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 妻からの連絡が全く来なくなる。既読にもならない。これから起こる大事な出来事の予感が胸に響くようだった。この感覚は、まるで古いレコードを探し当てるときの興奮に似ている。陣痛が始まったのだと想像できた。いつでも連絡を受けられるように、iPhoneを肌身離さず、ひたすら待った。

 しかし、待つという行為は意外にも複雑だ。待つ時間の中で、テレビを見たり、お茶を淹れたり、ついでに掃除をしたり。本を読もうにも、心のどこかでiPhoneの着信音が鳴り響く音色を待ちわびていた。

 そして、LINEがメッセージを受信すると、妻の母からの、「娘からの連絡が返ってきませんが、そちらには何か連絡はありますか?」というものが幾度となく。初出産の心配な母親の気持ち、とてもわかる。しかし、この気配りのトルネードはとうとう病院にまで及んだようで、苦しい妻から母に一言「今一番痛いので連絡できません」と。

 "大人しく待ちましょう"、そう思いながら、妻と妻の母の間で立たされた奇妙な連絡の狭間で、ぼくはただ待つことにした。

 夜になり、今日はもう生まれてこないかと思い、お風呂に入っていた時、それがやってきた。iPhoneが鳴った。湯船の中で、温かなお湯とともにその音色が響いた。

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