右も左もわからない状態で歩き回り、城の前にたどり着いた時には学校のバスが出発する時間すら過ぎていた。
「集合時間に遅れたら先に行くからな!」
班長の男子は別れる間際にそう言っていた。本当に真面目なやつだから、その宣言通り、今はもうバスの中だろう。
とにかくパークの外、学校の集合場所まで行かなくてはならない。でも、出口までの道もわからないのにひたすら歩き回る気力がわかなかった。誰もが知り合いといっしょに楽しげに歩いていく。それが、自分に孤独を一層意識させた。
冷たい秋風がスカートを揺らした。だんだんと気温が低くなってきたため肌寒い。赤く色付いたモミジがパークのライトに照らされて幻想的に光り始める。キレイだな、と場違いな感想を抱いたが、それが限界だった。紛らわせようとしていた孤独が襲ってきて、思わず顔が下を向く。だれか来てよ、と呟いた声は通り過ぎる人の波に吸い込まれた。鼻の奥が熱くなる。ダメだと思ってもこみ上げてきたものが溢れそうになる。そのときだった。
「おい、木下!」
不意に呼ばれる自分の名前。思わず顔をあげると、自分の正面、荷物を持った班長の男子が、肩で息をしながら立っていた。
「え・・・」
驚きで涙が引っこむ。そんな自分の様子に気づかないように、こちらに近づいてくる相手。
「やっと見つけた。他の班はみんな揃ったから、バスはもう行っちまったぞ」
苛立ちまぎれの言葉。向けられる恨めしげな視線。しかしそんなことが気になる前に、申し訳なさよりも前に、疑問が先に頭に浮かぶ。
「でも、あんたはなんで・・・」
「お前が来ないから梶田先生といっしょに探してたんだよ。班のやつらもバスで先にホテルへ行ってる。俺とお前は先生と三人でタクシー使ってホテルまで行くってさ」
事務的な説明だった。心底うんざりしているのが見た目にもわかる。それでも、彼が必死に自分のことを探してくれたのは事実だった。息を切らすまで走り回ってくれたことが、ただただ素直にうれしかった。
早く帰るぞ、と差し出される右手。さきほど引っ込んだはずの熱が、目の奥から滲み出す。歪み始める視界の中、ごめん、と小さく謝ってその手を握った。
孤独に凍え始めていた心が温められ、ゆっくりと溶け出す。手を引かれ歩き出しながら、泣き顔を見られないように下を向いた。
息が引きつる。先程まで夜風に冷やされていた顔が、目を中心に熱くなっていく。手で溢れるものを拭いながら、きっと今の自分の顔は真っ赤に色づいているだろうと変な思考が働いた。
冷えた時と温められたときの温度差が激しいほど、葉はきれいに色づくのだ。
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