ネガティブ・ケイパビリティだって立派な創作活動だ

前回の記事、4週間前だってさ。。
2週間以上は遅れないようにしていたのにね。

書きたいなあと思っているテーマが何個も何個もあるのに
今回大幅に遅れたのはなぜなのか。理由を考えてみた。

1つ目。早速言い訳がましいが、単純に多忙で気持ちの余裕がなかった。
最近グループ会社のフェス出店ヘルプのために3週連続土日出勤をしていて、かといって仕事の量が減るわけでもないので次の週の平日休みもできていなかった仕事をしていたり、多忙を極めていた。

とはいえ《時間》はたくさんあったのだ。フェスへルプに行くために行きだけでも電車で2時間はかかる。ただ、何度「行きの電車のこの2時間で絶対かく!」と決めても、「眠い」「だるい」などの疲労やヘルプへの不安が強く思考が全然働かなかった。書いては消し、書いては消しを繰り返し結局今日は無理だ!となってしまっていた。当然帰りの電車なんてさらに難しい話である。

2つ目。テーマを重くしすぎていた。
これは、私のnoteの使い方として理想が高すぎるという話なのだが、
最近聞いているポッドキャストのテーマについて思考していることを普段メモに残していて、それをまとめて文章に起こす(そうすることで思考をまとめる)という作業をnoteで行いたいと思っている。
だが、なんせテーマが深いものばかりで、答えのない問がほとんどだ。思考もまとまっていない状態で、ましてや疲労困憊の私が書くにはあまりにも重い。

3つ目。私の性格上、とても飽きっぽい。
2つ目にもつながってくることなのだが、1つのテーマに対して深く考えることが好きな反面、とても飽き性なのでまとまりきっていないいろいろな問をそのままにして脳みその引き出しに大事にしまってしまうのだ。 
その結果、脳みそにはそのままにして忘れられた思考の種と、noteには書き終わらない下書きだけがどんどん溜まっていく。

とはいえ、3つめに関しては《ウェルビーイング》を考える上で現代人に必要とされている《ネガティブ・ケイパビリティ※》を行えているということでもあるので、私の中で改善したくはないというか改善すべきではない部分。

*ネガティブ・ケイパビリティとは・・・

「ネガティブ・ケイパビリティ(Negative capability)」とは、どうしても対処できない状況に耐える能力のこと。あるいは、容易に答えが出ない事態にも性急に事実の解明や理由を求めず、不確実さや懐疑の中にいることができる能力を指します。日本語としては「消極的能力」「消極的受容力」などと訳され、一つには定まっていません。19世紀の英国の詩人ジョン・キーツによって初めて使われた言葉で、その約160年後に英国の精神科医ウィルフレッド・R・ビオンが見出し、世界に広めました。不確かなVUCAの時代に必要な力として、関心が高まっています。

参考:日本の人事部 WEBサイトより引用 https://jinjibu.jp/keyword/detl/1569/


4つ目。真面目な性格。
飽きっぽいのに変なところ真面目、各所からどっちやねんというツッコミが飛んできそうな相反する?性格ゆえ、人様にみてもらうのであればそれなりの分量とそれなりの内容(しっかりと引用などを記載したような記事)でなくてはという謎の強迫観念に時折はばかられる。

最近は完全非公開のスレッズ(フォロワー0)に誰にも見せられないような文章を書きなぐることでnoteへの投稿が控えられる分のフォローをしようと勤しんだはいいが、それすらも多忙により投稿できずにいる。(笑)

とまあ、4つの理由をかきだしてはみたが結局書きたいときに書きたいものをかくのが一番いいのかなと思った。
せっかくインプットをして思考をしていても、スキルを上げていくというnoteを始めたきっかけの上では何も書いてないことのほうが重罪なのは明らかである。

その時点で考えがまとまっていなくても下書きにためていけば、あとから思考を重ねていった際に急に自分なりの考えが思い浮かんでくるかもしれない。
(タスクが溜まっていく感覚があってどうしても消したくなるが、それも資本主義社会のポジティブ・ケイパビリティの仕業だとおもい、耐える訓練をすべきなのだと思う)

プライベートで行っている思考のスキルアップ訓練に関しては、noteだけでなくあらゆるアウトプットに対してネガティブ・ケイパビリティ方式でいいと仮定し、しばらく行動していこうと思う。

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