Blurred...
今回かなりダラダラした文です。
文化力、というのが自分には少ないなと感じる。
文化資本が地方に少なく、都市部との格差が出るのは有名な話だが、東京大阪間でさえ超えられない物量があるのにどうしろってんだとは思う。
私は父方が音楽をやる家系に生まれたので必然的に音楽にはよく触れていたが、「3歳からのバイオリンで絶対音感!」とか「クラシックの英才教育!」とかいう程の熱血家庭でもなく(母の方針で避けたのもあるが)特別音感がある訳でもない。ちょっとピアノが弾けるくらいだ。
一方母方(というか母)は絵画の筋の人間で、買ってくる小物やら服の柄が激しかった。もちろん私にも適用され、恥ずかしかった。今の私が大学で絵画専攻に身を置いているのは母の影響があると思うが、絵を描くモチベが「母より美味しそうにご飯を描きたい」だったので現状途方に暮れている。
バックグラウンドを言うと、なんだめちゃくちゃ文化の人間じゃないかと言われそうだが、映画・展覧会・バンドや演劇などステージ系に触れる事がほぼ全くなく、どちらかと言うと社会の流行と近いそれらに触れなかったのは後悔している。文化資本が〜ともそれなりに関わりがあると思うが、小2にはiPhoneが存在していたしネットで出来ることもあったはずだ。
何となくサブカルチャー(?)の微妙なニュアンスのユーモアとか、人間劇を理解できない節があってそれが悔しくてたまらない。何ともあのサラサラしてるカルチャーに距離を感じてしまって、楽しんだり面白がれたりしない。最近のお笑い芸人を見ているとその系の文脈が多い気がしてどうも笑えない。(単純なものが好きなのかもしれない)
言語化が上手い人はそこに造詣が深いというか感度が高くて、写真とかいう新しいものとマッチ力あるよなあと思う。写真に愛されているな、という人はそういう人が多い。
まあ私はそんな人達が羨ましくってこう駄文を書いているんだけど、どうも感性の成長期を過ぎてしまったようで歩み寄ろうにも理解できないことが増えるばかり......
現代アートとかコンテンポラリー○○とかも増えて余計に混乱するし、もはやそっちの方が解釈の自由さを感じるまである。
文化力が少ない、というのは受け取れる文化の幅のことでした。人生の豊かさに直結しそうで一抹の不安が....
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