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おちょんのその後/昔話「舌切り雀」

れんこんnote 091


おちょんのその後

 雀の舌を切ったおばあさんは、欲張ったために死んでしまいました。
 残されたおじいさんは、金銀財宝を手にしましたが、一緒に暮らしてきたおばあさんを失い、寂しい日々を送っています。

 舌切り雀のおちょんは、自分の舌を切った強欲なおばあさんを懲らしめようと思っていましたが、おばあさんが死んでしまうとは思っていませんでした。
 おばあさんを殺そうと思っていたわけではありません。
 ですから、おばあさんは強欲だから死ぬことになったので、自分がおばあさんを殺したわけではないと思うことにしました。

 ところが、嘆き悲しむおじいさんを慰めにいくことができません。
 おばあさんが死ぬ原因をつくったのは、自分ですから。

 おちょんは、毎日、おじいさんの家の近くへ行き、遠くからおじいさんの姿を見ていました。
 おじいさんは床下に穴を掘って金銀財宝を埋めてしまいました。
 そして、おじいさんは一人で、それまでと同じように、つましい暮らしを続けていました。
 おじいさんはとても寂しそうでした。

 おちょんは考えました。
 やさしくしてくれたおじいさんに報いたいと思って、小さいつづらに金銀財宝を入れました。
 おじいさんが小さいつづらを選ぶことを、おちょんはわかっていました。
 強欲なおばあさんが大きなつづらを選ぶこともわかっていました。
 ですから、大きなつづらには、蛇やむかで、ミミズなどの気持ちの悪い物を入れて置いたのです。
 それは、自分の舌を切ったおばあさんへの復讐でした。
 おちょんは、自分の心に復讐心があったことに気づきました。
 その復讐心がおばあさんを死なせ、おじいさんを悲しい目に遭わせたのです。

 おちょんは、自分の復讐心を憎みました。
 しかし、憎む気持ちは、復讐心をより大きなものにしてしまいます。

 おちょんは悩みました。
 どうしたら、おじいさんの笑顔を見ることができるでしょうか。

 死んでしまったおばあさんは戻ってきません。
 おばあさんを死なせた自分が出て行って、おじいさんを慰めることもできません。

 おちょんは悩みました。

 毎日、おじいさんはおばあさんの位牌の側に花を飾り、手を合わせています。
 それを見ていたおちょんは、花を届けることにしました。
 毎朝、おじいさんが起きてくる前、縁側の手洗い鉢に花を一輪だけ届け始めました。

 おちょんの心から、復讐心は消え、償いの気持ちに変わっていきました。

 毎朝、晴れた日も雨の日も花を届け続けました。
 おじいさんは、その花を仏壇の前に飾り、毎朝、毎晩、おばあさんの位牌に手を合わせていました。
 おちょんは、昼の間ずっと、遠くからおじいさんの姿を見ていました。
 しかし、遠くだったので、おじいさんの表情は見えません。


 1年が過ぎ、2年が過ぎ、3年が過ぎようとしているある日のことでした。
 おちょんが手洗い鉢に花を届けたところ、縁側の陰からおじいさんが顔を出しました。

「おちょん、やっぱりお前が花を届けてくれていたんだね。」
 おじいさんはそう言って、おちょんに近づき、おちょんの頭をなでました。

 おちょんはとてもびっくりしました。
 そして、おじいさんの顔を見ることもなく、飛び去ってしまいました。
 謝って済むことではないという思いが強く、おちょんはおじいさんの顔を見ることができなかったのです。


 翌日からは、家の周りを一周し、おじいさんの姿が見えないことを確認してから、花を届けました。
 おじいさんの姿が見えたときには、おじいさんが畑仕事に出かけるのを待って、花を届けました。
 花を届けた後は、遠くからおじいさんの姿を眺めました。

 そうして、また3年が過ぎました。


 おちょんは歳を取ってきて、飛ぶことが難しくなってきました。
 おじいさんの家に花を届けることが難しくなりました。
 ある日、おちょんは花を届けた後、手洗い鉢にとまって、おじいさんを待ちました。

 おじいさんが現れたとき、おちょんはおじいさんに別れの挨拶をしました。
「おじいさん、ごめんなさい。
 もう飛んで来れなくなりました。
 さようなら。」
 それだけしか言えませんでした。

「おちょん、長い間、お花をありがとう。
 おちょんがずっと見ていてくれたから、私もこうして生きてこれた。
 おちょんとともに生きてきたと思っているよ。」

 おちょんは、6年ぶりにおじいさんの顔を間近で見ることができました。
 おじいさんは、とても穏やかな顔をしていました。


 おちょんは、長い間、おじいさんとともに生きてきたということに気づきました。
 自分はおじいさんを見ることで生きてきたんだと知りました。
 おじいさんを見続けることで、おじいさんとともに生きたのでした。
 おちょんはうれしくなりました。

 やがて、おちょんは、まったく飛べなくなりました。
 もうすぐ自分の人生は終わります。
 でも、おじいさんとともに生きた人生だったと知りました。

 おちょんの心は、温かくなりました。
 おちょんの心から、償いの気持ちも消えていました。


 おしまい。




                                                          (2024年12月11日)

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れんこん/奥井
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