クソ映画『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』- じつは現代VFX技術の開祖
2023年4月28日、待望のアニメ映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が日本で公開された。全米ではすでに4月5日に封切られ、公開2週間で興収908億円を記録。4月24日には世界興収1000億円を突破。
すでに世界的大ヒットを記録しており、ゲームのアニメ映画化としては世界一。そして日本が関わった映画としても世界一ではなかろうか。
マリオという世界中の人を楽しませ、愛されてきたキャラクターとブランド。任天堂という世界最強のエンタメ会社が監修し、イルミネーションが制作を担当したことでクオリティの担保を維持。
この好記録と期待値はまさに必然だったと言えるだろう。
しかし、マリオの映画化は今回が初ではなく、過去に2作品が公開されている。
1つは1986年のアニメ映画『スーパーマリオブラザーズ ピーチ姫救出大作戦!』。あの和田アキ子がクッパ大王の声を担当したことで、今でも語り継がれる伝説のアニメだ。映像などが動画サイトにアップされているのでぜひチェックしてみてほしい。
そしてもう1つがこのnoteの題材である1993年の実写映画『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』だ。
今からちょうど30年前に公開された本作は「史上最悪の映画」「ゲームの映画化の失敗例」等としてみなされ、酷評されている作品として名高い。
もちろん、製作費の回収に失敗して大ゴケ。
私も幼少期にレンタルビデオ屋で本作のVHSを見つけた時は、いくら好きなマリオでも惹かれなかった。
しかし実はこの作品、VFXという面で映画・映像業界を次のレベルに押し上げた非常に重要な映画だという事実は、日本ではほとんど知られていない。
その証拠に第66回アカデミー視覚効果賞では入選している。
(結果は『ジュラシック・パーク』が受賞。)
今ではカルト的人気を誇っており、この映画があったからこそ今の『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』があるのは忘れてはならない。
このnoteでは、30年前、『ジュラシック・パーク』の陰に隠れながらこの映画が残した功績を綴り、再評価につなげることを目標としています。
『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』のおさらい
本題に入る前に、まずは本作をおさらい。なぜ酷評されているのかがわかると思う。
主人公はニューヨーク・ブルックリンに住む配管工の兄弟。化石発掘を行う調査チームのリーダーであるデイジーとマリオの恋人のダニエラ(誰?)が誘拐されてしまう。2人を追って地下に行くと次元の歪みに飲み込まれるマリオとルイージ。
今でいう異世界ものだ。
その先には恐竜が恐竜人として進化を遂げ、築いた国「ダイノハッタン」(恐竜が住むマンハッタン?)が発展していた。
国の支配者であるクッパは舌の長い白人おじさんだが、髪の形を原作に寄せようとしているのはわかる。英名のBowserじゃなく直訳のKoopaなんだ・・・
そしてクッパは誘拐したデイジーが持つ隕石の欠片を使い、地上世界の侵略を目論む。
なんやかんやあってクッパの恋人レナ(誰?)を殺したりしてクッパの野望を阻止し、マリオとルイージは「ダイノハッタン」を解放。地底の人々は彼らを「独裁者から救ってくれたスーパーマリオブラザーズ」と称える。
ちなみにハリウッド映画でありがちな続編があるような感じで映画は終わる(もちろん続編はなかったわけだが)。
なぜ酷評されているのか?
まず第一に内容がゲームの世界観とはほとんど関係ないことが挙げられる。『ゴーストバスターズ』などが流行っていたあの時代、やたらと舞台をニューヨークとか現実世界にしたがる風潮があり、キノコ王国などの要素は皆無。
恐らく製作チームはゲームを遊んでいない可能性が高い。
その影響もあり、キャラクターもただのオッサンだったりと改変が多い。
そして何よりも造形の恐ろしさ。「恐竜」を強調させようとした結果、原作の可愛らしいデザインは鳴りを潜め、代わりに変なモンスターや人間たちが登場。
いや怖すぎだろう。
クリボーたちは頭が小さく、体が大きいので非常に異質で異形なデザインとなっている。ヨッシーなんてただの恐竜だし、キノピオにいたっては剃り込みが入ったオッサンじゃないか。
こういった原作無視のデザインや設定が、当時の子供たちやファンから拒否反応を持たれたことは容易に想像がつく。
しかし、改めて見返してみるとオリジナリティと味があって興味深い。
他にも設定や演技など、色々と複合的な要素が重なって「史上最悪の映画」と評されているが、「マリオ」という看板がなければB級映画として案外評価されていたかもしれない。
映像業界における『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』の功績
さて、ここからが本題。
サイバーパンクっぽい舞台背景やおぞましいキャラクター造形をみてわかるとおり、本作は美術に関して非常に高いレベルを有している。
そこに加え、本作は当時としては非常に珍しくVFXを多用しており、1993年の映画としては信じられないレベルを維持しているのだ。
それを可能にし、本作が評価されている点が二つある。
1つ目はコンポジットソフト『Flame』を世界で初めて使った映画だということ。
2つ目は視覚効果のためにKodak社の「Cineon」と呼ばれるフィルムスキャナーとフィルムレコーダーを活用した世界初の長編映画であること。
この2つの大きな分野でゲームチェンジを起こしたと言われている。
『Flame』ってなんなの?
VFXや3DCG制作においてソフトウェアを使うことが必須となる。「Flame」は現在、非常に多くのCGクリエイターが使うソフトウェアの一つでコンポジティング、高度なグラフィックス、カラー補正などの作業を効率よく行うためのツールを備えた 3D VFX フィニッシング ソフトウェア。
中小VFX企業を含め、個人クリエイターも活用するほど、現代VFXでは欠かせないソフトウェアだ。
1992年、出来立てほやほやのソフトで当時は「Flash」と呼ばれていた。世界初のソフトウェアのみの画像合成製品。メルボルン出身のソフト開発者であるGary Tregaskisが発明し、『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』のプロデューサーが彼と出会ったことでコラボレーションが実現。
もちろん、映画スタッフは誰も使い方を知らないので、Garyも本作のVFXに携わることとなった。こうして『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』は世界で初めて「Flame」を使った作品として歴史に名を刻むこととなる。
しかし、ここで問題が生じる。
ソフトウェアがあっても肝心のデジタル化された映像素材がないのだ。
90年代のVFX事情
1990年代前半までVFX技術というのは限られた企業、個人しか持っていなかった技術だった。特に有名なのがジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』制作のために設立したインダストリアル・ライト&マジック(以下ILM)。
ILMは1987年にデジタルを活用したCGI部門を設立し、デジタルVFXの研究、開発、発展に貢献。VFXはILMの専売特許といっても過言ではなかった。『ターミネーター2』も『ジュラシック・パーク』も全てILMのCGI部門による仕事。当時は35mmフィルムをスキャンし、デジタルにするという工程が重要だったのだが、その機械を持っていたのも基本的にはILMだったのだ。
資金力やコネクションのない小さい会社や映画プロジェクトがILM発注なんてできるわけがなく、VFX技術というのは高嶺の花だった・・・
Kodakの台頭と『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』を使った実験
しかし、ここで奇跡的な転機が訪れる。
ILMに対抗し、フィルム大手のKodak社が「Cineon」というコンピュータシステムを1992年に発表。デジタル化した映像の色彩調整や変化を調整できるようになった。
Kodak社は̪このCineonを稼働させるための施設としてアメリカ・ハリウッドにデジタル映像センターを設立。フィルムスキャンとレコーディング、画像処理などを主な業務としていた。これが後にイギリスに拠点を置くVFX制作会社シネサイト社(Cinesite)となる。
『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』のチームはさっそく稼働前のシネサイト社に赴き、正式リリースされる前のCineonを使って35mmフィルムのデジタル化を図った。Cineonがビジネス化される前だったのでKodak社は難色を示したが、最終的には協力することに。
Cineonを使ってフィルムをデジタル化し、「Flame」等のソフトでVFXを映像に反映させる。ILMと提携せずとも、VFX技術が多くのクリエイターの手に届くようになった瞬間だった。
しかし、このCineonを使ったデジタル化は問題なかったが”色”に関して大問題が生じた。
スキャンの問題、そして「LUT」の登場
スキャンしてデジタル化した映像に対し、色彩調整の担当者は困難に直面していた。Kodakの技術者、VFXのプロ、Garyたちがヒストグラムで確認したところ、すべての色彩情報が中間調にあることがわかった。
現代の映像業界では当たり前の、いわゆるLOG状態でスキャンされていたのだ。Kodak社の人たちでさえ考慮できていなかった事態。この技術がどれだけ新しかったのかよくわかるエピソードだ。
このままでは「Flame」を使ってVFXを反映することができない。そこで彼らは「LUT」と呼ばれるルックアップテーブルを作成し、実際にはログカラースペースで表示することができなかったイメージの完全な範囲を見ることができるように、データを再マップして表示。
YouTuberやTikTokerを含む、現代の動画・映像クリエイターにとって必須の「LUT」が誕生した瞬間だった。
ILMでさえこの課題を解決するのに数年を要したのに、『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』のチームは製作期間中にやってのけたのだ。
ハイレベルな『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』の技術
こうして世界で初めて、非ILMによるVFX制作が手探りで始まった。
そういった背景を知った上で本作を観ると、その努力が垣間見える。
例えば地上と地下の融合が始まり、クッパの武器とマリオの体が消えていくシーン。粒子状に変化していき、消えていく映像はとても自然に描写されている。
キノピオがクリボーに改造されるシーンもシームレスに変化している。
(下記動画の0:31あたりから)
他にも素晴らしいVFXシーンがあるのだが、ぜひ映画本編でチェックしてほしい。
最後に
どんなにバカにされる映画でも、そこには当時のクリエイターたちの知恵や汗が詰まっている。
このnoteを読んで『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』がVFX業界だけではなく、昨今の映画・映像業界にまで影響を与えていることがわかっていただけたと思う。
今作が小規模な自主製作系のVFX制作に挑戦していなければ、私たちが日常的に観る映像などは少し違った未来を辿っていたかもしれない。
この機会にぜひ『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』を観ていただき、その世界観や美術、VFX技術に着目してもらいたい。そして公開中の『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』も、今作があったからこそ実現できたという点も忘れないでほしい。
マリオを生んだ神・宮本茂さんも今作に対してこういった言葉を残している:
▼参考資料
当noteに掲載した画像は、著作権法第32条に定める比較研究を目的としての引用であり、当該画像の著作権は全て権利者に帰属します。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?