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表現塾「寺ノ子屋」 第4期公演『グラデュヘイト』 を観て、想ったこと・勝手に感じたこと

『グラデュヘイト』の感想
*あまりにも長い(1万5,000字超え)ので、ご注意ください!


正安寺悠造さん、という方の名前は知っていた。


私のダイスキなパフォーマンスグループ「梅棒」の作品に、客演さんとして出てた人。

その役柄は知っていたけど、正直いうとそれまでお顔をちゃんと認識したことがなかった。


つまり、どんな人か全然知らなかった。



実は、正安寺さんは脚本家で、演出家で、指導者で、振付もして、そして私が知る限り、ダンスが嘘みたいに上手な役者さんだ。

でも、演者として以外の彼を、私はつい最近まで一ミリも知らなかったです。


もっというと、私の大好きな「梅棒」は、セリフが一切ないダンスと芝居とJ-popだけで構成される舞台を中心に公演されているので、演者としての正安寺さんの演技やダンスは観たことがあっても、しゃべっている声を聞いたことはなかった。



その正安寺さんが主宰する「寺ノ子屋」という表現塾がある。


インスタにこんな説明が書いてあったので、そのまま貼り付けると…


舞台創作プロジェクト【寺ノ子屋】 
表現とエンターテイメントの寺子屋。ここは俳優・女優・ダンサーなど様々な表現者がステージクリエイトを通じて学んでいく場所。

teranokoya.jimdofree.com


はい。

ご興味のある方は、詳しい内容をぜひ直接お問合せしてみてください。

Twitter: https://twitter.com/oteranokodomoya

Instagram: https://www.instagram.com/teranokoya/?hl=ja



その寺ノ子屋第4期の塾生の皆さんが、そこで学んだ表現発表の場として上演された『グラデュヘイト』という作品を観てきた。

公演期間は、2022年11月26日〜28日。会場は吉祥寺のスターパインズカフェ。

地下をどんどんどんどんと降りていく、文字通りアングラ感満載のライブハウスだった。


そう。

普段オーサカに住んでいるのに、私はわざわざこの作品を観るためだけにトーキョーまで行ったのだ。


自分で言うのもなんだが、私は毎日そこそこ忙しい経営者の端くれである。とはいえ、比較的スケジュールは自分で決められることも多い。

そんな私が、わざわざ、それまで全く知らなかった正安寺さんのやっている表現塾の、おそらくここで会わなければ一生すれ違うこともない塾生の方々が演じる作品を観るってこと自体、自分でも摩訶不思議な話ではあった。今回の塾生さんの中には、これまで全く演劇もダンスもやったことないという初心者の方もいると言うことだった。


なんで行く気になったかと言うと、ちょうどその1ヶ月ほど前に、正安寺さんが大阪でワークショップを開き、それを梅棒さん経由でたまたま知ってしまい、エイッと参加してしまったからに他ならない。そう、演技もダンスもど初心者のくせに、その融合の表現みたいなのをやってみたい!!! と強く思った私がいたからですね(笑)。

そして、その体験がとてもとてもとーっても楽しかったので、自らも演じる人なのにこういう“機会”というか“場”を作り出す正安寺さんにものすごく興味を持ったからだ。


当初は、せっかく東京に来るんなら、東京でできる他の用事もこのついでに済ましちゃえ! と言う目論見があった。なぜなら、この公演を観るためだけに東京までの往復の交通費と宿泊代をおいそれと出す心境にはなかなかなれんよなフツー、と思っていたからだ。


なので、3日間あった公演日の真ん中の日の夜公演だけ観る予定だった。

その日の朝に大阪を出て、昼間に一件他の興味あるお芝居を観て、夜その「寺ノ子屋」の公演をみて、次の日は午前にまた一本用事を済ませて、まっすぐに大阪に帰る予定だったのだ。



結果、私は全部で5回あった公演の3回も観てしまった。



前置きが大変大変長くなったが、この感想は「なんで3回も観ちゃったのか!?」と言うところに焦点をおいて書いてみたいと思う。


元々、私はダイスキになってしまった舞台公演は、一回だけでは物足りなくなり、何度もリピートしてしまうタイプの人間だ。ここは前提としてあるわけです。


もう20年以上も前にロンドンで10年ほど生活していた時。マシュー・ボーン氏のAMP(当時のAdventure in Motion Pictures 今のNew Adventures)に出会い、見事にハマり、代表作である『Swan Lake』はもう数えられないくらい劇場に足を運んだ(当時は学生だったので、信じられないくらい安い料金で観られたというのもある)。ロンドンのど真ん中にあるめちゃ小さい劇場で、公演が終わると演者の皆さんやマシューさんが裏の安くて美味しいカフェでご飯食べてるところにフツーに出くわす。私たちはそのカフェで彼らと一緒にご飯を食べたり、マシューさんにもすっかり顔を覚えもらい、いろんなお話をした。


そんなこんなやってるうちに彼らはどんどん人気が出てきて、海外公演が決まった時には本当に嬉しくて、勢い余って彼らの初海外公演であるLos Angelesまでついて行ったくらいだ。この時の逸話はもう両手に余るくらいある。ひと気の全くない真夜中のロスのダウンタウンで、演歌を歌い叫ぶ道に迷った日本人女子がパトカーをヒッチハイクするとか、ほとんどが今となっては甘くて苦くて酸っぱい思い出だが、リアルにヤバかった出来事の連続だった。もう一生絶対忘れられない圧倒的に強烈な記憶の塊。



今思えば、マシューさんの作品も、いわゆるセリフが一切ない音楽とお芝居とダンスだけで進んでいくオリジナルの舞台。うん。そういう表現方法が、私はダイスキなんだ。

音楽は、がっつりど正統派の世界的なバレエの代表曲、チャイコフスキーの『白鳥の湖』。そして演者は、英国バレエの最高峰ロイヤルバレエの元プリンシパルはじめ、錚々たるメンバー(=ピカデリーシアター裏のカフェ仲間 笑)。そしてオーケストラのライブ演奏!! だがストーリーはオリジナルで、ややもすればB Lの世界ズブズブやんか! 的なヤツ!(いや、もちろんストーリーも基本的には『白鳥の湖』がベースにあり、王室のあり方、LBGT、階級社会、親子関係などへの問題提起もあり、深さと面白さは半端なし)


そうして、クラシックバレエの世界に大胆な挑戦をした、つまり「一歩踏み出した」マシューさんはこの作品とそれ以降の作品で、とてつもない世界的な評価を得て、なんと50代で”大英帝国勲章(OBE)”を与えられてしまった! この分野でこの快挙とか。なんかスゴない!?(私の先見の明がね 笑) 


で、このまま放っておくと、結局本当にダイスキなことを疑いなくやっていると、ニンゲンはどんな夢も実現するんだぜ、という話になるのだが、それはこの場所では深く述べない。(が、おそらく究極的にはこの世で一番大事なお話)



なんというか、マシューさんも、梅棒さんも、そして正安寺さんも、どこか一本通されている「筋」というか、大事にしているところが近い気がする。そしてみんな揃いに揃って、セリフがあったりなかったりするお芝居と良い音楽と卓越したダンスを使って、秀逸なおとぎ話を語ってくれる。一見日常感溢れる非日常の世界の中で、5感+あと2、3の別の感覚(記憶や感情や魂的なナンヤカンヤ 笑)がブワーっと揺さぶられるヤツ。本当にストーリー(脚本)の展開、構成がどう考えても全部超絶ヤバい(語彙力のなさ、申し訳ない!)。



私はマシューさんも梅棒さんも、かなりの作品数を観てきたので、彼らのストーリーテリングの方法論というか、そういうところの共通点は薄々感じてきたと思う。


だが、正安寺さんが生み出す他の作品を一本も見たことがないので、今回観せていただいた『グラデュヘイト』が、彼の作品群の中でどんな位置付けにあるのか、全くわからない。

ただ、この人も想像を遥かに超えてなんかヤバい!!(語彙力がないのよ、許してください!) って、フイっと軽く、でも強く思った。


ごめん。

もうアレよ。


Don’t think!

Feel.


今回の作品は、正安寺さんのお仲間でもあるワンデー櫟原さんによると「彼の他の作品に比べてエンタメ性が高い」なのだとか。わたし的には、作り手が「お客さんが観る/聴く/味わう」という前提で作っているものは、すべてエンターテインメントじゃなかろうかと思ったりもする。もちろん大衆受けするわかりやすさとかマニアックすぎるとか、今回ならダンスシーンが多くて動きがあるからとか、手法的には色々あるだろうから、そっちを言われてたのかな。


まあ、正安寺さんの他の作品を一つも知らないし、なんならいわゆる「お芝居」と言うもの自体も基本的には全然観てないし知らないので(基本的にダンス要素がないとしんどい気がする)、何とも比較もできず、なにも言えない(泣)。普段はもっと暗くてドロドロ系が多いよねという雰囲気を感じたのだが、また機会があれば、動画など残ってるのがあるなら観てみたいですね。あんまりドロドロが過ぎるのはちょっと苦手かもだが。


今回のお話は、なんだか体内の話で、そこにある学校の卒業のお話なんだ、というのは事前の告知で読んだことがあった。

ああ、感情のキャラ化のヤツかな? 


もしくは

あの細胞とか器官とかのキャラ化のヤツかな?


とか、ぼんやりと思っていた。


で、卒業をどう絡ませるんだ?????


私は、自分がノンフィクションを書くのが仕事だったこともあり、どちらかというと得意なんだけど、フィクションを書くのには難しさを感じてしまう。いわんやお芝居の脚本をや!


だけど、私たちが生きていく上で、目に見えないとても大切なことを伝えるのに、フィクションのストーリーはとても役に立つし、受け手としてはめちゃくちゃダイスキです(笑)。


でもね、一回観ただけでは、この正安寺さんという脚本家・演出家の本当に言いたいことが全部自分に伝わったとは思えてなくて、しかも塾生の方々のポテンシャルにおいても「んんん??」と感じる部分もいっぱいあった(ただただ自分の理解力が低いから)。


だから、1回だけでは、私はダメなんです。


逆に「んんん??」って思うってことは、何か、そう、脳かハートかどっちかに、よくも悪くも引っかかってしまったということ。


同日に2回観ようとした決断もかなり即決できずに苦しんだのだが、次の日の3回目をみる決断は、もっとヤバかった(だから語彙力ないんだって! すまん!)。


なんせ、返金・取り換え不可の新幹線のチケットを一枚丸々パーにしたわけで。もちろん観劇も前売りよりも若干高めの当日券も追加購入したわけで(なんかお金のことばっかり言ってるやらしい人みたいですね、私)。


でも、フツーしなくないですか? そんなコスト背負ってまで。

一生に一度、観られるか観られないかの世界のトップスターに会いに行ってるわけじゃないんだし。なんなら2ヶ月ほど前まではど素人だった人もいる公演。


でも、考えようによっては、客演で踊って芝居しているところしか知らなかった人の、そしてやたらその活動に興味を持ってしまった人の、企画・脚本・演出・出演(しかもセリフあり!)とフルコンプしてる作品は、今の段階で私にとっては「これを逃したら一体他のどこで観られるんよ!?」というダダ高い「価値」があったということだ。



<1回目(29日16時30分〜)を観た時の正直な感想>


きっちりホテルからの最寄駅で迷い(お約束)、予定してた電車に乗り遅れる。もちろん吉祥寺駅からも迷いに迷い、やっと到着。そこから地底への階段をひたすら降りていったはずが、オープニングに間に合わずにあてがわれた席は2階席だった(ココはどこ?)。


オープニングM Cの途中、ワンデーさんの「高槻の小学生が必ず遠足で行くポンポン山」のくだりにギリ滑り込んだため、異世界の中でさらに別次元にぶっ飛ばされた感がすごかったが、なんとか追いつく。「オーサカ人でもほぼ95%知らんやろ、ポンポン山!?」 超絶ローカルネタに、図らずも知ってた自分に思わずニヤリ。2階席は全体像が俯瞰でき、冷静に作品が観られてとてもよかった!


わ、ステージが狭くない?? みんなぶつかったりしないよね? という全く余計な老婆心を抱きながらの観劇だった。そして、謎が謎呼ぶストーリー設定に頭の中を「?」でいっぱいにしていく観客。


そして中盤になって突如露呈する「え、奥さんの子宮の中の話なの!?」という展開があまりにもあんまりで、一瞬バキッと首筋にチョップを入れられた感覚になってしまった。


その後は、話の辻褄の調整に脳みそが動き出してしまい、そしてもちろんエモい後半の展開で、なかなかなエネルギーを取られる作業量だったわけです。つまり、なんというか脳と感情のバランスがちょっと取りづらかった感がすごい(個人的に)。


一方で、オープニングのダンスシーンをかなり冷静な視点から観て、「あ、あんまり上手じゃないやん…」という、マジどストレートな感想があったのはたしかです。

特に初心者の方やダンスをほぼやったことない方の存在は、普段「ダンスが上手くない舞台」を観ることのない私には、まあまあ「いい方じゃない意味で」衝撃的だった。

めっちゃくちゃダンスの上手い人とそうでない人が、同じステージでお客さんの前で一緒に踊っている。その光景を理解し取り込もうとする試みは、普段の観劇ではよっぽどのことがない限りあり得ない。あまり辛口になるつもりは一切ないけど、正直なところ、一観客としては心身ともに若干のストレスを感じた。そう、ミもフタもない言い方すると「不協和音」。

(つい1ヶ月ほど前の大阪でのワークショップで、そのストレスの最大原因であった私自身のことは、5億光年彼方に放り投げて言ってます、はい)


ただ、おそらくだが正安寺さんが生み出し、観る側に問いかけてくるのは、「これもアリでしょ!」の世界。お金払ってるんだから、それなりのものを! と言う見方ももちろんあるだろうが、ここに立っている塾生さん一人一人のリアル、一人一人のストーリーもまた、この舞台の味わい調味料の一つと言うことか。観る側の器を広げてくれる? 鍛えてくれる?_


夜の部が始まるまでの間に、カフェでぼんやりと振り返ってみると、なんかココロが妙に嬉しがってるのを感じていた。

もっと観たいヤツだわ、コレ… と。


後半に、誰もが一度は感じてしまうであろう自己肯定感の低さとか劣等感とかが丸出しになるセリフとかあるんだけど、ソラコさん(ノアちゃん)の演技力が素晴らしすぎて、綺麗な涙となって流れ出し、心が洗われた気がした。そう、浄化だ!


でもやっぱり、演者さん、もっと上手くなってくれた方がウレシい。とかなり本気で思っていた。そう、未熟なスキルって、アレですよ、アレ。

「そっちにばっかり気がいってしまい、全然話が入ってこない」。

(我ながらの歯に衣着せぬ言い方、本当にスミマセン)




<2回目(29日20時〜)を観た時の正直な感想>


「え、どうした? クオリティ一気に上げてきてるけど、ナニがあった!?_」

という新たな衝撃。


あの少ない休憩時間(18:30~20:00?)に、一体何をどうしたらこうなるの? というくらい全体のクオリティが上がっていた。特にキャストの皆さんの顔の表情、カラダの可動域、舞台上の間、そしてキャスト間の空気のあったまり方が全然違う。


ダンスシーンの違和感はやはり残っているのだけれど、全体のエネルギー値の高さというか波動の高さで、1回目ほど気にならなくなっている。


今回は衝撃のストーリー展開がわかっている分、そこで受けるダメージが1回目より少なく、私自身ももっと話の深いところや、個人個人のキャストさんの個性などにじっくり向かい合うことができるようになっていたのだろう。


もうほんと、いろんな階層(レベル)で、いろんなものが詰まりすぎていて、整理整頓して書くのが難しい作品だ。


2回目の観劇で強く感じたのは、中田さん(マカちゃん)のキャラがめっちゃくちゃイイ、ダイスキ!! ということだった。


生徒役の中では、多分人前でパフォーマンスすることに一番キャリアがある中田さんがバチッとキャラにハマっていたからだと思う。マカちゃん自身のキャラなのか、中田さんが元々そんな感じなのか、多分両者は限りなく近いんだろうけど、その上まあまあ私自身のキャラとも多少被ってる気がして、めっちゃお気に入りマークしてしまった。

そう、一見明るくて元気なキャラは、実はそればっかじゃない本当の自分が出しにくいんだよ。他人の面倒見る係、気を遣ってあげる係、みんなより能力高めでみんなを引っ張って元気出させてあげる係。だから、弱いところ絶対見せちゃいけない!


頑張りまくって一番になっても、結局最も闘ってるのって、見かけの強そうな自分と自分の本当に柔らかで弱い部分なのかもね。そういう難しい部分を中田さんがとてもダイナミックに、そして繊細に描いてくださり、深く共感。ありがとうございます。


運動会の時の中田さんの細かい表情や動きが最高! 315〜!!(”サイコー” 笑)

特に綱引きのシーンが大好きで、マカちゃんが圧倒的に強くて、圧倒的にかわいすぎて、ほんとヤバかった(語彙力!) 何やっても負けてしまう対戦相手のウルちゃん、ノアちゃん、トニちゃんの仕草や表情もこれまためっちゃくちゃカワイくて、なのにエメ先生がどこまでも凛としてカッコよくて美しくて、ここのシーンはマスクの中で口角が裂けるほど全力でニコニコしまくってた。


拝見した3回中、騎馬戦でメイリンちゃんの頭の紙風船がバチコッと一撃で割れたのが最後の1回だけだった。この回も一撃で決まらず、何度も何度もメイリンちゃんの頭を必死でどつきまくる(!?)中田さん。ひとつ前のアフタートークで、稽古の時はいつも一撃でした、とのお話を聞いていて、こういう裏話聞いていると、細かいツボにハマって楽しい。あのコンビ、ホンマ最高です(微笑)。



あと、騎馬戦では、バナナの皮で滑っちまった柚ちゃん(ウルちゃん)の「お、オレの無念を晴らしてくれ…」のシーンも良き良き。


柚ちゃんは、全力でご自身と真反対(ご本人が言ってた?)の性格である真面目優等生ウルちゃんを演じている姿がとてもいじらしくて、でもちょっとだけ天然にボケられるところが最高で、思わず抱きしめたくなる!(笑) カワイイがすぎますね。ピヨンとはねた三つ編みも、メガネの奥でカレイドスコープ並みにくるくる変わる表情もほんと魅力が炸裂してる。最後に聞いてしまった関西弁が、めちゃくちゃズッキューンでした^^



運動会のシーンは、中身がいっぱい詰まった“動き”があり、音楽ともばっちりハマってて、ただただイイな、イイな! と中田さんを筆頭に、塾生さんたち全員の魅力に惹き込まれてしまっていた。特に、この曲はワンデーさんの振付・監修(あってます?)と言うこともあり、アニメ感満載のスピーディーな展開が素晴らしかった。梅棒好きな人は、多分ものすごく満足感が高かったと思う。


それから観劇も2回目になると、どこを切りとっても安定の“麗しゅう”エメ先生の心の機微がもっとグイッと前に出てきたり、ラブ校長とヘイトの絡みダンスの意味がもう少しだけわかってきたり、ノアちゃんの苦しみと希望だけではなくそれ以外の子たちの存在感が浮き上がるようになってきたり。そして、憎しみと愛に彩られた短かくも濃い人生がエグ過ぎるほどのリアル感で迫ってくるヘイトの叫びなどなど、1回目では比較的軽く流していた部分が「ズンッ」と重みを増して入ってくる。自分の中にあった共感や痛みが浮き彫りにされて、あちこちでドカーンドカーンと浄化が起こってくる感覚が何度もあった。そのたびに号泣。


この作品は、やはり複数回観て初めて、本当に作り手さんの意図がじわじわ入ってくる感じ(まあ、瞬発的な理解力の乏しい私だけかもしれないけど)。


アフタートークの後の、演者さんと話せるコーナーみたいな時間があったんだけど、実はこれ、かなり勇気と覚悟が必要だ(少なくとも私には)。伝えたいことがあったとしても、他にももっとたくさん伝えたいことがある方もいるだろうし、私ごときの演劇についてナニも知らないド素人の感想を聞きたい人って本当にいるのか? いや想いはあるんだけど、そんな瞬間的な言語化はムズイよ! とか、まるでノアちゃんのようなことを考えてぐるぐるしてしまう。それでも、この回は中田さんのマカちゃんがダイスキになったことをお伝えしよう! と思って勇気を振り絞ってお伝えできました。喜んでくださって、私もとても嬉しかった。




<3回目(30日16時30分〜)を観た時の正直な感想>


と、コレを語る前に、3回目を観ると決めるまでの私自身のココロの葛藤がまあ大変。

いやもう、直感的には「観とけ!」一択なんだけど、財布の中身にもそれなりに限度ってものがあるしなあ、という葛藤。

まあ、結局直感に従うのが一番なので、自分の脳みそがあれやこれやのへ理屈で必死に抵抗するのをどうなだめるのかという問題だったわけですが…


と、事後なのでこんな平板な物言いで済んでいるが、あの日はずっと渋谷のカフェで道玄坂を行き交う人を眺めながら、朝ご飯を食べすぎたためのお腹の痛みと刻々と迫り来る新幹線の乗車時間と戦っていたのだ。そう、信じられないくらい長時間、悶々とどーするどーするどーするよ!? と果てしなく自問自答していた私。


そんな中、オーサカで知り合ったワークショップの仲間が、ずっとその時の私の心の声をツイッターで追いかけてくれてたそうだ。

悩み続ける私に、「で、結局どうすんねん!!?」とずっとモヤモヤしてたらしい(カワイイ 笑)。


後でわかったのだが、彼女もこの一回の公演を観るためだけに、オーサカからトーキョーに来ていたんだとさ。やっぱりこの界隈、変な熱いヒト多くね???

ってか、正安寺さんの引力ヤバぁ… 

(そんなにモヤってるなら、何かリプしてくれてもいいのにね 笑)



その仲間がいることを知らずに、ついに腹を決めた私は、3回目、あの吉祥寺の地底に降りていった。この客席の中では「この舞台を(多分)一番たくさん観てる人、アタシ!」という謎の長老感を抱えつつ。


これで最後じゃ。 と言う想いから(なぜか口調も長老風)、悔いのないようにしっかり見届けようぞ、とガチにメンタルも長老化し出してくる。


いやもうぶっちゃけ、気分はこの5人(かわいいかわいい4人と美しくかわいい1人)の愛娘(塾生さん)の成長を見守るおじいちゃんなわけ。


「いや、まあそこはお母さんでいいやろ!」と自分でツッコんでおく。



3回目の最初からマジで目を見張ったのが、メイリンちゃん。


正直、1回目を観た時には、この子ほんま大丈夫かいな!!? と思っていた。めっちゃ思ったのよ! 本気で一生懸命やってるのはちゃんと伝わるんだけど、その他のメンバーとの格差が気になって気になって話が頭に入ってこない…


3回目。

いやもう別人なの?


こんなにエグい3段階変化が起こっていく様を目の当たりにして、これがステージマジックなんか!? と思った。(そんな言葉あるんでしょうか?)


3回目に観たメイリンちゃんは、ステージが自分の居場所であることをしっかりと自覚した一人のパフォーマーだった。その自覚一つで、こんなにニンゲンって変われるんだ!!  と本気で驚き以外ない。

 

彼女はまだとても若く、お稽古の中できっとスポンジみたいにたくさんのスキルを学んだんだと思う。でも、限られた時間の中では、数年ものキャリアを持つ先輩方にはなかなかに追いつかないこともあるでしょう。しかし、実際のステージに立つことで、お稽古場ではリアルじゃなかった「舞台人」としてのオーラを放ち出してしまったんだね。


そう、変態。


いや


まあ、変容。


(最初の言葉もあながち間違いではないんですが、さすがに誤解を招きかねないので、変えてみただけです。あってます!! 例)さなぎが蝶になること(変態))



ああ。

この瞬間に立ち会えてしまったことこそ、この作品を観に来た私の最大の感動ポイントだった。

そう、随分な出費と引き換えに、わざわざ3回も観に来た意味!!


メイリンちゃん、ありがとうございます!!!

すごいねー!

I’m sooo proud of you!!



それでなくても、もうお母さん的にはかわいいかわいい5人の愛娘たちの一挙手一投足が本気で愛おしくて(笑)。


その上で、どんどん膨れ上がる「表現することが楽しくて仕方ない!!」「この仲間がダイスキ!」「この場にいること超シアワセ!!」というキラキラの熱量を帯びた一人一人のオーラ(波動?)がバッシバシに伝わってしまい、その場におるだけで泣けてくるヤツになっていた。

(勝手な妄想が暴走してますので、違っていたらご勘弁ください)



さて。

これは完全なる私の個人の勝手な妄想チックな意見でしかないのだが、長いこといろんな舞台やライブを見てきてうすうす感じてて、今回かなりクリアに降りてきたことを書いてみる。


何度も何度もリピートして観たくなる、参加したくなる、体験や共有したくなるもの、つまりは、魂が惹かれてしまう作品や舞台やライブや、きっと全ての表現する機会を持つ人たちの活動、そういう場において共通するのは、そのチーム、座組、バンド、他なんという名前がつくのかわからないけど(!)の、「チーム力」だ!



うー。

すごくもったいぶって言ってるし、自分的にはすごい発見したつもりなんだが、語彙力がなさすぎてマジ伝わらない…


えと、もっと平たく言うと、私が大好きになるアーティストや役者や表現者の人って、本当にみんな仲がいいんだわ!!!



あまりの平凡すぎる言葉しかなくて、もう絶望しかありませんが、これはガチ。



「みんながお互いを尊敬し、信頼しあってるチームの在り方」



もう、コレでいいでしょうか!?(逆ギレ)


そんなチームができてしまったら、本来個人個人が持つそれぞれの才能や能力や努力が、フツーの足し算じゃなくて、二次関数的にぶち上がってしまう結果がついてくる、ということが言いたいわけ!!(キレる意味がわからない)


さらにいうなら、客席に飛んでくる「ワクワクエナジー」(何ですか?)の量が、暴発した感じになるので、本気でヤバい(はい、もう語彙力無視してください 笑)


メイリンちゃんなんて、ほぼ0-1(ゼロイチ)のど初心者だったわけですよ。


それが人生初からたった4回目のステージで(私は5回目を観てないので)、ここまで行くんですかね? 変態しちゃうんですかね!?(笑)



人間って、自分ですぐ限界作りたがるのだけど、

限界作る意味わからない!!


そう

あなたの魅力は無限です。



感想は以上です!!



と思ったけど

すいません。

個人的にまだ語り尽くせてない方がいるので、もちょっとだけ書きます。



<ワンデー櫟原さん>

一見とてつもなくわかりやすいこの作品の唯一のキワモノでありワルモノ(的存在)「ラブ校長」を見事に演じ上げた、超強烈な個性の持ち主さん。会場で席についた途端に聞こえてきた「ポンポン山の遠足」の話。え、このヒトなにもの?? の親近感がすごかった。というか、吉祥寺の一角で、ポンポン山の話ができる、そしてスベリ倒してもまだなお同じギャグを繰り返し投げ続けるハートの強さが、最高です^^


役柄もプライベートでも、正安寺さんとは息がピッタリなことがよく伝わってくる。今回請負われたのが、この作品の重要な位置を占める、明らかに“闇”とか陰陽の“陰”の部分。エメ先生へのパワハラ、セクハラ芝居は、いやはや気持ち悪いのを通り越して、本気で悪寒が走ったほど(ほめてる)。誰もが持ち合わせているであろう人間が抱える“闇”の部分。でもそれは実は”愛(Love)”の創造物である、と言うオチが本当にスンっと入ってきて、深いところから泣かせていただいた。


声がステキですね!!

ダンスもステキでした!!


繰り返しになりますが、運動会のシーンの楽しさ、最高でした^^




<関口空子さん>

まだお顔を見てちゃんとお話する前から、ジャムのお礼をツイッターのDMに送ってきてくださり、こちらの方がお礼を言わねば!!!! と言う状態になってしまった。ありがとうございます。
正直、最初はメイリンちゃんと共に、「少しダンス苦手組」のお一人、という認識だった。なので、ソラコさんにも「無理しすぎてないかな、大丈夫かな!?」と少々勝手に心配しておりました(ほんと、余計なお世話 笑)。


役柄のノアちゃんは、脇でモジモジとしている子、一人だけ卒業したくなかった子、卒業候補生の中で、唯一自己肯定感がめっちゃ低くて、「私なんて…」と言う言葉がすぐ出ちゃうのがデフォルトの子。


そう言う性格が、母親に愛されずに自暴自棄になっていた、奥さんに出会う前のヘイトにそっくりだと言うところが、今回の卒業のターゲットになっていたんだろうが、そのあたりの読み込みがちょっとだけ難しかった。(3回観てやっとたどりつきました…)


でも、ヘイトとの絡みの理解が及ばなくても、いわゆる典型的な“陰キャ”設定だけでも意味は通じていた。で、ご本人もかなりノアちゃんと自分が似通っているとおっしゃっていたのを聞いて、今回のキャステティングの妙に感嘆してしまった。

そういうキャラが重なる部分も含めて、ソラコさんの演技がドチャクソ(言葉!)上手い!!! さすが役者さん!!


ソラコさんご自身の、想像を遥かに超えてくる尋常じゃないやさしさ、脆さ、繊細さ、それでいて芯がピシッと通った潔さ。これはもう応援するしかないやん!! もちろん、これからのノアちゃんとお母さんの生活も、そしてソラコさん自身も。


ほっそりしたか弱さ満点の肩幅、抱きしめたら折れそうな腰。そんな華奢なカラダで苦手なダンスに一生懸命に取り組む姿は、“上手さ”とは別に、誰の胸も打ちますね。


なんだか、競泳選手時代に養った見事な逆三角形の背中を持ち合わせ、無理やりトライアスロンの大会に出さされて、レース後に水着で歩いてたら背後から会社の同期に「オマエ、ほんまにえーカラダしてんなあ!(別の意味で)」と言われたことのある肩幅の持ち主(私)にしてみたら、そんな女性らしい体つきは、マジで羨ましいです。うん。



<大橋由起さん>

文字通り、You are the perfect human!! のごとくの存在感。

ダンスがめちゃくちゃ華麗でお上手で、その上スタイルがよく、ものすごい美人さんで、クールなのに笑顔が可愛くて、さらに演技も役にばっちりハマっていた。す、すごい! ダンサーさんなのか女優さんなのか、という質問はいらないほど、自然に作品の中に存在している方。その存在はまさに、本当に輝く“宝石”のようでした。


今回、「入学式」と「文化祭」という、かなり物語の中でも重要なシーンのナンバーを作られたということで、クリエイティブな才能もハンパないのが素敵すぎる。


またエメ先生というかなり難しい役どころを、これ以上ないんじゃない? というくらいパーフェクトに演じてられて、すっごいな! と思った。


生き残るために感情を殺し続けなければならなかったエメ先生…。でも、この世界(学校)のカラクリに気づいたとき、ヘイトと奥さんから受け継いだ素敵な人間らしい部分をちゃんと取り戻して、大きな声で笑ったエメ先生。それを目の当たりにする生徒たち。


あのシーン、抜群に感動的でした。その後は、こんなに頼り甲斐のあるお姉さんっているの? ってくらいカッコよくて!! 長い脚ぶんって振り回してラブ校長をやっつけてくれるエメ先生。いや、マジで惚れるやろー(笑)。


観劇3回目のオープニングMCでのポンポン山のくだりが、めっちゃ瞬時にバッサーッと切られたので、ポンポン山知らない関東の人にとっては、そんなもんだよね、と少しだけ悲しくなりました(笑)。



<正安寺悠造さん>

寺ノ子屋の塾長さん。

右も左もわからないまま、ワークショップで「観る側」から「演る側」の体験を私に教えてくださった方。その発想と行動力がまずヤバいですよね(またでた語彙力問題)。



正直、何ものなのだろう? 本当に地球人なの? 

というとんでもない方向の質問をぶつけたくなりますが、どうやら「お寺の子ども」さんだったのですね。

んー、もっとよくわからない…


今回、観させていただいた作品や正安寺さんと出会ったことを通して思ったこと。

きっと全人類、間違いなく「表現したい」という欲求はあるのだと思う。

それこそ何千年、何万年前に描かれた謎多き壁画や建造物、人類の共通祖先がどのようにして言語を生み出していったのかとか、私はそんなことにやたら興味があって、研究したりもした。


人がなんらかの形を用いて表現するのは、きっと「コミュニケーション」したいから。

その中で、音、歌、ダンスというのは、実は進化の過程で昆虫や魚のレベルから生物の中にきっちりと受け継がれているコミュニケーションの方法であり、人類レベルで言っても、すごく根源的な儀式などでずっと使われてきている事実がある。


コミュニケーションとは:

誰かが何かを感じちゃって、それを誰かに伝えたいという思いを、なんらかの方法で発信することで、それを違う誰かが受け取って、なんらかの反応をする。


ざっくり言うと、そんなヤツ(一応、進化生物学(動物行動学)的な範囲での学術的な定義を平たく言いました)。


進化の過程で、そのあたりから人類だけが持つことができたすごい財産であり武器でもある「言語」が生まれた、という仮説があって、その仮説を実は本気で研究してたんです。(言語の起源は諸説あり!)


そこから時代が下がってきて、今ココの現実ではない新しい時空間創造の概念(フィクション)が出てきて、人類の表現の幅はもはや無限大に広がってしまったんでしょうね。だから、お芝居や映画などの脚本を書くっていう作業は、ほんとスゴい(語彙力――!)



いや、何を語ってるのか、話の着地点が全く見つかりませんが…(苦笑)



「寺ノ子屋」という表現塾を立ち上げて、運営していくという行為は、「ぼく、私は、演技ができます、ダンスもできます」 だからできるってものではないと思う。


経験者、未経験者関係なく、表現したい人に「したいことをやってみたらいいじゃん!!」 というチャンスをくれる場。わからないことを教えてくれる場。同じ志を持つたくさんの仲間と繋がれる場。なんらかの価値を創造し、分かち合える場。そして、そこで起きる奇跡を見届けさせていただく場(観客として)。


この年齢になってさらに痛感するけれど、そんな場ってあまりない。

というか、全然ないと思う。



正安寺さんが開催されるワークショップとかみてても、「これ、採算取れてます?」と思わざるを得ない料金設定とか(すいません、経営者目線)。



神なの?(笑)



それなのに、第4期、そして第5期と続けていく理由。

(今のところ第5期で一旦終了ということだそうです)



私はロンドン時代、仕事は絶好調でウエーイ! 状態だったし、そう見せてたけど

自分が生まれてきた意味、生きている意味がわからなくなって、長いこと地獄のような日々を送っていたことがある。


今でもあの時死ななくてよかったね、と思う。

自分の生まれた意味を、とことん深い深い深い海の底に辿り着くまで、突きつめて突きつめていった末に、なんとか一つの光を見つけて、今も生きてます。


今回の『グラデュヘイト』と言う作品をみせていただき、そのストーリーの深淵さにぶっ飛びそうになりながら、


「そこに愛があったんだ!」と気づいた。


愛ってなんですか?


憎しみ(ヘイト)と愛(ラブ)は、表裏一体だけど


実は結局一緒で


つまりは

「愛しか勝たん!」 (ラブ校長!!?)


と言うところで落ち着いた。



これ、実は当時

私が最後の最後に出した答えだったんですが。

しっくりくるのに、さらに数年かかった。



はい。

愛は、何に対する愛とかという制限も条件もなしで。


無限大で



これだけ書いた挙句、私が正安寺さんに何が言いたかったのかわかる方がいれば、逆に教えていただきたいくらいですが(笑)、引き続き、こういう愛が溢れる場を創り続けて下さると嬉しいです。


あと、セリフのあるお芝居もダンスも、本当にスゴかったです(語彙力もう知らん!!!!)


ご自身が前面で演じながら、全体のマネジメントも完璧にするなんてこと、できる人いるのね。しかもこれだけ限られた人数と時間と空間で。


もっと言えば、開演直前に階段で偶然あった時に、オープニングの衣装でない黒子になってたり(つまり舞台でないところで誰かに会ったときのためにその格好をわざわざしてる?)、アフタートークのMCがプロかよ? と思うくらい卓越してたり、ちょっとニンゲンじゃない感がスゴい。



やっぱ、神なんかな?(笑)


あ、宇宙人か。




みなさま

お読みくださりありがとうございました。

長文(ほどがありますよね)、失礼いたしました。


本文中、好き勝手書きすぎて、もしとても不愉快な気持ちになってしまわれた方がいたら、本当にごめんなさい。

でも、この作品に関わってくださった全ての方への愛しかないです。ほんとに。


ありがとうございました。


タツタイクコ


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