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許されない男 〜靴編〜

平素よりお世話になっております。高島です。

数年前に「もうオレは金輪際、革靴しか履かない!」と宣言をしたことがあります。

「『ミュージシャン、顔面ピアスだらけ(当時)、刺青もある』、そんな男が世間様から、多少なりとも信頼を勝ち取る唯一の方法は?
それは“革靴”。
スニーカーなぞ生ぬるい、高島のような不届き者にはあの硬くて重い、革靴しか許されないのだ。
街で目にするスニーカーはすべて幻、この世界には革で作られた靴しか存在しない。そう思って生きてゆけ。」

友人との酒席でのやり取り。
暇で暇でしかたなかった我々は、時折こういった言葉遊びに興じておりました。

その酒席を離れても妙にゲームが心地よく、または持ち前の生真面目からか、真夏のビーチも、石畳が敷かれたフィレンツェの街並もすべてレザーシューズで踏破して参りました。

もちろんドラムの演奏中も対象範囲内で、6ホールブーツ・サドルシューズでガシガシとバスドラムを踏み叩いていく。

やがてチップ(つま先)の傷が目立つようになり、
「高島(以下、「甲」という)は一生涯、革靴のみしか履いてはならない。
ただし、ドラムの演奏中はその限りではない。」
と、多少変更を加えたものの、基本的にはこの契りの元で生活してきました。

当該バンドと関わった当時、「まぁ長い人生、スタイルが変化していくことだって往々にしてあるさ。」としれっと立ち寄ったABCマートで某N社の[空気・最大]をしれっと買ってみました。

おおよそ十年ぶりのスニーカー、最初に抱いた感想は「世界は、こんなにも軽やかに、美しかったのか。」。

足取りは軽やか、どこまでも歩いていけそうな気がする。
かかとを踏んで歩いたって良い、まるで街が私を歓迎しているかのようだ。
下水道を抜けたアンディ・デュフレーンもきっとこんな気持ちだったでしょう。

一年が経ち、革靴のメンテのやり方も忘れかけてきたちょうどそのころ。
歩いていると愛用の[空気・最大]からフスフスと、奇妙な音がする。歩いていてもどうもバランスが悪い気がする。

よく見てみるとなるほど、エアーが内包されたヒール部分が削れて穴が空いているではありませんか。
この[空気・最大]はヒール部分が絶妙なクッションになっており歩きやすいのがウリだ。ここが機能しないのなら仕方ない、一年も履けば充分元は取っただろう。

同じN社のまったく同じ[空気・最大]を買いなおします。
今年モデルで多少デザインに変更がありますが選ぶのはオールブラック、色までまったく同じです。

これがおよそ4カ月前。
歯医者から帰ろうと、階段を降りている時でした。

「フスッ、フスッ」

奇妙な音が聞こえます。
おもわず立ち止まってみますが、ただの踊り場で、変わったところは特に見受けられません。

「フスッ、フスッ」

一階まで辿り着き、駐輪場へ向かうときまでも、この奇妙な音は一定の間隔で僕を追跡します。

自転車にまたがり思考を巡らせます。

前の[空気・最大]は一年間ももった。
今度のはまだ4カ月、まさか、そんなはずは…。なんならコロナ渦で出かける頻度も減っているわけだし。

しかも前年モデルとはマイナーチェンジもある。良くなることはあっても、悪くなる、脆くなることなんてことは決して…。

自転車を漕いでいる今、あの音はしない。
これが「ある事実」を証明しているが、決して安い買い物ではなかった。辛い現実はあまり得意な方ではない。

コンビニに寄ることも忘れ、自宅に到着してしまった。
自転車を停め、玄関へ向かう。

「フスッ、フスッ」

「神様はいない」「事実は小説よりも奇なり」「ROCK IS DEAD」、いろんな言葉が頭に沸いてくるがそのどれも当てはまらない。

いつもより丁寧にカギを明け、祈るように戸を閉めた。
ゆっくりと靴底を見る。

案の定、オールブラックなはずのスニーカーに唯一真っ白な摩耗痕があり、マックスだったエアーは抜けていた。しかも片方だけ。


「高島のような不届き者にはあの硬くて重い、革靴しか許されないのだ。」

数年前の記憶が蘇る。
そう、私は見るスニーカーをすべて幻。私はまだ許されたわけではなかったのだ。

靴箱を開けてそっと、サドルシューズの隣に[空気・最大]を並べた。

「もう二度と、スニーカーは買うまい。」

そう心に決めながら。

以上になります。
それでは引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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