自己卑下とか自己否定
「私なんて」
日本には謙譲の美徳があった。前にしゃしゃり出ない。その対極が自己主張全開な生き方です。
そうこうしているうちに、正当な自己評価が分からなくなった。
「私は無力です。」
「私には価値が無い。」
「私には才能が無い。」
自分が自分に下す価値判断は、自分が経験の中で形成した「価値観」に基づく。
その価値観と価値判断に「どんな正当性があるのだろうか?」
思い込みとか勘違いも形成された価値観の中に含まれています。
と言うか、大半が勘違いと思い込みと錯覚と誤判断じゃ無いのか?
それで本来持つべき適切な自己評価とは、自己卑下や自己否定じゃ無くて、自己の肯定なのです。
自分を認めてあげる。自分を愛してあげる。自分を癒やしてあげる。自分責めを止める。自分いじめを辞める。自己を虐待しない。
そうすると、その結果として、自分は正当に肯定され評価されて、
「私には価値が有る。」
「私にはパワーがある。」
「私にも才能は有る。」
「私には力がある。」
他人と熾烈な過当競争をしたり、ブラック企業で出世競争をするパワーは、「本当のパワーじゃ無い」と気づきます。
競争社会とは、一段下の阿修羅界の生き方なんです。其処に気づきましょう。
自分を癒やしながら、楽しみながら、自己表現していくゆとりある余裕たっぷりの人生が有るべき適正な在り方なのです。
「私にも才能は有る。」
「私には底力がある。」
「私は存在しているだけで、既に価値なのです。」
「それは私にだって出来ます。」
「一人で出来た。」
「やってみたら簡単だった。」
その自己肯定の積み重ねで、自分独自の価値観と価値体系を創っていく。
自分と言う唯一無二の存在に成っていく。
他人を批判しないから、他人に批判されません。だって自分は唯一無二のオリジナルな存在だから、他人に批判されようがない。
だから自分が自分のパワーや才能を信じてあげる。認めてあげる。
自分を愛してあげるんです。自分を嫌ったり憎んだりして無かった?
「私には力が有る、才能がある。」
「私には価値がある、自由がある。ゆとりがある。」
だから競争には加わらない。
「私は私のペースで、我が道を行く。マイウェイ、マイペース。」
「私は道である。私が道を創る。私が宇宙を創り、私が世界を創る。」
だから世界情勢は気にしません。世界情勢ってイリュージョンなんです。知ってました?幻想に過ぎません。本当の世界じゃ無いんです。嘘世界なんです。
本当の世界は、自分が創る。自分が信じる世界を自身が創るのです。