【創作】牡蠣と海鞘
−−−−−−親なる潮の底で牡蠣が海鞘に語りかける。
海鞘よ、聞いてくれるか
俺は同じことばかり考えてしまう
俺より大きな貝か、或いは漁師が来て
俺たちを残らず攫ってしまうのだ
その先のことなど考えまいとしようにも
酷い仕打ちばかりが頭を巡ってしまう
「牡蠣よ、まだ起きてもいない事象に憂うなど愚かなことだ
いずれ我々は死ぬ運命にあることに変わりないだろう?」
分かっているさ海鞘よ
しかしいくら考えまいとしようにも
この憂鬱がいつまでも消えぬのは何故なのか?
不安を取り払わんとする為には
苦しみを弄るのは致し方ないではないか
「牡蠣よ、もっとこの慈悲深き海に身を委ねてはどうだ
我々のような無い頭を使わずとも良い生き方もあるのだぞ」
海鞘よ、俺はどうにもそういう頭になれぬ
俺の小さい脳みそでも考えることは辞められぬ
他の生き物の肥やしとなること
それは美しく善きことなのだろう
しかしそれと言うのは
いずれは誰の腹の中を満たすまでもなく消え
その喉元に捨てられるだけに過ぎぬとも違わぬ
海鞘よ、俺が欲しいのは正論ではないが
等しく同情でもないらしい
考えども考えども
それを否定する己がいつも先回りしてくる
俺はいよいよ望んで苦しみを得ていると
錯覚してしまいそうになるのだ
「そう錯覚していると思っていても良いのではないか?」
そう錯覚してしまったら俺はどこまでも堕ちてしまう
いや、既に堕ち続けているのやもしれぬ
そうして一度全てが分からぬ状態になって
漸く俺は、俺であると認識ができるのだ
「牡蠣よ、お主はさぞ生きづらいだろう」
俺が生きづらかろうと何の問題があると言うのだ海鞘よ
この身は只の牡蠣に過ぎぬ
こんな牡蠣が、ない脳みそを使って苦しんでいるなど
実に滑稽で愉快ではないか
海鞘よ、お前はいつだって哀れみをくれるようだが
俺は寧ろ、こんな所業を笑って欲しいまでさ
海鞘よ
海鞘よ
海鞘よ
居なくなってしまったというのか
誰に連れ去られてしまったも分からぬ
お前はいつか俺を見届けるなどと言っていたが
俺がお前をそうしてやることすら叶わなかった
海鞘よ
すまぬ