かけおちの人
青森に住む叔母が年末に亡くなっていた。
私は子どものときに数回しか会ったことがない。
母の5人姉妹の長女で子どもを3人産んだ。3人とも女だった。一人は東京でお蕎麦屋に嫁ぎ、私からすると従姉妹にあたるわけだが若いとき世話になった。
初めて会ったとき、叔母は60歳近かったはずだが美しかった。顔立ちが上品で端正で見惚れた。頬骨が突き出し額が狭い母とは同じ姉妹なのに骨格がまるで違った。広い額、涼やかで優しさをたたえた目、白く美しい肌……頭の形から唇の厚さまで何から何までバランスが良かった。若い頃はどれだけ綺麗だったのだろうと思った。
旦那さんも背が高く体格が良く、俳優のようにいい男だった。美男美女だった。美男美女という言葉を当時小学生の私が知っていたかわからないが、同じ意味のことを思った。
二人が「かけおち」して結ばれたと知ったのはいつだったか覚えていない。母から聞いた。
叔母は別に結婚相手がいて結婚式も決まっていたそうだ。ある日突然いなくなった。姉妹や親の誰にも告げることなく。
かけおちの相手は毎朝同じ通勤バスに乗っていた人だった。二人は惹かれ合ったのだ。
一方、結婚相手に去られた男は血まなこになって探しに来たという。姉妹なのだから行き先を知ってるはずだ、隠しているんだろうと母や妹たちはかなりしつこく問われたそうだ。本当に知らなかった母たちは何度も来る相手に謝ることしかできなかったという。その人が「絶対に見つけて殺してやる」とまで言ったのを聞いたとき「ああ、姉さんは幸せになれない」と母は思ったという。人に恥をかかせ恨みを買い不幸にしたのだから駆け落ち相手とどこまで逃げても結ばれても、その先一生幸せになれないだろうと。
ドラマティックななれそめと二人の容姿の美しさで、私の中では別格の親戚に位置していた叔母。
昭和3年生まれ。96年の長い長い人生。この人に賭けると決めた若い頃の自分の決断を晩年どう思っていたのか、しあわせだったのか後悔したのか、きっとどちらでもあったろう。私は何一つ尋ねることはできずに終わった。子どものときに見た彼女の猫背がすべてを語っているように思えた。ただ私が思うのは、一生のうちそんな燃え上がるような恋ができたのは女性としてどこか憧れであるということだ。
今は安らかに。かけおちの人。