谷口幸治「ケーキの切れない非行少年たち」

谷口氏は児童精神科医として精神病院に勤めたのち、医療少年院に勤務。問題行動を起こす少年たちの診察をしてきた経験の持ち主。その中で、気付いたことと、それを改善した手法について書いている。
タイトルにある「ケーキの切れない」というのは、紙に書いた円をケーキに見立てて3人で分けるにはどうしたらよいかを尋ねると、困ってしまうというのだ。まず真ん中で半分に切る。それから片方をさらに半分にして、4分の1を2個と、2分の1を1個にする。それでは不公平になってしまう、と声をかけると、今度は、2本の平行な線を描く。5つに分けるには、というともっと混乱してしまう。このように認知機能に課題があるという事例をいくつか挙げている。そういった経験から「世の中のこと全てが歪んで見えている可能性がある」と考える。
勉強を理解するためには、その前提として、持っていなければいけない能力がある。それがないのに、できないからといって必死に勉強をさせても意味がない。勉強だけではない。例えば、仲間に入れてもらおうとして声をかけると、みんながバラバラに逃げ去っていく。その動きを見れば鬼ごっこを始めたと通常なら気付きそうなものが、そう理解できなくて、仲間外れにされたという気持ちになるのだ。これくらいの勘違いならいい。うまく仲間に入れないことでいじめの対象になる。いじめによるストレス少しずつ積もっていき、被害者が新たな被害者を生んだのかもしれないという。

認知機能を高めるための訓練を思いついた著者は、さっそく実践してみる。しかしうまくいかない。「こんなことをやっても無駄だ」という雰囲気を誰かが出すと、それがあっという間に伝染して、全体が白けてくる。真面目に取り組もうとしていた少年たちでさえ「こんなことをやって意味があるのですか?」と言い始めた。「やはり駄目なのだ」と投げやりな気持ちになった。著者は教えたり問題を出したりするのをやめ、文句を言っていた少年たちに「では代わりにやってくれ」と彼らを前に出させ、少年の席に座った。自分の苦労を体験させようと思ったからだった。
ところが、そこで驚くことが起きたという。著者を無視していた少年たちが「ボクにやらせて下さい」「ボクが教えます」と先を争って前に出てきて、楽しそうに問題を出したのだった。他の少年たちも、同じ立場の少年から出された問題に答えられないと恥ずかしいという気持ちから必死になった。皆が真剣にトレーニングに参加するようになり、表情も活き活きとしてきた。
著者はこのやる気のなかった非行少年たちが劇的に変化した瞬間を経て、教えるという視点ではだめだということに気付いた。これまで多くの人から「こんなこともできないのか」とバカにされて続けてきた少年たちは、自分たちも「人に教えてみたい」「人から頼りにされたい」「人から認められたい」という気持ちがあったということを知ったという。

このエピソードを読んで思ったのは、非行少年たちが決して特別な人間ではないということだった。もちろん人より、認知能力が低く、結果として知能も劣っていたかもしれない。感情コントロールが低くて感情のブレーキが利きにくかったりするかもしれない。でもこうしたことは、一般的な子育てや学校教育でどうにかするのは難しいけれど、そのためのトレーニングをすれば認識力を身につけたり、感情コントロールがしやすくなったりするのだ。
最後に著者は提言している。刑務所の中の受刑者を一人養うのに年間300万円の経費がかけられている。平均的な勤労者は消費税も含めて100万円程度の税金を納めているから、これは年間400万円の税金の機会損失になる。これを全国の刑事施設の収容人数5万6,000人をかけると2,240億円の損失、さらに、財産犯だけでも2,000億の損失なので、他の犯罪も加味すると、損失額は年間5,000億円をくだらないという。
トレーニングは、具体的なやり方が本には書かれていたけれど、言葉遊びや身近な道具を使ってできるものばかりで、遊び感覚でできるものだ。時間も5分もあればできるものだから、ぜひ学校教育などで取り入れてほしいと著者は提言している。

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