俺は生粋のデスメタラー
平素よりお世話になっております。高島です。
新宿の21時、熱の冷めたライブハウスで楽器をケースに戻し、機材車に積み込む。
メンバー、スタッフと別れ、ひとり歌舞伎町に入っていく。
緊急事態もなんのその、ネオンは煌々と光っていて、強面のお兄さんたちが道端に突っ立ってる。
外国人がカタコトの日本語で話しかけてくるが、AirPodsを装着して聞こえないフリをする。
火照った身体に吹く風が心地よい、静かでいい季節になった。
あぁ、そうだ、そこの角を曲がれば昔よく出たライブハウスがあるなぁ。
前にやってたバンドでステージ中にもかかわらず、泥酔して絡んできた客にメンバーがブチ切れ、店内大騒ぎになったことがあった。
なつかしい、今となっては笑い話だ。
寄り道して入口まで来てみるも、今夜は営業してないみたい。
缶ビールを片手に、路地裏をうろついてるのをパトカー越しの警察官が見つめてくる。
今はそういう気分じゃない、今日は気にしないようにする。
大通りを挟んだ反対側にまた別のライブハウスがある。
前日の打ち上げで飲みすぎ、当日のサウンドチェックにひどい二日酔いで登場したことがあった。
あきれ顔の当時のメンバーにもムカつき、リハーサルもそこそこに、本番では完璧な演奏をしてみせた。
「なんだ、俺ってやればできるじゃん」と調子に乗り、その後は記憶を失うまで飲んだ。もう何年も昔の話。
思い返せば、あの演奏はぜんぜん完璧じゃない。時間が経って、経験が積み重なっていけば、世の中の奥深さ、猥雑さ、ややこしさがどんどん身近に、鮮明になってくる。
分かってたことが「本当は分かってなかった」と分かったり、今まで出来なかったことが突然出来るようになる。複雑なのだ、とにかく。
「デスメタルだわぁ…。」
大声でケンカする男女、路上で空き缶を並べてる下品な女の子たちを見てか、思わずつぶやいてしまった。
いやいや、デスメタルは何も悪くないし、デスメタルではない。
甘美な言葉の響きだけで口にしてしまったけど、響きだけなら自分が目指してるものの方がよっぽどデスメタル級だ。
芸事の道は限りなく長く、遠く、ハードだ。
「俺は未だ、なにもできていないし、なにも成せてない。」
自己肯定感とはまったく別の、そういう結論に毎度落ち着く。
歌舞伎町を抜ける。
大通り沿いのガードレールに腰かけ、今までとは違う新しい音楽を聴く。
むこうからはスーツを着た数人が歩いてくる。会社の同僚なのか、いつもより暗い道を楽しそうに笑いながら。
あの人たちは、今日俺がやってきたことを知らない。
俺もあの人たちを知らない。でもなんとなく、どういう人かは知っているつもり。
あの人たちは、俺のことを知らない。
いつかこの先、どこかで交わるかもしれないが、少なくとも今は知らない。絶対に。
じっと音楽を聴く。
こんな穏やかな夜がずっと、何度でも続けばいいな、と思っているところでようやく缶ビールが空になった。
そうしてやっと帰路につくことが出来た、新宿の22時でした。
以上になります。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。