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声豚が『アイドル保健体育』を読んで考えてみた

竹中夏美『アイドル保健体育』シーディージャーナル刊(2021年)

数多くの女性アイドルを担当してきた振付師である著者が、これまで見えないものとされてきたアイドルの健康課題に切り込んだ書籍である。
この本を知ったのは文化放送「鷲崎健のヒマからぼたもち」2022年5月29日放送回に著者がゲスト出演し紹介していたのがきっかけで、密林のほしいものリストに入れて放置していたのを今回いまさらながらポチった。

本稿では、声豚が『アイドル保健体育』を読んで最近の声優業界や自分自身を振り返りつつ考えたことを述べる。医療従事者でもない魔法使い声豚の戯言なので、誤りや不快に思われる内容があるかもしれないことをご承知置き頂きたい。



女性声優の体調不良

声豚を10年以上やっていると声優業界の様々な話題を目にしてきたが、ここ数年体調不良により引退、休業、一部活動制限する例が明らかに増えているように思う。統計を取っている訳ではないし偶然続いている可能性もあるが、少なくともそうした事例が1人2人ではないのは事実だ。


適応障害、エーラス・ダンロス症候群、耳管開放症など疾患名が公表されることもあればされないこともあり、仕事に起因するものもしないものもあるだろう。「体調不良」が何らかの方便であることもあるだろうし、理由が明かされないまま引退する例もある。自分の観測範囲によるところもあるだろうが、こうした事例は男性声優より女性声優の方が多い印象もある(男性声優はスキャンダル後の体調不良休業が多(ry )。

こうした状況をみる中で出会った『アイドル保健体育』から何か学びが得られないかと考え手に取った次第である。以下、本書の章ごとに要旨と考えたことを述べていく。


第一章 アイドルと生理

・アイドルがソロ活動中心からグループ活動中心へと変化し、
 歌わないタイミングでのダンスやフォーメーション移動など運動量が増加
・ストイックライブブームや頻発するリリイベに身体のケアが
 追いついていない
・女性を5人集めたら月経前症候群(PMS)を含めて常にメンバーの
 最低ひとりは体調不良

声優はグループにせよソロにせよアイドルほどは踊らず「踊れる人は踊る」という感じがあるが、何かの配信でゆきんこさんが昔の声優イベントの映像を久々に見て歌唱時の動かなさ加減について話していたように、パフォーマンスでの運動量は増加しているのであろう。
ソロで言ったらほっちゃんゆかりんが踊ってるイメージも無い(姫のステップ狂おしいほど好き)し奈々さんあたりからなのだろうか…ユニットで言ったらやはりアイドルアニメ系はバキバキに踊らせるイメージがある。

アフレコやナレーション、ラジオ等日々の仕事がありつつ(人によっては学校に通いつつ)毎週末ライブやイベントがあり歌って踊る売れっ子たち。
正直ちゃんと認識しておらず衝撃を受けた「女性5人集めたら常にひとりは生理で体調不良」という事実を考えると、これを念頭に置いた管理が出来ているのか疑問である。
声優に限った話では勿論ないが、あのライブの時あの中の1~2人は辛かったのかもしれないなどと考えると何とも言えない気持ちになってくる。
アスリートにも共通する話とのことだが、生理が止まったら「楽だしラッキー」と思わず婦人科へ行くという認識が共有されるべきである。

また、アイドルやダンサー、アスリートに薦める月経カップというものを初めて知った。女性が抱える健康課題をテクノロジーで解決する「フェムテック」が声優にももっと知られるといいと思う。
そういえばいつぞやの昌鹿野のタンポン事件は深夜ラジオノリだし鹿野さん自身もネタにしてたし正直滅茶苦茶面白かったけど、今やったら完全に炎上してたよなぁ…とは思う(むしろそうした話題をタブー視しないという意味ではよかったのかもしれないが)。

第二章 アイドルと身体づくり

・韓国アイドルと異なり日本の女性アイドルは採って出しの状態で
 初ステージを迎えることが少なくなく、原石感が好まれる面もある
・デビューまでの準備期間が短いことにより基礎レッスンや身体づくりが
 端折られ、正しい身体の使い方やケガをしやすい動きの矯正を身に着け
 られない
・シーズン中のプロスポーツ選手よりアイドルの方がトータル運動量は
 多いかもしれない
・ライブ後のクールダウンに30分必要

最近は幼少期からダンスをやっていた等の例外も多いが、声優はアイドル以上にそれまで全く運動を経験してこなかった者がデビュー後すぐにアイドルものに投入されるといった例が見受けられ、身体づくりが出来ておらず後に体調不良に繋がる可能性がある。
「歌って踊るのは声優の本業じゃない」などと言っても今の業界がそうではないのも事実であり、そもそも営利企業であることから金にならない基礎レッスンより採算が取れる活動をさせるのは当然であるが、本人・事務所・クライアントの三者がこうした認識を持って対策を打っていかなければ「若手使い捨て」と言われても仕方ないのではないだろうか。

また、これは個人的な趣味の話でもあるが本来裏方である声優が歌って踊る際に求められているのは「本業ではないがゆえの不完全さ」である面もあると考える。日本のアイドル業界にも見られる稚拙なパフォーマンスを好む文化であるが、アイドルでは成長しきったことが求められる年齢になっても声優においてはあくまで本業ではないことから不完全さが持て囃され続けるように思う。
こうした文化が運営側にも共有された結果、身体づくりを重視しない…むしろ鍛えることを推奨しないようになってしまっているのだとしたら極めて問題である。当然演者としての寿命を縮めることであるからそのような認識ではないと信じたいが、スポーツ選手以上の運動量に耐えうる身体づくりをするようマネジメントしている声優・事務所・クライアントがどこまでいるのか、と考えると途端に怪しくなってくるのではないだろうか。

身体づくりと同じくらい重要なライブ前後のケアについてもどの程度認識されているのだろうか。
昼夜2公演やって21時頃に終演するというありがちなパターンのライブの場合、着替えやら挨拶やら場合によっては中打ちやらをやって撤収するまでの間にクールダウンの時間を30分確保している例がどれほどあるのか分からないが、少なくとも声豚として終演後に「オタクが一通り感想呟き終わる頃までにさっさと写真上げろや!衣装着たお前の写真が見たいんじゃ!」と思わずに「写真上げるのは後でいいからクールダウンしてさっさと帰れ!お休みなさい!」と思うようにしていきたい。


第三章 アイドルと摂食障害

・標準体重の90%を切ると月経不順になり骨粗しょう症のリスクが高まる
・「やせ」は遺伝であり、努力でのコントロールには限界がある
・拒食症はうつ病より死亡リスクが高い

声豚は恵体好きが多い(俺調べ)のでダイエット企画なるものがまかり通るアイドル業界よりは求める圧は弱いのかもしれないが、表に出る仕事ではあるし原因は様々なので声優においても可能性は十分ある問題である。
イチヤヅケか何かで「ダイエットしてるって言うとオタクは『細いのに~』とか言うけど、そうじゃなくて自分の中の理想に近づけてる」という話をしているのを聴いたが、その理想像がバグっていた理想を通り過ぎてるのに認知がバグって止められなかったりすると病気の範疇に至ってしまうのだろう。
ふとももリアル一柳梨璃でいてくれ!

セブンスの中で比べられてしまい甲状腺の病気が原因と明かされてさすがの闇落ち支配人たちもバツが悪くなってたとか、幼いころからサラリーマンとご報告したかった人が以前激痩せして心配されるとか色々あったが、増えようが減ろうが急激な体重の変化は問題だということに尽きる。
オタクは痩せろ!・・・と言いたいところだが、体質なのか食費まで課金に回してるのか意外と痩せすぎなオタクも見掛ける。いずれにせよメンタル面にも気を使い標準体重を維持していくことが重要であろう。


第四章 アイドルと性教育

・アーティスト性とは「技術の肯定」であり、
 アイドル性とは「存在の肯定」である
・若年者を取り巻くスタッフは、ルールで縛るのではなく
「どう行動するのが正しいか」を考えられる力をつけさせる教育者たるべき

声優業界では明文の恋愛禁止ルールがあるような例は聞かないしマウスのように「芝居の肥やしになるならむしろどんどんやれ」という方針の事務所もあるようだが、本人や事務所が望むと望まないとに関わらずオタクがアイドル性という「存在の肯定」を見出してしまった場合は反発があるのも当然であろう。
ご報告を受けたオタクの名言打線がネタ化されつつ最近では祝福するのが当然のような風潮もあるが、犯罪やリプで攻撃等は言語道断ながら勝手にお気持ち表明するくらいは許してほしい。5.3.1事件を経験した者としては発表しないというのも方法の一つなのでは?と思っている。(男性声優ではその選択をして後に文春砲喰らっている例もあるから難しいところだが…)

また、日本の性教育は「学生のうちは遠ざけられ続けるのに、社会人になった途端子供を作れと言われ、それが出来ない者は虐げられる」と評されるが完全にその通りだと思う。泣いてないよ。
私自身、唯子先生におしえてもらったりQRでA&Gゾーン近くで放送してたガールズガードを聴いたりしていたが、本書を読んでピルの仕組みを初めて知ったくらいである。
声優業界も低年齢化が進んでおり同性のマネージャーや同業者が身近に居たとしても訊きづらい話題であるからこそ、関係者にも色んな人間がいるからこそ、事務所がそうしたことまで支えられるのが求められている。
黒さんまでの例は少ないとしても浅野さんがさすらいのキャバ嬢をやっていたようにガールズバーでバイトくらいは普通にあるだろうから、正しい知識を持って自分を大切できる環境であってほしい。


スペシャルトーク

声優は表に出る機会も多い仕事であるがゆえ喉とか肌とか歯とか割と頻繁に病院行っているイメージはある(「病院行ってきて~」→「病気とかじゃないから心配しないで!」とかいうやりとりよく見る)が、婦人科を含めて気になることがある時は病院に行ってほしい。
個人事業主であるため健康診断を長らく受けていないという話もよく聞くが、事務所として費用負担はできないまでも年一でスケジュールに入れさせることは可能であろう。

もともとアイドル業界より年齢を重ねても活躍する例が多いこともあってか結婚しても活動を続けることが多いが、(世間的にもそうだが)出産するのは30歳代の方が多いように思う。もちろん結婚・出産だけが人生ではないが、不安定な職業だからこそ正しい知識を持って早めに具体的なライフプランを立てることが重要である。
「あいなか」とかも理想を語るというかたちとは言えひと昔前は考えられなかった番組だし、「西明日香妊婦ちゃんアクスタ」は声優業界どころか日本の芸能界的にも画期的だったと思う。新しい潮流は見えてきているのかもしれない。
MAX NANAのインタビューで語られた「人生単位で推してくれるファンがいてこそ」という言葉は、理想的な関係とも捉えられるしそうしたファンが居なかったらどうなるかという現実を現してもいるし、非常に示唆的な言葉である。


おわりに

本書の結びではこうした内容がアイドルと取り巻く人々だけでなくもう少し外側まで届けばいい、と語られている。
私生活で女性と関わらない声豚でも一社会人として認識しておく必要があることであるし、まして推しとの付き合い方においても重要とくれば学んでおかない理由はない。

声優業界は厳しい世界である。養成所ビジネスが成り立つほど供給過多でデビューまでも大変だし、デビューできたとしても続けていくのも難しい。誰もが生き残れる世界ではない。
しかしながら、願わくば仕事に起因する心身の不調で離脱するようなことだけはあってほしくはない。そのためにも本書で示されたような認識が声優・事務所・クライアント・オタクたちの間で共有されればいいと思う。
普段、顔がいいだの30代になったら脱げだの呟いてみたり声優番組のスクショを取ることを生きがいにしていたりご報告喰らってお気持ち表明してみたりしていても、たまには真面目に考えてみるのである。

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