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一橋大学教授取材記事~無藤望教授~


1.数学から経済学へ

北川) 
本日はよろしくお願いいたします。無藤先生の学生時代のお話からお聞かせいただきたいと思います。無藤先生は一橋の大学院の経済学研究科で博士号を取られていますが、東京大学理学部数学科を卒業された後に、修士号を東京大学大学院数理科学研究科で取られていると伺いました。
まず、東京大学の理学部数理学科に進学された経緯についてお聞かせいただきたいです。

無藤教授)
高校時代から理系だったのですが、数学以外の物理学なども勉強してみて、数学が一番いいかなということで数学科に進学しました。専門は数学で数学科に進学したのですけれども、東京大学の場合は学部1,2年の間には専攻を決めずに幅広く学ぶ教養課程があります。ですので、1、2年の間は数学以外の勉強もやっていました。

北川) 
東京大学は進振りがあることで有名ですよね。東京大学の学部時代の最初の2年間で、何か印象に残っている授業などありますでしょうか

無藤教授)
そうですね、天文学の授業や、実際のお宅に訪問してアンケートをとってくるなどの授業があったので、それは今でも覚えていますね。専門分野のみの勉強だけでなく、広い分野の勉強ができたことは、今振り返ると面白かったですね。

北川) 
ありがとうございます。その後3,4年で専門を数学科に絞ることをされたのだと思いますが、いつ頃専攻を決められたのでしょうか

無藤教授)
高校生の時から数学科に100%決めていたというわけではないんですけど、やるにしても理論を使うような数学の分野をやりたいなという考えを抱き、数学科に進学しました。数学の純粋な理論の研究をしていて、それが自分にとって、一番面白かったですね。

北川) 
学部3・4年生の時の理学部数学科で勉強されていた内容について教えていただけますでしょうか。

無藤教授)
分野としては代数的位相幾何学という分野に取り組んでいました。わかりやすく説明すると形をぐにゃぐにゃ変えてもいいとした時に、形に関する性質で保たれるものは何かについて考える分野ですね。
次元が高いものとか、複雑なものだったりした時に、一見するとわからないものを代数的に落とし込んで区別するという分野になります

北川) 
わかりやすく説明していただきありがとうございます。その後に進学された数理学研究科での研究内容について教えていただきたいです。

無藤教授)
そうですね、修士でも引き続き、代数的位相学の研究をしていました。それはそれで良かったのですが、途中で迷いが生まれてくるようになりました。
元々、数学の中でもどの分野を専門とするか迷いがありました。
数学の分野を大きく分けると、純粋な数学とそれを現実に近づけていく応用的な数学があります。研究をしている中で、応用的な数学も自分の感覚として面白いなと感じるようになり、今後の人生についても考えた末に応用的な分野に進みました。

北川) 
そのような経緯があったのですね。途中で専門を変えるというのは、研究者の方の世界でとりわけ珍しいことではないのでしょうか。

無藤教授)
学生の皆さんが思っているよりも、途中で専門を変えている方は多い印象です。新しい分野に移るときに、前にしていた研究が無駄になることはないと思いますし、それは良し悪しとかではないのかなと思います。
元々、専門にしていた分野を突き詰めて、最短距離で進むのも良いのですが、時間をかけるのも無駄にはならないのではないでしょうか。

北川) 
その道を学部時代の最初から博士課程の最後まで突き詰めた方が研究されている勝手なイメージがあったのですが、そうではない方も多いというのは驚きでした。
理論的な数学から応用的な数学に研究の中心を移されたとのことでしたが、応用的な分野の中でも特にゲーム理論の分野を選ばれた理由はあったのでしょうか?

無藤教授)
数学の勉強をしていた頃から、勉強とは別に趣味みたいな感じで経済学の本やゲーム理論の本を読んでいました。きっかけとしてはたまたま、本屋で経済学の本を読んでいたら面白く、そこからはまっていった感じですね。

北川) 
偶然の出会いから経済学の道に進まれたのですね。
東京大学で学士号と修士号を取られていますが、その後、経済学の博士号は一橋の大学院で取られたと伺いました。東大ではなくて一橋の経済学研究科に移られた理由などはあったのでしょうか。

無藤教授)
それは純粋に制度上の問題ですね。
決して東大がいやとかいうことではなかったのです。(笑)
当時は東大の経済学研究科を受けるためには論文を出さなくてはいけませんでした。
数学の論文を出しても選考者に理解されないかなと考え、論文を出す必要がない一橋に変更しました。もし、その制度がなければ東大を受験していたと思います。

今考えると自分が理解できない論文でも出してくれたら大丈夫なんだろうなと今は思いますけど、受験生の立場ではそのような考えはありませんでしたね。

2.オークションとは

北川) 
次に、先生の現在のご専門であるゲーム理論、メカニズムデザインの分野について教えていただきたいです。

無藤教授)
メカニズムデザインは1980年代から社会での実装もされている分野です。
理論として新しいわけではないのですが、最近も研究や社会実装が盛んな分野であると思います。

メカニズムデザインの研究者の中には、本を新しく出版されたり、政府の審議会に入って提言を述べられている方もいらっしゃいます。
ノーベル経済学賞も何人か、メカニズムデザインのオークションの分野から出ていますね。

北川) 
我々の周りにあるそういったゲーム理論、メカニズムデザインの事例を挙げていただくことはできますでしょうか

無藤教授)
電波のオークションが比較的わかりやすい例でしょうか。
携帯電話を使う時に通信会社ごとによって、使う周波数帯が異なりますよね。
そのため、ある範囲の周波数通信会社ごとによって割り振る際にオークションを用いる「周波数オークション」というものがあります。

従来の日本のやり方だと、通信などの技術が向上して、4Gとか5Gとかで新しく割り当て可能な周波数帯が出てきた時に、政府がその割り当てを決めるという方針でした。

しかし、政府は各通信会社の内部情報を知っているわけではないので、何がベストフィットかわからないという問題があります。
この時、オークションを行い、各通信会社が提示する金額により、その通信会社がどれだけその周波数が欲しいのかということが表されます。

普通の絵画などのオークションと電波オークションが異なる点としては、周波数帯がいくつかあるとか隣り合っていると不都合が生じるとか、さまざま細かい制約が生まれるので、そういった点で違いが生じます。

北川) 
この電波オークションは海外では一般的になっているのでしょうか。

無藤教授)
他の先進国ではすでに導入している国が多いです。(OECD38カ国で導入していないのは日本のみでアジアでも韓国や、インド、タイなど多くの国で採用されている)
日本でも、周波数オークションが部分的に導入する流れができています。この部分的導入が上手くいけば、今後は事業者にとって特に価値が高い「プラチナバンド」などの周波数オークションが実施される可能性もあるそうです。

北川) 
ありがとうございます。次に、無藤教授が共著者として書かれた論文であるREVENUE-CAPPED EFFICIENT AUCTIONS
について簡単に説明していただいてもよろしいでしょうか。

無藤教授)
はい。売り手と買い手がいる時に、社会的に良くするという意味での普通の考え方は、売り手の効用と買い手の効用を足し合わせることです。
そうではなくて、買い手の効用を重視し、買い手の効用を2倍に換算するなどの重みづけをして、効用を最大化するという設定にしても結果が理論的には同じになるという内容です。

この論文のアイデアの種としては、売り手の側が財をいくつも持っているときにそれをみんな出してくれるのかという問題を考えていたことでした。

例えば、財が多数あった時に、財を一定程度捨ててしまって、少ない財を出したほうが儲かる状況があります。減らしたほうが儲かるということは、減らした時の収入が大きいことが原因だと考えられます。逆に、減らした時には儲からないオークションというのはどのような状況かを考えたというのがこの論文の内容のモチベーションでした。

北川) 
わかりやすくご説明いただきありがとうございます。具体的にこの論文の内容がどういった場面で用いることができるかについて例を挙げて説明していただいてもよろしいでしょうか。

無藤教授)
先ほどの電波オークションの話で考えると、税収が増えるからいいみたいな論があります。しかし、政府の収入が増えることが社会的に良いとは限らなくて、それ自体が携帯会社の経営に影響する可能性があるかもしれない。

政府がそこまで儲ける必要がないとした時の、オークションはどのような形かということについてこの論文で書かれている内容が大雑把に言えば、使えるかもしれません。

あるいは、オークションの売り手自体が競争している時に、自分だけが儲けているオークションだと買い手がいなくなってしまうことが考えられます。
買い手を誘致するようなオークションを考える時にもこの論文の内容を用いることができるかもしれません。

北川) 
ご説明いただきありがとうございます。今お聞きしていて、こういった論文は、官僚の方など政策を決定する立場の方にこそ読んでいただきたいと思ったのですが、そういった方々は読んでいらっしゃるのでしょうか。

無藤教授)
それはよくわからないと言うのが正直なところですかね。
学術的な見地を社会に実装するために、政府の審議会に入られたりとか、地方政府も含めて実務的な方と共同していらっしゃる方は私も大変尊敬していますね。

3.仮定が崩れた理論を適用できるのか

北川) 
メカニズムデザインの分野で、特に研究が盛んに行われている分野を具体的に教えていただけますでしょうか。

無藤教授)
メカニズムデザインの中で理論的な見地から気にしているのは、ある程度場合に応じて制度は作っていくものですが、現実的に制度を適用する環境がどういうものかというのはわかりません。
そのような、細かいところに依存している制度はどこかで破綻するかもしれない。

例えば、それに参加する参加者が何を考えているのかがわかるものではないですし、オークションにおいてその周波数帯がどのくらい欲しいと思っているのかについて
ベインジアンの文脈では確率分布のようなもので表します。

しかし、確率分布は実際に測定することができないですよね。その確率分布がピッタリこれだったらこれにすればいいというのは現実的には難しいですよね。

あるいは、オークションに参加する人がどのくらい真面目に考えてやっているのか、現実の人は完璧に行動できるわけではないので、それぞれの参加者の間で合理性があるという仮定が崩れたところで適用できるのかという研究は盛んですね。

ゲーム理論として考えている想定が崩れる時にどういう方向に崩れるのかは、それぞれの話で違ってくるので、ある程度その部分を包括的に扱える理論があるのかという議論がなされています。

例えば、確率分布において、全ての確率分布に適応できる理論があるのか、それともないのかを含めて議論がなされていますね。

北川) 
ありがとうございます。先生の研究されている内容のほんの一部ですが、学部生の私にもわかりやすく噛み砕いて教えていただきありがとうございました。
特に、理論の頑健性についての研究は非常に興味深いと思いました。「理論と現実は違う」という文脈で理論研究が蔑ろにされる風潮も一部にはあるのかなと思います。

どのような条件下では理論が現実の状況で適用できるのか、細かな条件にこだわるのではなくて、現実に近づける取り組みがなされていることが大変興味深く、知的好奇心を刺激されました。

今回は無藤教授から一橋生に紹介していただく本をご用意していただきました。

無藤教授)
はい、まず初めにこちらの『ゲーム理論入門の入門』という本ですね。

『ゲーム理論入門の入門』鎌田雄一郎 岩波新書
ゲーム理論の本は多くが古くて、書き方があまり良くないものも多くてですね。
ただし、最近は研究が進むに伴っていい本が生まれています。その中の一つがこちらの本になります。
筆者の鎌田さんは難しい物事を噛み砕いてわかりやすく書くことが上手な方です。
理論自体への理解度と説明力が特に優れていると思っています。
あと、新書なので、値段的にも学生の方にも優しいかなと

次に紹介するのはこちらの本です。
『ゲーム理論の見え方・考え方』 岡田章 勁草書房

一橋の名誉教授の岡田先生の本です。
これは縦書きの本なので、数式とかはたくさんは出てこないんですけれども、ゲーム理論に関連した経済学のトピックが書いてあって短い文章で深いことが書かれていてます。
私自身にとってもすごく勉強になりましたし、一般向けの本なので読んでみたら面白いかなと思います。

最後にゲーム理論のみならず、経済学一般に向けての本なのですが、こちらの本を紹介したいと思います。

『経済学で出る数学 高校数学からきちんと攻める』 尾山大輔 安田洋祐 日本評論社
実は私もこの本の3・4・10章の執筆を担当しました。ですので、半分宣伝になってしまいますね。(笑)
一橋の武岡先生も9章を担当されています。
この本は、10年ぐらい前に出版されたのですが、現在もよく売れているそうです。

経済学を学ぶ上で、数学を理解するのはとても重要です。実際に経済数学に関する本や参考書も多数出版されています。
しかし、その本で書かれている内容は実際には数学で、単に扱っているトピックが経済学であるというだけの本が多いです。

一方で、この本は数学の内容自体は比較的優しめに書かれていて、それが経済学で実際にどのように使われているかというのが詳しく書かれています。

例えば、私が書いた指数対数と金利の話ですね。
高校でも扱う指数対数に関して、その数学的定義だけではなくて、「金利、定期預金などで、金利がどんどん増えていく時に指数が使えるよ」という実際の例を出して解説しています。経済学を学ぶ学生に読んでもらいたい本ですね。

北川) 
ゲーム理論のみならず、経済数学の参考書まで紹介していただきありがとうございます。
経済学に入ったものの、必修の数学と学部で学ぶ経済学の内容がどのようにつながっているのかの感覚をつかめていない学生は私を含めて多いのではないかと思います。
そのような学生にまさにぴったりな本を紹介していただけたのではないかと思います。

本日は貴重なお時間をいただき誠にありがとうございました。


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