見出し画像

『ハイパーサイン + 足立レイ』の話

幾砂襷です。音楽を作っています。

この度投稿した曲
『ハイパーサイン + 足立レイ』が
The VOCALOID Collection(ボカコレ) 2023春 TOP100ランキングで23位を獲りました。

本当にリスナーの方々のおかげです。聞いてくださって本当にありがとうございます。感想もたぶん全部見てます。感謝…
今回TOP100は大体1700曲くらいあったらしいので、とんでもない位置にいるなあと感じています。

思ってたよりもずっと多くの人に動画を見てもらえたので、ハイパーサインの裏話的なものを残しておきたいと思います。話のメインは、どんな作品に影響を受けて、どんなことを考えながらこれを作ったか、ということです。この曲は様々な文脈の上で成り立っていますが、それを部分的にでも汲み取れる人はごく一部だと思います。なので、いろいろな作品の布教もかねて、ちょっと解説っぽいことしようかなって思いました。

ちゃんと歌詞の話とかしてるので、
もし見たくないよ!って人がいたらブラウザバックしてくださいね。
























もし見たくないよ!って人がいたらブラウザバックしてくださいね。
(2回目)


























足立レイについて

足立レイは、みさいる氏( https://twitter.com/missile_39 )によって製作され、そして現在も製作中のキャラクターです。
以下の記事によくまとめられています。

強調したいのは

初音ミクの等身大ロボットを作る過程での試作機が足立レイ
足立レイの声は元となる人間がいない

ということです。
この製作過程はみさいる氏が動画にまとめています。

合成音声ソフトは基本的に「元の人」がいます。
初音ミクであれば声優の藤田咲さん、可不であれば花譜さんですね。
ですが(合成音声としての)足立レイは、元となる人間がいません。

ではどう作ったのか?
簡単に言えば、サイン波は一番「基本的な波」なので、サイン波を正しく組み合わせれば理論上どんな波形でも作れます。これで人の声を再現しようとしてるのが2つ目の動画です。サイン波から合成して人の声っぽく整えていますが、その手法はかなり難しいと思います。力業。本当にすごい。ようやったわこんなん。。。。。

ロボット製作も合成音声の開発も、普通の人間はそれを個人製作で実行に移さないのがほとんどです。衝動的に動こうとする体を抑え込んで、冷静な心で計画をして、膨大なリソースを費やして、じっと考え続ける。足立レイはそんな風に、純粋な愛だけで作られたキャラクターだなって思います。そんなみさいる氏の動画に感化されて、足立レイのための足立レイの曲を作ろう!!と思ったのがこの曲のはじめです。それが2021年10月くらいなので、今考えればずいぶん長いこと温めてきたコンセプトですね。一回製作に詰まって寝かせていたんですが、いよわさんの『熱異常』でそれが再燃して今に至ります。すげえよこの曲。足立レイ使った今ならわかる。本当すごい。

ほかにも色々な特徴はあるんですけど、ハイパーサインという曲は
「足立レイは初音ミクの等身大ロボットの製作過程で生まれた」
「合成音声としての足立レイはサイン波からできている」
という情報を使っています。

足立レイの一連の製作過程をちゃんと見た後でアボガド6さんの動画を見るとね、涙がね…(布教1)

ちなみにこの動画内で出てくる

a01: あらゆる現実をすべて自分のほうへねじ曲げたのだ。

ATR音素バランス503文

という文言はATR音素バランス503文というものから来ています。
これは合成音声などの研究/製作のために人間が読み上げるための文章セットで、その1文目がこれです。なのでそっちの開発者界隈ではおそらくかなり有名な言葉です(自分は違うので真偽はわかりかねますが、、、)
創作者としても結構思うところがある文だなって思います。
この文はハイパーサインの歌詞でも分解して引用しています。

また、別の文

i04: 円形の軌道に沿って、地球をめぐっている。

ATR音素バランス503文

はそのままの形で引用しています。ハイパーサインの歌詞にたびたび宇宙的な部分があるのはこの文からの発想です。

hyperpopと hyperflip/dariacoreの文化

hyperpopという音楽ジャンル(というかムーブメント)があります。
詳しくは別の記事のほうが詳しいのでよかったら見て下さい。

hyperpopは、ちょっと不正確かつ超簡単に言うと、音割れポップです。
結構複雑な概念だし、「ハイパーポップとは何か」論に関して色々言うと話がややこしくなるのでここでは避けます。「デカい音の過剰なインターネット音楽」だと思えばいいかもしれないです。
日本の作品だと例えばhirihiri, yaca  - power!とか好きです。これがhyperpopに相当するかどうかわかりませんが、大分"hyper"ぽいです。特に音割れサブベース(ヴーーンてやつ)が一番わかりやすく過剰でとても良いです。

そのhyperpopから派生したムーヴメントとして、dariacore/hyperflipというものがあります。これは超簡単に言うと音割れremixで、有名な曲から音をサンプリングする(音を勝手に使う)ことで大胆にアレンジしています。マッシュアップ(複数の曲を無理やり組み合わせる手法)もよく行われます。詳しくはhirihiriさんのインタビューが詳しいです。

hyperflipの曲は「hyperflipの音」がするんですよね。(伝われ)
最近のお気に入り音楽たちです。

▲ 本家dariacoreとの出会いの曲です。hirihiriさんがdigital stars 2022で流してて面食らいました。dariacoreが流れる初音ミクのイベント、何……???

▼ 本家dariacoreで一番好きな曲です。なにこのdrop?

#dariacore と同じようなノリでxaevさんが掲げているのが#berdlycoreです。このムーヴメントの面白いところの一つは、同じような音割れ音楽をみんなが作っているはずなのに個性が出るところですね。出自というか得意とする音楽スタイルが違うのでそれが顕著に現れます。

日本でもこういう音楽を作っている人たちはもちろんいて、つい最近HYPERFLIP OVERTURE ( https://lostfrog.bandcamp.com/album/hyperflip-overture )というコンピアルバムがリリースされました。その中でも特に好きなものを一つ載せておきます。

このような文脈の、いわゆる"hyper"の部分をボカロでやりたかったんですね。ボカロの文脈でこれをしている人はまだあまり多くないのもあって。
そして音割れとかの"hyper"な文化はニコニコの音MADとかでもよく見るので、そこの親和性も高いかなと思ってました。

それと、このあたりのremixはみんなピッチを以上に上げてる(早回ししてる)ので、独特の変に高い声になるんですよね。
その声が合致するジャンルなら、足立レイ、合うんじゃないか、、!??
という類推で作ってみました。結果ばっちり合いました。

ボカロ + hyperpopやる人あんまりいないだろうな~wとか思ってたらそこのコンセプトがgaburyuさんとガチ被りしてて面白かったですね。
他にもhyperpopぽいの色々あったし。digが浅すぎる…
ウォーターマークは最高なのでぜひ聞いてもらって、、、、、


という訳で、一番やりたかったタイトルの意図は
"hyper"の音 + サイン波からできた足立レイの声
『ハイパーサイン』です。
足立レイの曲を作ろう、となった時、このタイトルが真っ先にできました。

(このネーミング自体は電音部の楽曲Hyper Bassにちょっと寄ってますね。まあでもサウンド的には全然違うので、、)

正直、自分ではこの曲の"hyper"度合いは全然足らないと思っています。
上で言う"hyper"の音の出番が少ないし、その度合いも弱い。
下のツイートの動画の箇所しか明確に音割ってないですしね。
でも『ハイパーサイン』はそれだけを考えて作ったわけではないので、自分の中で折り合いはついています。

hyper=「超える」

「ハイパー」という言葉は英語の接頭辞hyper-から取っていて、自分が使ったのは「過剰」「超える」といった意味です。「過剰」は上で説明してたhyperpop的な"hyper"ですね。普通を超えた程度を持つ、ということで「過剰」は「超える」に含まれるとして、ここではhyper=「超える」という意味で考えます。

人間の声から直接合成するのではなく、人間の声を模すようサイン波から合成されたのが足立レイの声でした。ですがその「ただのサイン波の集合」は今や言葉を音に乗せ、歌を歌えます。おしゃべりだってできます。足立レイの声が広まることで、我々は「これは足立レイの声だ」と認識することもできます。いよわさんの『一千光年』の中の足立レイの声を、消去法ではなく聞き分けられた人も多いと思います。その音はもうヒューマノイドである彼女の"歌声"であり、単なるサイン波を超えた存在であると言えます。

このような「無機質な対象に命が宿っているように見えるさま」の表現は初期の初音ミクの曲にもよく現れるものだと思います。0と1、といった言葉を使ったミクの曲は無数にあるはずです。肉声でない、単なる符号/信号でしかないはずの合成音声が、それでも人間のように歌い人間の心を打つ様をこの十数年でたくさん目の当たりにしてきました。自分もその一人です。
「ハイパーサイン」とは、ただの符号(sign)あるいはsin波がその無味乾燥さを超えて、意味を持つ歌声として"生きる"さまの表現でもあります。聞いてくれた人の中で、足立レイが生き生きとしていればいいなと思っています。


月と創作

sin波は我々の身近なところに溢れています。関数としてのsin波には周期性があって、一定時間たつと元に戻ってきます。また、sin関数は同じ速さで円形に動き続けるものを横から見ると自然に現れます。
(このような運動は一般に調和振動と呼ばれます)

円運動とsin波、青い点が調和振動している

では身の周りで最も身近に円運動しているものは何でしょうか?月ですね。
月は地球の周りをおおよそ円運動しています。長い目で見れば月の満ち欠けは円運動を横から見ているようなもので、新月には端にある光の先端は月の表をなぞって、満月になった後裏側に周り、新月で元の位置に戻ってきます。それは月から地球を見ても同じで、月面から見たら地球も満ち欠けをしているし、地球は月面のある位置から見てずっと同じ位置にあるのでその様子はより分かりやすいです。

"調和振動の街"というのは満ち欠けする地球のことでもあり、周期的に同じことを繰り返している私たちの日常のことでもあります。人間社会の動きのマクロな流れはだいたい1日/1週間/1年とかを周期とした退屈な繰り返し構造を持っています。そこから解き放たれて、美しい世界に飛び出すことができたら、という思いは誰もが持つ種類の憧れだと思います。普通の生活をしていたら、人間は月に行くことはおろか宇宙に飛び出すことすらできません。
だからこそ、人間にとって月は憧れの対象、そして創作におけるヒロインのような存在となってきました。

創作をする人間は、完成した自分の作品に出合うため、多大な労力と時間とお金をかけて製作を続けます。その一つ一つ積み上げていく過程が、人間が月に行くために積み上げてきた科学の集積に似ていると思いました。足立レイは初音ミクの等身大ロボットの製作過程で生まれた試作品であり、初音ミクに会うための手段として考えることもできます。
創作物を地球をめぐる月に例えれば、その完成は月面への到着を意味する。そしてその手段としての足立レイは、月に行くためのロケットに対応する。そのような思いで、宇宙船に足立レイがいるイラストを書いていただきました。本当に良いイラストです。
シブチャさん( https://twitter.com/SIVcha4pixel )ありがとうございます…

つまりこの曲は、普通の生活をだけしていたら絶対に出合えない「完成品」になんとしてでも会いに行く、という創作の過程の歌でもあります。
創作者による創作の歌って色々なものがあると思うんですけど、そのうちの一つとして心の中で輝いてくれるといいなと思っています。個人的に好きな創作の歌を貼っておきますね。(完全にいよわさんオタクが出てる)

余談

大体話したいことは終わったんですがあと1つだけ。
ハイパボリックサイン(hyperbolic sine)という関数があって、
名前的にも似てるし、実際この作品とは少しだけ関係があります。
noteの数式機能がうまく使えなかったので今回は断念します。

さいごに

ここまで見てくださってありがとうございます、
『ハイパーサイン + 足立レイ』をどうぞこれからもよろしくお願いします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?